ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「ちょっ……、車椅子――ッ」
「大丈夫ですよ。お部屋に運ばせただけで、あなたから車椅子を取り上げたり隠したりはしませんから」
 ニコニコと微笑み、腕に抱いたアシェルの髪に顔を埋めるようにして頬を寄せる。急に近づいてきた綺麗な顔にアシェルは暴れることも忘れて顔を真っ赤にし、カチコチに固まった。
「あなたをお迎えすると決めてから大急ぎで屋敷やお部屋を整えたので、何か不便なことがあればすぐに言ってくださいね」
 ルイの言う〝お迎えすると決めた〟時というのはいつのことだろうか。アシェルは思わず見えてしまったそれに目を見開き、ポカンと口を開けてしまう。
 扉の両脇にズラリと並び出迎える使用人たちは、まだ良い。見慣れているわけではないが、栄華を誇る公爵家であれば普通の事だろう。それよりも、彼らの向こう側に見える階段がおかしい。
 ドレスを纏った女性が楽に上り下りできるよう段差が低く、ゆったりとした作りになっている階段は、この屋敷の広さを表すかのように大人が十人並んでも余裕があるほどに幅広い。そして何故か、中央部分が縦に真っ直ぐ塗り固められ段差が無くなっていた。これならばアシェルは車椅子に乗ったまま誰の手も借りることなく一階と二階を行き来することができるだろう。だが、車椅子で移動できるようにするのは思うほど簡単ではない。ただ階段を塗り固めれば良いというわけではなく、下手をすれば階段ごと取り換える工事をしなければならないだろう。一日二日でできるようなことではない。
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