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「……誤解をされているなら訂正しておきたいのですが、決して、サイラス様やここでの環境が嫌で辞職を申し出たわけではありません。これは完全なる私事。そして、今私が帰宅しないことも、仕事が終わらないわけではなく私事です。どうぞお気になさらずお帰りください。奥様、心配されますよ?」
 ツンと凍てついた棘のように柔らかさの欠片もない態度で帰宅を促すアシェルであるが、アシェルが赤子の頃から知っているサイラスには棘などあって無いようなものだ。椅子から立ち上がる様子も見せず、チラとアシェルの足に視線を向けた。
「ここでは動きづらいか? 移動に支障があるのなら、陛下に申し上げて改善するが」
 その言葉にピクリと指を震わせる。同時に揺れたペンからポタリとインクが落ち、書類に黒い染みが出来た。それに深くため息をついてペン立てにペンを戻し、アシェルは椅子に手を伸ばしてほんの少し、サイラスに身体を向ける。そう、アシェルが座っているのはただの椅子ではなく、大きな車輪のついた車椅子であった。
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