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あの時の空は霞んで見えた

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 今日で野球部の先輩が引退する。これで何個目なんだろう。どんどんと先輩たちが部活から離れていく。2年半何を目標に頑張ってきたんだろう。部活に入っていない僕にはわからなかった。
 うちの野球部の伝統で最後に先輩が後輩に対してノックをする。それを3年の保護者や暇な生徒たちがグランドに観にくる。
「こんなでチームを引っ張っていけるのかよ?健太!!」
 旧キャプテンが新キャプテンに喝を入れていた。新キャプテンは今にも泣きそうな声で返事をしていた。
「おい。健太。怒られてやんの」
 隣にいる涼がヒソヒソと笑った。そう、僕はこんな暑い中グランドに来たのはこのバカに呼ばれたからだ。
「もう帰っていい?」
「え?ダメに決まってるだろ?健太の怒られてる姿もうちょい見ようぜ」
 やっぱ、こいつはバカだ。周りを見ると言うことを知らない。保護者なんてほとんど泣いてるし、暇な生徒たちだって静かに見守ってると言うのに。1人だけヒソヒソと笑っている。
「ちょっと、飲みもん買ってくるわ」
「おい、逃げるなよ?」
 僕は学校を出た。
 こんなところずっと居たら、倒れそうになる。こんな山と田んぼしかないど田舎の高校が甲子園行くことはとても難しいことなのに彼らは何に対して頑張っているんだろう?
「おい!翔」
 後ろを振り向くと友人の悠真が僕のことを呼んでいた。それと同時にペットボトルを投げられた。
「のど乾いたろ?」
僕らは近くのベンチに座った。
「悠真も野球部見てた?」
「まぁ、そんな感じ。部活まで時間あったから暇つぶしに見てた」
 蝉の鳴き声が騒がしい。
「お前もそうなんだろう?」
「あぁ。でも、無理矢理涼に連れられただけだけどな」
「それは災難だ」
 風すらも暑く感じる。身体中から汗が噴き出してくる。下着が濡れる感じが鬱陶しい。
 3人とも出会ったのは高校からだった。あっという間に仲良くなって放課後もよく遊んだ。今は涼と僕しか暇な奴がいないから2人で遊ぶことが多くなった。今考えると悠真と喋るのが久しぶりな気がする。
「お前に聞きたいことがあるんだけど」
 僕は悠真に。いや、部活をやってる奴に向けて質問した。
「なんのために部活やってるんだ?」
 何かに頑張ってるのは素晴らしいことだ。それをバカにはしていない。でも、何か目標がないと自分が進んでる道がわからなくなる。2年半しかない期間で何を目標に。何のためにやっているのか僕はそれが知りたかった。
「なんのためか。んー、俺は何かに没頭したい。最初はやっぱりバレーが好きだからやってたし、強くなりたいって思ったから部活に入ったんだけど、高校生になってから上には上がいるんだなって。そう思った時にちょっとは思ったかもしれんわ。なんのためにやってるんだろうって。でも、やめようとは思わなかった。だって、好きだから。でも好き以上に俺にはバレーしかないって思ったんだよ。だから、徹底的にとことんまで没頭しようって思った」
 悠真がこんなことを考えながら部活をしてることにびっくりした。ただただ、バレーが好きなだけだと思っていた。
「じゃあ、俺。部活だから行くわ」
 僕ら背を向けてそれぞれの方向へと向かった。でも、僕が向かってる方向は真っ暗な気がする。





 「うぁぁぁ!!」
 僕は思わず飛び起きてしまった。細かい原因はわからないけど、きっと悪い夢でも見たんだろう。最近こんなの多い気がするが、気のせいだろう。
 僕は水を飲むためリビングがある1階に降りた。時計を見ると夜中の3時だった。年明けしてまだ数週間しか経っていないからかリビングがひんやりしていた。
「翔?大丈夫?」
 後ろを振り向くと母親が心配そうな顔で僕のことを見ていた。
「あー。うん。大丈夫だよ」
「そう。ならいいけど。しんどかったら学校休んでもいいんだよ?」
 いつからだろう。自分の母親がこんなにも過保護になったのは。
「大丈夫だよ。行くよ。明日から学校だからもう寝るね」
 僕は母親に「おやすみ」と一言言って自分の部屋に戻った。明日は久しぶりの学校だ。明日のために早く寝ないと。
 目覚まし時計が鳴る。朝7時になったんだろう。僕は重たい体を無理矢理叩き起こし、制服に着替えて下に降りた。
「おはよう」
 両親がもうリビングで朝の準備をしていた。僕はテーブルの上にあるご飯を平らげてから僕も準備に入った。いつも通りの日常。いつも通りのルーティンだ。そんないつも通りがいつまでも続けば。。。
 8時過ぎ。僕は校門の前にいた。みんなだるそうに校門を通っている。それもそうだ。今日から3学期が入るからだ。微妙に長い冬休みからの学校は体が参っているのだろう。僕もその1人だが。
「よ!翔」
 健太が僕に話しかけてきた。
「あ、健太。久しぶり。部活今終わった?」
「そうだよ。寒いから俺含めみんな動けてなかったけどな」
 健太はそう言ってケラケラと笑った。動けてないとか言ってたけど、額には汗が垂れていた。
「あ、そうだ。久しぶりにあの4人で遊ばない?」
「僕は全然いいけど、他の奴らはいけるかな?」
「悠真は俺から誘うわ。涼は呼べばくるか」
 僕は「確かに」と言って笑った。久しぶりに笑った気がする。その後僕らはそれぞれの教室に入った。
 始業式を終えて、ダラダラと教室に戻った。今日は昼前には終わる。あとは教室で宿題とかを出すだけだ。まぁ、宿題とかほとんどないが。
「やっと終わった」
 涼は大きな声を出した。健太の言う通りLINEしたら一瞬で飛んできた。
「健太から誘うなんて珍しいよな」
 確かに珍しい。基本的に涼から誘うことが多いし、今までに健太が誘ったことはないかも知れない。
 そんなことを思っていたら2人が待ち合わせ場所の校門にやってきた。
「そういえば、2人とも部活は?」
「涼。お前。明日何があるか知ってる?」
 涼は「へ?」と間抜けな声を出した。そう、明日はテストがある。そのためほとんどの部活が休みになっている。だから、暇になった健太は僕らのことを誘ったのだと思う。
 僕らはショッピングモールに来た。こんな田舎で遊ぶってなったらここくらいしかない。僕らはまず、マックに入った。それぞれがハンバーガーを頼み、先にとっていた席に座った。
「健太。そんなに食えるのかよ」
 僕は少し引き気味に健太に聞いた。
「食えるよ。てか、食わないと体力がもたないし。てか、お前が少なすぎるんだよ」
 そうかと思ったが、確かにそんなに多くはない。でも、一般的な男子高校生ってこんなもんだろう。
 やっと他の2人がやってきて、昼ごはんを食べ始めた。涼はずっと僕のポテトを食べている。こいつバレてないと思っているのかよ。
「涼。いつまで人のポテト食ってるんだよ!」
「え?バレてた?」
「バレてるに決まってるだろ。バカが」
 本当に呆れる。人の気持ちとか空気を読んだりすることが全くできない。でもそれがこいつのいいところでもあるが。
「じゃあ、俺は涼のナゲットもらい」
 悠真はナゲットを一口で食べた。涼は泣きそうな顔で「ラスト1個なのに」と凹んだ。こいつはすぐに顔に出る。
「あのさ、俺ってキャプテンじゃん」
 健太が急に口を開いた。涼はすかさず「え?マウント?」と笑いながら言ったが、あっさりと無視をして続けた。
「俺さ、リーダーらしくみんなのこと引っ張っていきたいんだけど、どうも空回りしてうまくできないだよ。それにチームが一団してない感じがして、どんな感じでチームをまとめたらいいかな?」
 あの先輩からノックを受けていた時のように弱々しく見えた。朝に見たあの汗はリーダーらしく1人で頑張った結晶かも知れない。僕がああだこうだ言える資格なんてないが、僕はリーダーとしての健太に質問をした。
「健太はさ、どんなチームにしたいの?」
 健太は少し考えた様子だった。どんなリーダーだって急にどんなチームにしたいって言われたら誰だって困惑するのだろう。何秒か沈黙の後に健太は口を開いた。
「強いチーム。甲子園に行けるチームにしたいって言うのが正解かも知れないけど俺は違うかな。甲子園に行きたくないって言ったら嘘になるけど、それ以上に大切なものがある気がするんだ。上下関係とか根性とか。もちろんそんなもん野球じゃなくても学べれるけど、野球を通してみんなには学んで欲しいし、そんなのを大切にするチームであってほしい」
 悠真は「すごいな」と一言言って運動部らしいアドバイスをしていた。相談されてるのに彼から大切なことを教わった気がする。
 本当に相談すべきなのは僕の方かも知れない。





 桜が完全に散りみんなが新生活にも慣れ始めた5月上旬。僕は約1ヶ月ぶりに学校に来た。新学年が始まってすぐに持病が少し悪化し、1ヶ月ほど入院をしていた。
 1ヶ月しか経ってないのとても久しぶりに感じてしまう。教室に入るとクラスメイトから「大丈夫だった?」など心配の声を掛けられた。その中の1人にクラスメイトじゃないやつが混ざっていた。
「翔。よかった。死んだんだと思った」
 そう。涼だ。こいつが本気で心配するわけがない。きっと何か裏があるはずだ。そう思っていると「ちょっと相談がありまして」と言われ、放課後にマック行こうと誘われた。
 涼との話が終わり自分の席に座ろうとしたら「翔くん」と聞こえた。振り向くとクラスメイトの優理がいた。優理とは2年間同じクラスで出席番号が近いからそれなりに仲がいい友達だ。
「涼くんと仲がいいの?」
「まぁ、1年が同じクラスでそこから仲良くなったよ」
 優理は「そうなんだ」と言って「体調大丈夫」と話を変えた。
「うん。大丈夫。てか、僕らの担任ってどんな人?」
 僕は優理からこの1ヶ月に何があったか話を聞いた。これといって変わったことはなかったらしい。話を聞いてるとチャイムが鳴った。久しぶりに聞いたチャイムの音。そして、あと数回しか聞けれない悲しさがあった。 
 放課後になり、涼といつものマックに行った。僕らはポテトだけ買って席に座った。
「で、相談ってなに?」
「お前、優理とは2年間同じクラスだろう?」
「あぁ。そうだけど。それがどうした?」
「俺さ、インスタで優理と少し仲良くなったんだよ。それでリアルでも遊んでみたいなって思って誘うかめっちゃ迷ってるんだよね」
 こいつがこんな乙女みたいな悩み持ってるとは思っていなかった。いつものこいつのしょうもない話には聞き流しているが、友達の相談を蔑ろにするほど僕は落ちてない。
「そんなの誘えばいいじゃん。今は彼氏いななそうだし」
「え!?まじで?でも、好きな人いるかも知れないじゃん。もし、それがお前とかだったらどうしよう」
 まるで自分のお菓子を勝手に食べられた小学生のように駄々をこねる。なぜか知らないけど、声が大きくなってるような気がする。僕は人差し指を口元に持っていきがら「それはないだろう」と笑った。
「でも、誘いたかったら誘えばいいじゃん。好きとかどうこうはその後でいくらでも考えられるし」
「そうだけど、誘ったら気持ち悪いって思われるかも知れないじゃん。やっぱり、そんなこと思われてほしくないし、そんなこと知るくらいなら誘いたくない」
 本当に少女漫画のヒロインのような性格をしている。こいつが恋愛したらこんな感じになるんだ。2年以上一緒にいるけど知らないこともあるんだ。
「じゃあ、諦めたらいいじゃん」
 僕は素っ気なく返した。人は諦めも大切だ。ずっと何かに向けて頑張ってもいつかは体が潰れる時が来る。『逃げるが勝ち』という言葉があるくらいだ。嫌なことには逃げればいい。
 でも、涼の返事は違うものだった。
「いや、諦めない。人にはな諦めないこともあるんだよ。デートに誘うってちっぽけなことかも知れないけど、そんなちっぽけなことでも俺は諦めたくないし、ちっぽけな事ですら簡単に諦める人間は何をやってもすぐに諦めると思うんだ。確かに嫌われたくないし、本当のことを知るのは怖い。でも、諦めるくらいなら本気でぶつかりたい」
 僕は笑いながら「もう、答え出てるじゃん」と答えた。いや、それしか言葉が出て来なかった。僕は本当に弱い人間だ。僕と他の人と何が違うのだろうと思っていたが、こういう所が違うのだろう。だから、僕は『普通』ではない。
 僕はみんなと一緒に『普通』にこれからの未来を描きたかっただけなのに。





 あっという間に3年の1学期が過ぎ夏休みに入っていた。僕は何もやれずに毎日を過ごしていた。
 白い天井。白いベッド。何も色のない毎日に僕は1人だけ置いていかれた感覚だった。でも、唯一色があったのは綺麗な青い空だった。それだけが僕の味方のように思えた。でも、実際は僕なんか相手にしていないだろう。
 夏休み入ってすぐに持病が悪化し、また入院することになっていた。いや、正直に言よう。僕の命はもう少しで亡くなる。1年前くらいに激しい頭痛に襲われ病院にいったところまさかの余命1年宣告だった。もう、その1年は過ぎていて、もういつ死んでもおかしくない。僕は宣告された時に入院することを勧められた。でも、残りの余生をあいつらと一緒にいることに決めた。どうせ死ぬならあいつらの前で死にたい。僕のそんな望みすら叶わなかった。今は病院で死ぬのを待っている感じだ。
 でも、あいつらにはまだ言っていない。近いうちに死ぬことを。言っても何もならないと思ったからだ。いや、最後までカッコつけたかっただけかも知れない。何かの物語で死ぬってなってる人物はだいたい気がついたら死んでいる。
 僕はこの1年間。あいつらと一緒にいて何回も大事なことを教えてもらった。もう少しで死ぬ人間にはもったいないくらいに。最悪卒業まではあいつらの人生を見届けてやりたかった。もう少し、隣を歩きたかった。ずっと、あいつらと居たかった。
「翔くん。ご飯の時間だよ」
 看護師さんが昼ごはんを持ってきてくれた。残り数回しかないのだろう。そのくせ味が薄い。残りの数回くらい美味しいものくらい食べた。
「ありがとうございます」
 僕は起き上がりご飯を食べる準備を始めた。僕は窓に目を移す。見ただけで外が暑いことが想像がつく。暑いってどんな感覚だったかな。もう感じることができないのだろう。ここにいるとネガティブな事ばっかり考えてしまう。
 僕はこの1年間。あえて『死』ということを考えずに生きていた。でも、ここに来てからは考えてしまう。やっぱり人間にとって暇が1番の敵なんだろう。何を見ても。何を聞いても。何を感じても死に繋げてしまう。そうなった瞬間、僕は他のことを考えるようにする。考えてしまうと泣きそうになってしまうからだ。僕はこの1年間。泣かなかった。泣いたら僕の今までの人生が否定されてるような感じがするから。でも、何回も泣きそうになった。あいつらの顔を見ると何回も。そう、何回も。。
 少し、眠くなってきた。僕は静かに目を閉じた。
 一定間隔で電子音が鳴っていて、口元にはマスクのようなものがある感覚がした。目を開けると周りには家族がベットを囲んでいた。
『そうか。もう、その時が来たんだ』
 僕は最後の元気を振り絞って、窓を見た。いつもはあんなにも綺麗な空が今日は違った。最後の元気を使い切ったのか僕は静かに目閉じた。

 そう、最後に見た。あの時の空は霞んで見えた。
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