196 / 352
196
しおりを挟む
いつから、なんて正確なことはわからない。気が付いた時にはノーウォルトの屋敷はどこかピリピリとした空気が漂っていた。
頭痛を訴えて伏せることの多くなった母は、いつの頃からか物忘れも多くなった。しかし、貴族の夫人らしくおっとりとした性格であった彼女を知る者は、そんな時もあるだろうと特に気にも留めなかった。頭痛も風邪をひいたのだろうと誰もが思い、医者さえもそう判断した。けれどコロコロと笑っていた母は次第にイライラとすることが多くなり、大声で使用人たちを叱責するようになった。そんな姿を見て、多くの人は母の性格が悪くなったのだと陰口をたたくようになってしまった。そして母が何かに怯え、泣き叫ぶようになってようやく、周りの人々は母が病気であることに気が付いた。
アシェルが母の病気を疑ったのは、母が幾度か大声で使用人を叱責しているのを見た時だった。
頭痛は風邪である場合が多く、物忘れは、健康な者でも多少はあるかもしれない。おかしいと思ったけれど、それでも最悪は想像しなかった。おっとりとした母だから、貴族らしく何に対しても執着しない人だったから。けれど、だからこそ認めざるを得なかった。
良くも悪くもおっとりとした母は、使用人が少し粗相をしたからといって怒るような人ではなかった。よほどのことがあって叱責することがあっても、困ったような顔をしながら淡々と言うだけで、決して声を荒げることなどなかったのに。
ひとつを疑問に思えば、何もかもが引っかかる。そして辿り着いた結論に叫びそうになった己を、アシェルは必死に抑え込んだ。
――ヒュトゥスレイ。特効薬はもちろん、緩和薬も何も存在しない不治の病。そんな病に罹った母は、ただ苦しみながら狂い死ぬ日を待つことしかできないのだ。
頭痛を訴えて伏せることの多くなった母は、いつの頃からか物忘れも多くなった。しかし、貴族の夫人らしくおっとりとした性格であった彼女を知る者は、そんな時もあるだろうと特に気にも留めなかった。頭痛も風邪をひいたのだろうと誰もが思い、医者さえもそう判断した。けれどコロコロと笑っていた母は次第にイライラとすることが多くなり、大声で使用人たちを叱責するようになった。そんな姿を見て、多くの人は母の性格が悪くなったのだと陰口をたたくようになってしまった。そして母が何かに怯え、泣き叫ぶようになってようやく、周りの人々は母が病気であることに気が付いた。
アシェルが母の病気を疑ったのは、母が幾度か大声で使用人を叱責しているのを見た時だった。
頭痛は風邪である場合が多く、物忘れは、健康な者でも多少はあるかもしれない。おかしいと思ったけれど、それでも最悪は想像しなかった。おっとりとした母だから、貴族らしく何に対しても執着しない人だったから。けれど、だからこそ認めざるを得なかった。
良くも悪くもおっとりとした母は、使用人が少し粗相をしたからといって怒るような人ではなかった。よほどのことがあって叱責することがあっても、困ったような顔をしながら淡々と言うだけで、決して声を荒げることなどなかったのに。
ひとつを疑問に思えば、何もかもが引っかかる。そして辿り着いた結論に叫びそうになった己を、アシェルは必死に抑え込んだ。
――ヒュトゥスレイ。特効薬はもちろん、緩和薬も何も存在しない不治の病。そんな病に罹った母は、ただ苦しみながら狂い死ぬ日を待つことしかできないのだ。
516
お気に入りに追加
1,554
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。
水鳴諒
BL
目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる