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物語のはじまり

目覚めたら、戸惑いを隠せない僕

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「おはようございます、クロウル様。
 そろそろお目覚めになられたほうが宜しいですわ。
 目覚められましたら、わたくしに朝のお情けをいただきたく存じます」

 僕はその声で目を覚ました。

「.......おはよう。ムニャムニャ」
 
 ここは何処だっけ?
 寝起きはいつも寝ぼけて、ボーッとなる。
 そうそう、ここはゲートタワー内の居住区階層。
 メビアナさん仕様の昇降機にお任せしたら、昇降機から降りることなくたどり着いた居住区階層内の一室。

「.......あれっ誰の声?」

 キョロキョロと部屋を見渡した。
 ベッドから部屋の端を見たときに何人かのメイドの姿が見えた。
 声に主は側に居た。誰だろ。ここにもメイドの衣装を着た女性が居る。
 空色の髪を後ろで結び、整った顔立ちの美少女。
 天使と言われても信じてしまうほどの美貌に笑みを浮かべ僕を見下ろしていた。
 立体映像かと思いきや.....透けていない。
 立体映像特有の現象である不自然さが無かった。
 この女性は....まさか実体?

 僕はガバッという音を立て、ふかふかのベッドから身を起こす。

「貴女は.....」
 
「お初にお目にかかりますわ。
 わたくしはルカテリーナ=ラウ=ラージベルトと申します。
 身の回りの世話をするよう、国王陛下から仰せつかりました。
 不束者ではございますが、どうぞ宜しくおねがいします」

 ラージベルト公爵家のルカテリーナ嬢と名乗った女性は、メイド服姿で貴族風の挨拶をした。

 その立ち振る舞いに一瞬見とれ、僕の目は彼女に釘付けになった。
 そのまま僕の頭は混乱して収拾がつかなくなる。
 国王陛下って、何それ?
 なんで、公爵令嬢がメイド服を着てるの?
 他にも色々な疑問が脳裏を駆け巡り、許容オーバー。
 訳がわからんと頭がショート。
 バタンと枕目掛けて倒れこむ。

「クロウル様!!
 またお休みになるのはおやめくださいませ。
 クロウル様のご予定は立て込んでおりますから」

「無理です。このまま機能回復するまで、しばらく休ませて」

「機能回復.....休ませてですって....。
 もしかして..もう果ててしまわれたのですか?
 幾ら何でも早すぎます」
 
 ルカテリーナ様は、令嬢とは思えない卑猥な言葉を平気で口にした。

「違います、そうじゃありません」

 否定する僕のほうが、恥ずかしい思いをする。

「それでは...とこにお誘いしたいけれど、
 どうすればいいのか解らないクロウル様なりの恋の駆け引き。
 そう、わたくしの気持ちを推し量ろうとする、
 求愛行為なのでしょうか?」

 ルカテリーナ様は頬を染め、ソワソワしだす。

「違います、初めてお会いした女性に、そのような行為は致しません」

 寝たままの姿勢で首を振り、明確な意思表示を示す。

「色々聞きたいことが山ほどありすぎて、思考回路が一時麻痺しただけです」

 変に誤解されるのは危険だと判断した僕は正直に打ち明ける。
 僕の戦線を維持しながら。
 これ以上、攻め込まれるのを阻止しようと声を上げた。

「ですから、ルカテリーナ様。どさくさに紛れベッドに潜り込もうとするのは、やめて貰えないでしょうか」

 毛布の中で僕の手とルカテリーナ様の手が何度も絡まる。
 幾ら何でも、これは積極的すぎないか?
 どうしてこうなった?
 まさか見ず知らずの女性が、行き成り夜這いしに現れようとは。
 そんなの、夢の世界でも起こり得ないって。
 もう他のメイドがいる前でする行為じゃない。
 公爵家令嬢ともなると、これが当たり前の行為なんだろうか?

「ふ─、オスカラフィ様の言う通り、一筋縄ではいかないくらいのヘタレ男ですわね」

 ルカテリーナ様からのセリフを最後に、攻撃は収まり戦線は維持された。
 何とか僕の純潔は守られたようだ。
 
「そうですね。僕は、初めて会った女性を手篭めにするような野蛮な人間ではありません。他の貴族のご子息と一緒にしないで貰えないでしょうか?」

 くそっオスカ義母さんめっ。
 家族間の問題なのに、関係ない他家の令嬢まで巻き込むなよな。
 しかも、王家まで巻き込んで、話を大きくするなんて。
 一体全体何を考えているんだ。

「クロウル様以外の貴族のご子息は、貴族の血統を残すことに必死なだけですわ。クロウル様も貴族の責務をお果たし下さいませ」

「ルカテリーナ様、僕は元々貴族になる気はありません。そもそも、貴族の義務とか役目とか言われても貴族院を入学も卒業もしていない僕に、そのように言われるのはお門違いではないですか?」

 貴族の跡取りには、貴族のルールに従うことが要求され、それに一生縛られる。
 跡取りは、10歳の年に貴族院に入学するのが義務。
 15歳の卒業とともに貴族家の正式な跡取りと認められる。
 僕は自分の意思で一年間通う冒険者学校を選択し無事卒業している。
 最初から家督争いを放棄した僕には、貴族の義務なんか今更関係ないことだ。
 今になってから、捨て去った貴族のルールを持ち出されても困る。

 幾ら天使のような美貌の持ち主であろうとも、何も知らずに僕の心に土足で踏み込んでくるのはやめてほしい。

 上位貴族であろうが知ったことか。

「それと不躾かとは存じますが、何分奥手が取り柄の人間ですから、しばらく気持ちを落ち着かれる時間をいただけないでしょうか」

 目を細めて睨みをきかせ、声を荒らげて言った。

「.....はい、承知しました」

 ルカテリーナ様は、何か言いたげだったけど、大人しく引き下がった。
 身の周りの世話をするというなら、僕が命じるまで、そのままの姿勢を維持してたらいい。

 ルカテリーナが後ろに下がるのを見届けた僕は、まぶたを閉じると、暗闇の中で気持ちを整理する。

 そもそも僕は、貴族になる気はない。
 理由はある。
 いずれは、この国を出てミラス母さんが嫁いだ国──ドラグロア帝国にいく目的があるから。

 ミラス母さんと僕に呪いを掛けた張本人を見つけ出し、ミラス母さんの仇をうつ。

 ──ミラス母さんと僕に掛けられた呪い。

 それは、心臓に刻印された凶悪な呪い。
 今分かっている呪いの効果は──。
 魔力を過剰に体内に生み出し続けること。
 魔法や魔術が一切使えなくなる作用があるらしいこと。
 呪いが刻まれた後では、新たなスキルが取得出来なくなること。
 この3つの効果が、判明している。

 ドラグロア王族の血を継承した僕は、呪いが発動しても生き延びれた。
 ドラグロア王族の血統スキルがあったからというのが大きかったようだ。
 だけど、ミラス母さんは、王家の血統をもともと持っていない。
 ミラス母さんは全身から血を噴き出して亡くなったと聞く。
 こんな話しを聞かされた時は、心底許せないと思った。
 
 たまたまアスフィール神聖王国で開催された諸国連合会議の席上で、ドラグロア皇帝の目にとまり、強引に手篭めにされたミラス母さん。

 その一夜の過ちで僕を身ごもることになって。
 責任をとる形でドラグロア帝国に嫁ぐことになったけど...。

 ミラス母さんが死ななければいかないことって何だ。
 理不尽すぎる。皆が許しても、僕が許せるわけがない。
 それは、ミラス母さんが生んだ子だから。
 親の仇は子が取るものだろう。
 違うという者もいるだろうが、少なくとも僕はその考えを捨てる気は毛頭ない。

 この計画に関わった者達全員には、いずれ同じ苦しみを味わってもらう。

 だからこの国で貴族になるのは、将来の計画に支障がでるから受けることが出来ない。

 例え国王陛下が僕の前に立ちはだかろうとも、止まらないだけの決意がある。

 きっとこのまま行けば、復讐に人生を捧げることになるだろう。
 それでもいい。僕は、望まれて生まれてきた子じゃないから。
 せめてミラス母さんの仇だけでも取ってあげたい。
 ただ、それだけだ。
 
 気持ちの整理がついた僕は、まぶたを開ける。

「.........えっ」

 天井を見上げたはずなんだけど....。
 天井が隠れて見えない。
 天井の代わりに、微笑むルカテリーナ様の顔がすぐ其処そこにあった。
 何で?どうして?気配も音もしなかったのに……。
 僕の目の前には、ルカテリーナ様のお顔が手の届く位置にあって。
 混乱して逃げようとする僕を、ルカテリーナ様は逃がしてくれない。
 優しく手を伸ばして毛布ごしに包み込むと.........。
 ルカテリーナ様は、僕が慌てる前に、僕の唇を強引に奪った。

「うぐっ.........」

 僕の唇の中にルカテリーナ様の舌が入り込んでくる。
 頭がまた真っ白になった。
 心臓がドキドキが止まらない。
 上手い。舌ずかいが上手すぎる。

「チュル......チュル......チュパッ」

「平民に成りたいといいはるのでしたら、それでもいいわ。
 でもね、私は貴族の娘。公爵令嬢でもあるのよ。
 平民になりさがりたいのなら、尚の事、貴族の命令には従うことね」

 そういうと、また強引に唇を重ね、舌を入れてきた。
 ルカテリーナ様を乱暴に扱うことが、僕には出来ない。
 父親のドラグロア皇帝と同じ野蛮な人間だと思われたくないからだ。
 快楽の感情が、僕の思考を削ぎ落そうとしてくる。
 何だか考えるのも、もう、どうでもいいとさえ思えてくる。
 僕はルカテリーナ様のテクニックにメロメロになった。

「ルカテリーナ様~、私達もクロウル様にお早うのキスをしたいです~」
 
 そこへ救助の声が掛かった。
 えっと、これって救助の声なのか?
 順番待ちの声のような気がするんですが......どういう状況??
 しかも、今の声は立体映像で散々聞いた声──メビアナさんの声だ。

「チュパッ.....ふう....。
 もう、折角これからお楽しみのお時間でしたのに。
 は─、わかりましたわ。メビアナ。
 貴女の力でクロウル様の凝り固まった肩の力を抜いて差し上げなさい」

 僕の唇を開放したルカテリーナ様は、艶かしい吐息を僕に吹きかけ、指で僕の唇を撫でた。
 そのままルカテリーナ様は、ベッドから降り立つ。
 動くときに生じる一切の摩擦音が聞こえなかった。
 多分、魔法を使って気配をたつ魔法を使ったんだろう。
 何から何まで、全てに置いてルカテリーナ様に負けた気がする。

「は──い、了解で──す。
 クロウル様、次は私とお早うのキスしましょ♡。
 ルカテリーナ様だけキスして私を除け者にしたら~、
 わたし~.....泣きますからね~」

 立体映像ごしに見たメビアナよりも、実物のほうがより可愛かった。
 メビアナさんは子犬のように、よつんぱになってベッドの上に飛び乗ってきた。

「ちょっと待って。どうして此処に居るのか、説明くらいしてくださいよ」

「嫌で──す、待ちませ──ん。いっただっきま~す♡」

 早すぎる。行き成り唇を奪われた。

「ブチュ.......レロレロ.....」

 僕の口内でメビアナさんの舌が暴れまわる。
 心臓のドキドキが、どんどん大きくなる。
 
「ん....んん......んん」
 
 強引な舌使いに、僕は戸惑い声が漏れる。
 横目で部屋を見ると、モジモジするメイドさん達が順番を待つように、列になって並んでいる。

 どうして並ぶ必要があるのさ。
 しかも、みんなして顔を赤く染めて。

 も...も.もも..もっ..もしかしてここに並ぶ全員をキスするの。

「チュッ、チュッ、クロウル様、
 美味しかったよ。ご馳走様でした」

 唇を奪われた形になったけど、嫌な気分には成らなかった。
 幸せを分けるもらった気がした。
 唇と唇の接触が嫌な記憶を洗い落としたように感じた。
 メビアナさんはニパッと笑うと、僕の頭を撫でてから離れていき、メガネを掛けた真面目そうな女性とハイタッチして。

「じゃあ、次はロエリシアちゃんね。ガンバだよ~」

 メビアナさんはロエリシアさんという女性にエールを送った。

「はい、頑張ります」

 頑張るポーズを取ったロエリシアさんは、ずり落ちてくるメガネを手で直すと、気合を入れてベッドに侵入してきた。

「え~と、もしかして、また、キスしなきゃいけませんか?」

「もしかして、お嫌ですか?」

 ロエリシアさんは、落ち込んだ子猫のように身を縮める。
 その姿を見てしまうと、何だか自分が悪い事をしてるような気になってしまう。
 だけど、ここで引いたら、泥沼に入って出られなくなるのは確実。
 だから、心を鬼にして問いかけた。

「イヤイヤ、そうじゃなくって、説明をしてほしいっていいか.....訳も分からず、キスって気軽にするものじゃないでしょ」

 僕の言い分を聞き入れる気など、さらさらも考えていなさそうなルカテリーナ様が、ロエリシアさんの代わりに僕の発言に答えた。

「ロエリシアさん、クロウル様の言葉は今は無視しなさい。
 まずはロエリシアさんがクロウル様を慕う気持ち。
 その気持ちを行動で示すことが先決だわ。
 ヘタレなクロウル様の話しに惑わされてはいけません」

 ルカテリーナ様によって、僕の言葉は切って捨てられた。

「はい、先生」

「クロウル様、お慕いしています」

 そう、言うとロエリシアさんは、緊張して震えるのを我慢しながら、僕にキスしてきた。

「チュッ........」

 ロエリシアさんは初めは優しいキスだったけど、その後舌を入れてきた。
 3人目ともなると男の理性のたがが外れてしまいそうになる。
 ロエリシアさんの舌使いは、ルカテリーナ様と全く同じだ。
 さっき先生っていってたらから、もしかして、そういう意味合いの師弟関係か。
 どうなってんだよ。これって。もう変な想像ばっかり思い浮かぶ。
 はあ、まだまだ、このキスの嵐、続くんだろうな~。
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