8 / 10
第一章 【転機、あるいは死期】
*その目で見据えろ
しおりを挟む
意識の飛びそうな激痛を歯を食いしばり堪える。死と向かいあわせの極限の集中力。ただひたすらに相手を見据える。
(攻撃を見てたらこの脚じゃ間に合わない。見るのは攻撃じゃない。もっと前の、身じろぎ、呼吸、予備動作……)
いかに強大な生物と言えど、ノーモーションで攻撃などできる訳が無い。鋏を振り下ろす時には腕に力が入る。砂を飛ばすには地面に鋏を向ける。灼熱の吐息を吹き出すためには息を吸わなければならない。見ろ。観ろ。視ろ。ありとあらゆる全てを視認しろ。赤く染まり薄光を放つ目からは涙のように血液が噴き出す。
駆ける。駆ける。急所を庇う。跳ねる。仰け反る。滑り込む。
手負いの獲物一匹に遊ぶどころか翻弄されだした【赤黒蠍】は、苛立ちを隠す事無く火焔を吐き、咆哮する。
「VVOOOO……GGAAAHHHH!!!!!」
空気が震える。耳が裂けるように痛む。遊びは終わりだと残りの眼に殺意の火がが灯る。いよいよ怒り心頭といったように縦横無尽に鋏を振るい、火焔を吐きつける【赤黒蠍】とは対照的に、私は意識を失いかけていた。そして遂に限界は訪れる。
乱雑に振り回された鋏の先端が私を捉え、天高くへ弾き上げた。
思えば頑張った方だと思う。今朝方【大蛇鶏】に背を向けて逃げたような臆病者が。強いられた物のうえに短時間とはいえ、目の前の強大な怪物相手に大立ち回り。
「私……結構頑張ったよね……?」
空中から口内に落ちるまでの数秒。様々な思いが脳裏をよぎる。全身から力が抜ける。そのまま奈落のように底の見えない、【赤黒蠍】の喉へ向かい……ふと思い出す。村の救われたあの日を。【異形狩リ】に憧れたあの日を。
私の憧れたあの【異形狩リ】は
頑張ったからと諦めて死を選ぶ様な人間だろうか?
違う。
断じて違う。
私の憧れたあの人なら。
凛々しく強いあの人なら。
最期の最期まで死力を尽くす。
絶対に屈さない。
右手にはまだ短剣がある。
命を奪うことは出来ずとも。
最期まで抗う為の力がある。
「………」
牙が迫る。終わりが見える。
死神の鎌は首にかかっている。
「…………ッアア……!!!」
まだ動く。死んでない。死んでない。
死んでないなら……戦える!!!!
光の消えかけた両目に再び朧げに赤い光が灯る。死の間際の集中力。
集中の代償として酸欠の視界が更に狭窄する。迫り来る牙の先端。しかしそんなものはもうどうでもいい。
軌道はもう見えている
全身の傷口から血が噴き出す程の勢いで、全力で身体を空中で捻る。轟音を立てて牙が脇腹を掠めた。大きく抉れる。筋繊維と肉が軽々と引きちぎられる。だが致命傷じゃない。落下の勢いは変わらないが無理やりにでも軌道ををずらす。狙うべき部位は一つのみ。短剣を両手で握る。動き出しの鈍重な鋏は私を阻むことは出来ない。
「ヤァァァァアアアッッッッッ!!!!」
最初に傷を付けた箇所と同じ箇所。ただし今回は落下の勢いと直接ねじ込む威力が加わる。刀身は勢いのままに水晶体を叩き割り、奥深くへ滑り込んだ。
「GYRRRRRRRRRRRUUUUUUAAAAAA!!!!!!!!!!!!」
(何だこれは……何だこの生き物は!?
何をした!?何故痛い!?)
強い生物としてこの日まで感じる事の無かった激痛。それも2度も。こんな矮小で、殺しても腹の足しにもならないような生物に。矜恃と繊細な器官を傷つけられた屈辱は【赤黒蠍】の怒りを最大限まで引き上げた。
怒り狂う【赤黒蠍】を余所事のように眺めながら私は地面に落ちてゆく。この高度とこの怪我なら即死だろう。
目を閉じ、激突するその瞬間を待つ。
数秒と経たずに訪れるはずのその瞬間は
……訪れなかった。
代わりに私を受け止めたのは横ざまに跳躍して飛び込んだ黒のレザーコート。
「……………………私、生きてますか」
「及第点だ、クソガキ。」
そう言うと男は酷薄な笑みを浮かべた。
(攻撃を見てたらこの脚じゃ間に合わない。見るのは攻撃じゃない。もっと前の、身じろぎ、呼吸、予備動作……)
いかに強大な生物と言えど、ノーモーションで攻撃などできる訳が無い。鋏を振り下ろす時には腕に力が入る。砂を飛ばすには地面に鋏を向ける。灼熱の吐息を吹き出すためには息を吸わなければならない。見ろ。観ろ。視ろ。ありとあらゆる全てを視認しろ。赤く染まり薄光を放つ目からは涙のように血液が噴き出す。
駆ける。駆ける。急所を庇う。跳ねる。仰け反る。滑り込む。
手負いの獲物一匹に遊ぶどころか翻弄されだした【赤黒蠍】は、苛立ちを隠す事無く火焔を吐き、咆哮する。
「VVOOOO……GGAAAHHHH!!!!!」
空気が震える。耳が裂けるように痛む。遊びは終わりだと残りの眼に殺意の火がが灯る。いよいよ怒り心頭といったように縦横無尽に鋏を振るい、火焔を吐きつける【赤黒蠍】とは対照的に、私は意識を失いかけていた。そして遂に限界は訪れる。
乱雑に振り回された鋏の先端が私を捉え、天高くへ弾き上げた。
思えば頑張った方だと思う。今朝方【大蛇鶏】に背を向けて逃げたような臆病者が。強いられた物のうえに短時間とはいえ、目の前の強大な怪物相手に大立ち回り。
「私……結構頑張ったよね……?」
空中から口内に落ちるまでの数秒。様々な思いが脳裏をよぎる。全身から力が抜ける。そのまま奈落のように底の見えない、【赤黒蠍】の喉へ向かい……ふと思い出す。村の救われたあの日を。【異形狩リ】に憧れたあの日を。
私の憧れたあの【異形狩リ】は
頑張ったからと諦めて死を選ぶ様な人間だろうか?
違う。
断じて違う。
私の憧れたあの人なら。
凛々しく強いあの人なら。
最期の最期まで死力を尽くす。
絶対に屈さない。
右手にはまだ短剣がある。
命を奪うことは出来ずとも。
最期まで抗う為の力がある。
「………」
牙が迫る。終わりが見える。
死神の鎌は首にかかっている。
「…………ッアア……!!!」
まだ動く。死んでない。死んでない。
死んでないなら……戦える!!!!
光の消えかけた両目に再び朧げに赤い光が灯る。死の間際の集中力。
集中の代償として酸欠の視界が更に狭窄する。迫り来る牙の先端。しかしそんなものはもうどうでもいい。
軌道はもう見えている
全身の傷口から血が噴き出す程の勢いで、全力で身体を空中で捻る。轟音を立てて牙が脇腹を掠めた。大きく抉れる。筋繊維と肉が軽々と引きちぎられる。だが致命傷じゃない。落下の勢いは変わらないが無理やりにでも軌道ををずらす。狙うべき部位は一つのみ。短剣を両手で握る。動き出しの鈍重な鋏は私を阻むことは出来ない。
「ヤァァァァアアアッッッッッ!!!!」
最初に傷を付けた箇所と同じ箇所。ただし今回は落下の勢いと直接ねじ込む威力が加わる。刀身は勢いのままに水晶体を叩き割り、奥深くへ滑り込んだ。
「GYRRRRRRRRRRRUUUUUUAAAAAA!!!!!!!!!!!!」
(何だこれは……何だこの生き物は!?
何をした!?何故痛い!?)
強い生物としてこの日まで感じる事の無かった激痛。それも2度も。こんな矮小で、殺しても腹の足しにもならないような生物に。矜恃と繊細な器官を傷つけられた屈辱は【赤黒蠍】の怒りを最大限まで引き上げた。
怒り狂う【赤黒蠍】を余所事のように眺めながら私は地面に落ちてゆく。この高度とこの怪我なら即死だろう。
目を閉じ、激突するその瞬間を待つ。
数秒と経たずに訪れるはずのその瞬間は
……訪れなかった。
代わりに私を受け止めたのは横ざまに跳躍して飛び込んだ黒のレザーコート。
「……………………私、生きてますか」
「及第点だ、クソガキ。」
そう言うと男は酷薄な笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる