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物語のはじまり

ルカテリーナ様との話し合いに臨む僕 ②

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 それは、とてつもない衝撃的な発言だった。
 えっと、それ........嘘でしょ。嘘だと言ってほしいな。
 50人弱の女性と結婚するなんて、そんなの冗談としか聴こえない。
 それって、どう考えても物理的に無理だと思うんですが。
 そもそも女性陣達はそれでいいと納得しているのが、おかしすぎじゃないかな。
 貴族ともなると、それが普通なのか。
 嫌、僕の実家、シルベスタ伯爵家ではそうじゃないぞ。
 義父さんは、オスカ義母さん以外の女性とは結婚していないし。
 オスカ義母さんに一途だから、愛人もいない。
 やっぱりここにいるメイドさん達の考えがおかしいと思う。

「許嫁って.....それは初耳なんですが...」

「初耳ですか.....ですが先ほど、もう、全員と顔合わせをもう済ませたでしょう。各々と楽しく雑談もされていたようですし。かなり簡略化しましたがお見合いと言えなくもないでしょう」

「えぇ、あれってお見合いだったんですか。それは流石に無理がありませんか?......」

「今更何を言っているのですか?もう熱いキスまで済ませたのをお忘れですか?
 覚えていらっしゃらないなんて、それはあんまりだと思います。
 それでは、わたくし達があまりに不憫ふびんだとお感じになりませんか。
 しくしくしく....うぅぅぅぅ....うぅぅぅぅ....しくしくしく...」

 ルカテリーナ様はわかりやすい泣きマネをして、僕を困らせる。
 なんて答えるのが正解なのか、奥手な僕には解かるはずもなく......。

「あ....あれは...その....えぇ~っと....」

 何もわからないまま、心ゆくまで甘いひと時を楽しんでしまった僕。
 数で攻められ、そのキスに酔いしれたのは事実。
 奥手だからと断れないんだと、欲望に身を委ねていたもんな。
 言い訳なんか、当然出てこない。
  
「うぅぅ.......わたくし達はクロウル様に純潔を奪われたのですよ」

 そう言われると反論はしずらいのを解っていて、そこを的確につくルカテリーナ様。
 お互い合意の上とはいえ、実際に手を出したのは事実なんだから。
 
「うぅぅ.......わたくし達はクロウル様のお手つきにされたのですよ」

「ですが、あの場面の雰囲気で迫られたら.......」

 反論出来るとしたら、ルカテリーナ様だけだろう。
 何故なら、僕の純潔を奪ったのは、ルカテリーナ様の方だと言えるから。
 でもその反論を言いたいけど言える訳もなく.....。
 何せ、ルカテリーナ様は公爵家のご令嬢。
 嘘を真実に変えるだけの強大な権力を持つ家がバックに控えている。
 おそらく反論を言ったが最後。
 とんでもない仕返しをされそうで、恐怖のあまり、話すのを思いとどまってしまう。
 
「もう、言い訳は無用です。
 クロウル様は、全てのご令嬢のキスを受け入れたではないですか。
 嫌なら断ればよろしいのに....そうなさろうとすら、なさいませんでしたわ」

「ですがあの場面では、もう、断れる状況ではありませんでしたよ」

「もう一度いいますが、言い訳は見苦しいですわ。
 クロウル様は男でしょう。
 男でしたら、最後まで責任を果たしてくださいませ」

「うぅぅ.....何か他の解決方法はないのですか?」

「見苦しいですわ。まだ、悪あがきを成さりたいのですか?
 幾ら言い訳をしようが今更遅いですわ。
 クロウル様には、もう逃げ場は残されておりません」

「私達がクロウル様の許嫁となってしまった今となっては、クロウル様お一人の力では、もはや解消することは不可能なのです。何故かと申しますと.........」
 
 そう言ったルカテリーナ様は、僕の逃げ道を言葉によって尽くふさいでいく。

 まずは、家同士の取り決めはもう済んでいて、お手つきになったご令嬢を捨てるような行為をすれば、ご令嬢の家から袋叩きにあう可能性を考慮こうりょしたほうがよいとさとされた。

 僕達の結婚によって派閥の結束を強化できるそうで、今更なかったことにして欲しいとはいかないという。

 更には、許婚になった後の細かな婚姻に関する書類は、前もって国に提出済みだそうだ。

 今の段階になって僕が責任を放棄しようとしても、それは決して叶わないという。

 そうした話をした上で僕にこう言った。

「クロウル様は王権派閥にとっては、なくてはならない駒なのです。クロウル様の処遇については王権派閥が手網を握ることになりました。クロウル様には申し訳ないとは思いますが、貴族の義務として受け入れることになるでしょう」

 僕を言葉で拘束していくルカテリーナ様は、ラージベルト公爵家率いる『王族派閥』の結束を図る為の政争の道具として、僕を利用していくと明確に宣言された。

 卑怯だ。
 蛇に睨まれたカエルになった気分になった。

「クロウル様には、近い将来、王族からも姫が輿入れされることが既に水面下ではほぼ内定しております。王女の名は、エストフィリ=ムーア=ティル=ローシス=アスフィール、第10位王位継承者ですわ。エスト姫がクロウル様の元に第一婦人として嫁いでまいります。エスト様とわたくしは同年代の親友になります。性格はオットリしていて可愛らしいお方ですわ。エスト様の可憐なお姿はきっとクロウル様の心にも響くことになるでしょう」

 最後にダメ押しの話しをされて、もうショックを通り越し、固まることしかできなかった。

 いつの間にかテーブル席に誘導されると、向かい合うように座った僕達にメイドさん達の給仕がなされ、温かい紅茶が差し出される。
 温かい紅茶を口にしながら、僕はルカテリーナ様の話を聞く。
 ルカテリーナ様は僕の気分などお構いなしに今の状況を理路整然と話をされていく。

 エスト姫が輿入れしてくるということは、僕の身分は当然のように貴族となり、王家から伯爵として叙勲されるのも内定しているらしい。

 領土については王領の土地を一部、分け与えられるそうだ。

 ルカテリーナ様の話す内容は、確かに頷く内容も多いんだけど、その内容をそのまま納得出来るかといえば、それは直ぐにはできない。

 だが、色々な話を聞いていく内に、この一連の騒動は貴族の派閥を巻き込んだ工作だったことが理解できてしまった。

 どういうことかと言うと、僕という人間が、ラージベルト公爵家が率いる『王権派閥』の結束を束ねる役割を果たす駒としてはかなり極上の駒らしく、それも踏まえたうえで上手く利用していく取り決めがシルベスタ伯爵家と王家の間で交されたらしい。

 ルカテリーナ様からそう聞かされたときには、思わずその場でうずくまってしまった。
 オスカ義母さんと義理の父親であるラグノルト=ラウル=シルベスタ義父さんに生贄として王家に差し出された。どうやらシルベスタ家存続の為に僕を王家に差し出す判断をしたようだ。

 それは、もう諦めるしかない状況だった。
 自分自身の役割が、宮廷謀略の要と見られてもおかしくない状況だと認識させられれば、うずくまりたくもなる。

 もう、全てを放棄して逃げ出したい気持ちになったけど、それも出来なさそうな状況だと諭される。

 僕の思考では、解決策を見いだすことが出来なくて、全く仕事をしない頭を抱えこんでしまう。

 あ──ぁ、最悪だ。負けた。完敗だ。
 物の見事に王家に取り込まれてしまった。
 
 ふう。飲酒して全てを忘れてしまいたいが、そういう訳にもいかないよね。

 まず『王権派閥』について簡単に説明したほうがいいだろう。
 王権派閥とは、王族を頂点にして、これまで通りの方式で国を治めていく保守系の勢力だという。

 因みに他にも派閥があって『神殿派閥』『開国派閥』『軍閥派閥』『貴族派閥』の4つの派閥があるらしい。

『神殿派閥』はアスフィール神教の勢力拡大を図ろうとする勢力。
『開国派閥』は外国との自由貿易拡大を図り貿易利権にあやかろうとする勢力。
『軍閥派閥』はアスフィール神聖国軍の力をより強大にしようとする勢力。
『貴族派閥』は貴族領土の自治拡大を目指そうとする勢力。

 これまでは王権派閥が他の派閥による切り崩し工作に受けて、その勢力が衰退していたらしい。

 当時は国内最大派閥であった神殿派閥に追い込まれ、アスフィール神教の教皇に王座を明け渡すように迫られていたそうだ。

 このままでは、王権派閥が維持するのが難しい状況にまで追い込まれた時。

 そのような状況下で僕の名前が王宮に飛び交った。

 危機的状況下で、僕という人間が脚光を浴びた状況は、王権派閥にとってはまさに一筋の光明に映ったらしく、王権派閥としては是が非でも僕を取り込みたいという。

 どういう訳か、国中の貴族から注目を集めるようになった僕の家──シルベスタ伯爵家が元々王権派閥だったこともあり、僕を中心に据えることで、この難局を乗り越え状況を打破したいようだ。

 今そのような事実を聞かされている訳だけど、既に色々政局に変化が生じ始めているという。

『王権派閥』では、僕をマスコットキャラクターに据え、他の派閥に対し切り崩し工作を逆にしかけ、現状では数多くの貴族を篭絡ろうらくさせる程の効果を上げているそうだ。

 何故、国中から注目を集めたかといえば、それは殆ど僕が何も予測しないでした所為せいだったようだ。

 ある行為とは──。
 それは、公共事業である道路整備を指し示す。
 年中たらい回しで国道の道路整備に駆り出されていた僕。
 その働きの効果は、僕が考えていた以上の効力を上げていたようだ。
 僕の関わった道路整備の効果は、ありえない程の経済効果の恩恵をもたらしたという。
 自分が工事に関わった道路のその後のことなんて、気にする暇も与えられていなかったから知らなかったけど、僕の関わった道路整備によって、国道を繋ぐ街の経済規模が大幅に拡大し続けているらしい。

 他派閥の貴族達は一同に、自分達の領土にも国の推し進めようとしている公共事業を計画して欲しいと、こぞって王宮に押し掛けているそうで、王権派閥としては他派閥の切り崩し工作に使われ、派閥壊滅の危機を乗り越え、現状では以前のような膨大な権力を独占していた王権勢力として復活しつつあると、正直に現在の政局を僕に打ち明けてくれた。

 どうしてそうなったかと思うだろう。

 それは──。

 国道整備に僕が駆り出される以前と現在では、明らかに目に見える程の効果の違いがあったからだ。

 国道整備をする以前の街と街を繋ぐ道路には、人通りが少なかった。
 理由は魔物に襲われる者達が続出していたからだ。
 当時はそれが当たり前だったらしい。

 だが、それは過去の話し。

 国の公共事業に僕が参加することになってから劇的に変わった。
 その当たり前が当たり前じゃなくなった。

 真甲羅で道路地盤を作るときに、魔物が寄り付かないように研究して付与した効果が思いのほか効力を発揮していたようで、よく被害報告を受けていた魔物の襲撃が殆どなくなったそうだ。

 甲羅地盤の道路上にいるだけで、魔物の襲来しゅうらいを防ぐ。
 初めてその街道を移動した商隊は魔物の襲来が一度もなかったことに最初は疑問を抱く。
 次に街道を移動すると愕然がくぜんとし、最後には感動したという。
 街道を行き来する商隊には、長年待ち望んだ夢の街道だった。
 この効果は、目に見える程の効力を発揮していく。
 街と街を繋ぐ道路で、魔物に襲撃されて殺されるなんていう悲惨な目にあう者達が激減した。
 その夢のような街道は忽ち、商人達に噂となって伝わっていく。

 噂が噂を呼び、長い隊列を組む大商人のお抱え商隊が通るようになり、そうしたことが日常化して商品流通がスムーズになり、更に多くの商人達がこぞってその街道を往復しだしたらしい。

 数多くの商人が集まれば、金が動く機会も大幅にあがる。
 金が集まれば、人も大勢集まってくる。
 そのように人が動き出したらどうなるだろうか。
 答えは、人々の活気が溢れ変えるように周囲の環境が一変した。
 雇用したい者達と働きたい者達が大勢詰めかければ、そうなるのは寧ろ必然だったといえよう。

 いまや公共事業として整備した街道沿いの殆どは、莫大ばくだいな道路バブルが巻き起こっているそうだ。
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