ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「お兄さま! 水色! フィアナ、水色のドレスが良い! お母さまが着てたみたいな、水色のドレスが欲しいの!」
 フィアナの勢いあるおねだりに苦笑しつつ、アシェルは記憶を掘り起こした。
 母が着ていた、フィアナがこれほどまでに興奮する水色のドレス。近頃の母は水色のドレスを着ていないから、少し昔の話だろう。そこまで考えてふと、アシェルは思い出す。
「ねぇ、フィアナ。フィアナが言っているお母さまのドレスって、全体が水色で、襟や袖に白のレースがついていて、裾に濃い青のリボンがついていたやつ?」
 何年か前、まだ母が少しの物忘れ程度ですんでいた頃にそのようなドレスを着ていた。そのドレスを纏った母は子供の目から見ても女神のように美しくて、とても似合っていた。確かそんな母の姿をフィアナも憧れを多分に含んだ瞳で見つめていた記憶がある。
 もしや、と思って問いかければ、フィアナはますます瞳を輝かせてコクコクと頷いた。
「そう! フィアナもあんな綺麗なドレスがいい! 水色のドレスを着て、ラージェンと踊るの!」
 きっとフィアナの頭の中では憧れのドレスに身を包んで、大好きな殿下と踊る自分がいるのだろう。そんな妹を可愛いと思いつつ、アシェルはわざとらしく視線を鋭くさせてツンツンとフィアナの頬を指で突いた。
「フィアナ、いくら求婚されて婚約状態だからといって、まだ結婚していないのだから殿下の御名を呼び捨てにするなんて無礼なことをしてはいけない。どうしても御名を呼びたいのなら、ちゃんと〝ラージェン殿下〟とお呼びしないと」
「……でも、ラージェンは呼び捨てで良いって言ったもの。殿下って呼んだらショボンとして、そんな他人行儀にしないで、って言うんだもの」
 大好きな兄に叱られて、フィアナは俯き唇を尖らせながらボソボソと〝ラージェンが望んだのだ〟と言い募った。そんな妹に苦笑してしゃがみ込むと、アシェルは下から妹に視線を向けた。
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