ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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 あれからどうしたのか、アシェルの記憶にはない。だがおそらく、セルジュや父がアシェルとフィアナを屋敷に連れ戻してくれたのだろう。フィアナは母の悲惨な最期を見ることはなかったようで、安心したようにアシェルは自室の寝台で意識を手放した。
 突然の、それも病ゆえの転落死ということもあって数日の間はやって来た城の兵の対応や葬儀の準備で追われ、屋敷の中はバタバタと慌ただしかった。アシェルはフィアナの側に居続け、不安そうに瞳を揺らす妹を宥めながら努めて明るく振る舞った。それでも身体や心は悲鳴を上げているのか、夜になると力尽きたように寝台に倒れ込み、そして悪夢にうなされた。
 そんな日がどれくらい続いたのか、アシェルは覚えていない。けれど葬儀の日が決まるまで、アシェルは鏡の前でゆっくりと身支度をする余裕もなかった。それゆえに、フィアナや父、そして使用人たちが自分を見て視線を彷徨わせていたことに気づかなかった。アシェルが異変に気付いたのは、ザァザァと、ひたすらに雨の音が響き渡る日の朝だった。
 窓を閉ざそうと、逃れるように何度も寝がえりをうとうと、振り払うこともできない雨音に悲鳴をあげながら目を覚ましたアシェルは、視界の端に揺れたそれにビクリと肩を震わせた。
 恐る恐る手に取って、眼前にかざす。それでも理解できなくて、アシェルはぎこちなく鏡の前に立った。そしてヒュッ、と息を呑む。
 鏡に映った、その姿。
 いつもと同じ顔をしているのに、フィアナと同じであった茶色の髪だけが、まるで老人のように真っ白に染まっていた。
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