ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「公爵の名を求めて頼るなど、身に余る」
 兄妹という間柄であるからいるだけで、本来ならばこの場にいることすら分不相応だ。馬鹿馬鹿しいと思うことも多いが、ずっとノーウォルト侯爵の子息として貴族社会で生きてきたアシェルの頭には、その爵位や階級を絶対視する貴族の考えが染みついている。
 頑ななアシェルの声は当然のことながらその場にいる全員に聞こえている。シン、と静まったその場に、何故かルイはクスリと笑った。
「あなたが恐れることなど、何もありませんよ。それに、あなたは頑張ってツンツンしているのでしょうが、そんなもので私があなたを逃がすなどありえませんから、諦めてくださいね」
 何を言っているのだろう、と相手が誰であるかも、ここがどこであるかも忘れてアシェルの眉間に皺が寄る。
「いつか嫌気がさして、結婚するなんて言ったことを後悔する時がくる」
「それこそ、ありえぬこと」
 自分で言うのも虚しいが、己が可愛げのない性格であることをアシェルは充分に理解している。これからも悪くなることはあれど、改善されることは無いだろう。貴族としても、個人としてもアシェルと結婚することでルイが得るものなど何もない。現にフィアナやジーノもアシェルの性格に呆れていて、もう付き合いきれないとばかりに揃ってため息をついている。一緒に育ってきた兄妹でさえそうなのだ、元々他人であるルイがアシェルに嫌気がさすのは時間の問題だと何度も言っているのに、どうしてルイはそうも自信満々に〝ありえない〟と断言するのだろう。それこそ、あり得ないというのに。
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