ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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 いつから、なんて正確なことはわからない。気が付いた時にはノーウォルトの屋敷はどこかピリピリとした空気が漂っていた。
 頭痛を訴えて伏せることの多くなった母は、いつの頃からか物忘れも多くなった。しかし、貴族の夫人らしくおっとりとした性格であった彼女を知る者は、そんな時もあるだろうと特に気にも留めなかった。頭痛も風邪をひいたのだろうと誰もが思い、医者さえもそう判断した。けれどコロコロと笑っていた母は次第にイライラとすることが多くなり、大声で使用人たちを叱責するようになった。そんな姿を見て、多くの人は母の性格が悪くなったのだと陰口をたたくようになってしまった。そして母が何かに怯え、泣き叫ぶようになってようやく、周りの人々は母が病気であることに気が付いた。
 アシェルが母の病気を疑ったのは、母が幾度か大声で使用人を叱責しているのを見た時だった。
 頭痛は風邪である場合が多く、物忘れは、健康な者でも多少はあるかもしれない。おかしいと思ったけれど、それでも最悪は想像しなかった。おっとりとした母だから、貴族らしく何に対しても執着しない人だったから。けれど、だからこそ認めざるを得なかった。
 良くも悪くもおっとりとした母は、使用人が少し粗相をしたからといって怒るような人ではなかった。よほどのことがあって叱責することがあっても、困ったような顔をしながら淡々と言うだけで、決して声を荒げることなどなかったのに。
 ひとつを疑問に思えば、何もかもが引っかかる。そして辿り着いた結論に叫びそうになった己を、アシェルは必死に抑え込んだ。
 ――ヒュトゥスレイ。特効薬はもちろん、緩和薬も何も存在しない不治の病。そんな病に罹った母は、ただ苦しみながら狂い死ぬ日を待つことしかできないのだ。
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