ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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 パタン、と閉じて深くため息をつくと、ルイは瞑目して痛みを耐えるよう眉間に指をあてた。
 まだ少し真白なページはあるが、書き込みはここで終わっている。おそらくルイとの結婚が決まったあの式典の日にセルジュが荷物から抜き取ったのだろう。この冊子の存在を忘れぬよう腕に書いていたようだが、毎日それを続けていれば着替えの際などにセルジュが気づく。眠っている間にでも腕のメモを消してしまえば、腕に書いていると安心している上に結婚だなんだと混乱した状態では忘れてしまっても無理はない。事実、アシェルは覚えていることができなかった。
(アシェルは、どんな思いでこれを?)
 自分がヒュトゥスレイだとわかって、それでも医者に診せないと決めたその時、アシェルは何を思ったのだろう。亡き母と同じ最期になるのだと理解した時、何を感じたのだろうか。
〝……僕のこと、フィアナには言わないでほしい〟
 自分こそが誰よりも辛く、救われたかっただろうに。ずっと妹のことを気にして。
 机の上にそれを置いて小さく息をついた時、静かな空間にノックの音が響く。許可を出す前に入ってきたベリエルが深く頭を垂れた。
「無礼をお許しください。旦那様、アシェル様がお休みになられたようですが……魘されておいでです。医師を呼びましょうか?」
 ロランヴィエルには専属の医師がいる。呼べばすぐ来るだろう彼の姿を思い浮かべて、ルイはひとつ頷くと立ち上がった。
 ベリエルに医師を呼びに行かせ、ルイは一人でアシェルの私室に入る。エリクが静かに部屋を出たのを見て、ソファに横たわったアシェルの側に近づいた。胸元で丸まっていたエルピスがナ~と鳴くのに小さく微笑んで、その小さな頭を撫でながらソファの空いている場所に腰かける。
(必要な記憶は次々と消えていくというのに、あなたを苦しめる記憶こそは消えてくれないなどと)
 瞼を閉じたアシェルは、苦しそうに荒い息を零していた。額に大粒の汗が浮かんでいて、悪夢にうなされているように見える。額や頬に張り付いた真白な髪を指ではらい除ける。
「アシェル、アシェル」
 きっと身体は疲れているだろうから寝かせてあげた方が良いのだろうが、悪夢を見ているのならば話は別だ。早く恐ろしい夢を終わらせてあげないと。
 熱が出ているのだろうか、ますます顔を赤くするアシェルの肩を優しく揺さぶって、ルイはアシェルの名を呼び続けた。
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