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「この屋敷がお前にとって居心地が良くないことは理解している。元々婿に出す予定だったのだ。お前をこの屋敷に縛り付けるつもりは無い」
 なるほど、とアシェルは無意識につめていた息を吐きだす。どうやら結婚云々はただの話の流れの一部であって、実際に父がどこぞの令嬢に結婚をねじ込んだわけではないらしい。
「お前のことは王妃様とジーノに頼んである。儂に何かあっても、二人がお前を守ってくれるだろう」
 本当は長子であり現当主であるウィリアムの名を真っ先に挙げるべきであるが、彼とアシェルの間にある亀裂を父も理解しているのだろう。ウィリアムの名が出なかったことにどこか安堵しているアシェルの手を、父は震える手を伸ばし握った。
「アシェル。儂とミシェルの可愛い子。好きに生きろ。儂とじぃやの事は気にせずとも良い。お前は、お前のことだけを考えていれば良いのだ」
 大丈夫、大丈夫と、以前の恐ろしくもあった姿からは考えられないほど優しい温もりを与えれくれる父に、アシェルはどこか泣きそうになる。だが唇を噛んで込み上げてくるものを抑え込みながら、アシェルはコクリとひとつ頷いた。
 この時、父の言葉の真意をアシェルは完全に読み取ることができなかった。そしてそれさえも、妹たるフィアナに見透かされていたことなどまったく知らぬままに、アシェルは勤務最終日を迎えた。
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