ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「……もう結構です。それより、ずっと兄が待っているのでは? 私も今から身を清めますから、義姉上はどうかご退出を」
 湯浴みをすると言えば淑女であることに誇りを持つメリッサは特に反抗することなくすんなりと引いてくれる。これはこの本邸に住むようになってから知ったことだ。今もまだまだ言い足りないという顔をしているが、それでも新しい扇子を口元にあてながらクルリとドレスを翻して部屋を出ていく。パタンと扉が閉まった音に、深々とため息が零れ落ちた。
 心配そうに視線を向けてくるじぃに大丈夫だと告げ、すっかり冷めてしまった食事を口に押し込み、カトラリーを置く。じぃが食器類を綺麗に片付け、すぐに湯と清潔な布を用意すると言って退室していった。扉が閉められ、一人になった空間にもう一度深いため息が零れ落ちる。
 ゆっくり休むことのできなかった足がジクジクとうずいて痛い。誰も見ていないのだからと足を強く掴むが、痛みは紛れても消えることは無くて小さく舌打ちをした。
 家族のことも、仕事のことも、頭の中では様々なことを考え実行しているというのに、現実は思うように動き出すものの、その動きは非常に遅く、永遠とさえも思えてしまう。
 腹立たしくて仕方ないが、この国に住まう以上、王命は絶対。逆らうことのできぬそれに、早く約束の日が来ることを待ち望んで、アシェルはもう一度深いため息をついた。
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