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どん亀のプロローグ ①

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 この世界──アグランティアには、様々な神獣が存在する。

 何でもその神獣達は古の盟約により、この世界を守護するお役目を担っているらしい。

 そのような大いなる御力を持つ神獣の中でも、最も名の知られた神獣は、特に重要なお役目を担う存在だと聞いたことがある。

 それは──四神獣という古き伝承により伝わる高位の存在。

 東を守護する青龍。
 南を守護する朱雀すざく
 西を守護する白虎びゃっこ
 北を守護する玄武げんぶ

 玄武という名を聞くと何故か、毎度毎度、動悸が激しくなる。

 何故そうなるのか、わからない。

 生まれながらに持っていたスキル──【真甲羅】が影響しているのか。

 幼い頃に読み聞かせてもらった絵本に描かれた四神獣の話は、今も頭の隅から離れない。

 四神獣の話を描かれた絵本は僕の大事な宝物となり、誰彼構わずに、大切な宝物を差し出し「読んで」とせがむ。

 四神獣の絵本を読み聞かせてもらった後は、決まって変わった夢をみていた。

 その変わった夢の中では……。

 どういうわけか、いつも亀の姿をしていた。

 普通の亀ではない。尻尾の代わりに蛇がくっついた、へんな亀。

 尻尾のかわりに生えた蛇とは、夢の中では数少ない仲間として登場していた。

 へんな亀はとんでもない大きさだった。

 人々は蚤よりも小さいし、木々は蟻くらいの大きさにみえ、高い山々は眼下から見下ろす高さだった。

 大きな亀になった僕は、人々の暮らす営みをずっと見守り眺めていた。
 
 超巨大な亀の甲羅の体内には、巨大な街があって、そこで暮らす亀人達を筆頭に様々な人種の暮らしぶりを神眼で慈しむように眺めていた。

 目の前に広がる赤く染まった大気、乾ききった灰色の大地に、神水の雨を降らして浄化していき、人々が住める環境になるように根気よく頑張っていた。

 黒くなった広大な海に浮かびのんびり泳ぎ、黒くなった海水を飲んでは、黒くなった水を浄化していた。

 蟻のように群がる魔物達は、相棒の蛇眼で全て石像に変えて、その後、僕と相棒とで仲良く半分に分けて食べ合っていた。

 そんな変な夢を幼い頃はよく見ていたし、今も時折そんな夢を見る。

 夢は正夢なのか、過去の幻視なのか、それはわからないけど、夢から覚めると、妙に懐かしい思い出に触れた気分になったから、過去にあったことかもなと夢物語に思いを馳せていた。

 そして──年が過ぎ時は流れ。

 夢物語は思いもかけない形で現実になってしまった。
 運命のいたずら、それとも定められた運命だったのか。
 限られた選択肢、唯一この状況から抜け出す一筋の光明。

 迷宮を守護する階層主の腹の中で、寄生虫のように生きながらえた僕にとって、初めての希望だった。

 迷宮守護者の異能と魔力を吸収し、身体に走る激痛に耐える日々から、ようやく開放される。
 脳裏に突然浮かんできた運命の告知は、悪魔の囁きのように僕の心を掌握していく。
 例え悪魔の囁きでも構わない。愛する者を救う解決策があるならば。
 僕はどう進むのか不安でしかなかった運命を受け入れた。

 そうして、僕は玄武の名を冠した種族に、生まれ変わることを選択した。


◆◇◆◇◆◇◆


 ──あれは1月前になるだろうか。

 僕は、バレン大迷宮50階層を守護する階層主──巨大な体躯で威嚇する黒龍王に完膚なまでに負けてしまった。

 人類存亡の危機という名目で組織された大軍や冒険者達の大攻勢も、バレン大迷宮50階層を守護する階層主──巨大な体躯で威嚇する黒龍王という最強の龍種を打ち倒すには至らず、逆に壊滅の憂き目にあった。
 
 むごたらしい虐殺の歯止めが掛からず、刻々と血潮の海が広がっていき、その過程で、死を覚悟した僕は、せめて一矢報いようと黒龍王に戦いを挑んだが、敢え無く破れさった。

 ──勝ち目の無い戦いだった。

 仲間達の裏切りも関係しているかもしれないけど.....それは唯の言い訳に過ぎない。

 結果的には僕自身がただ弱かっただけ.....その言葉が全てを物語る。
 敗北者となった僕は、黒龍王に呆気なく食われた。仲間と共に。
 一度目の戦いは完敗だった。何の言い訳も出来ないくらいの。
 普通、魔物に食われたら、死ぬと思うだろう。
 だけど僕に関しては、その理屈は通用しなかったらしい。
 迷宮の守護者には完敗したけど、僕は結果的には死ななかった。
 黒龍王に食われる絶体絶命の瞬間。

 ──まだ死にたくない。

 ──生きたい。生きて帰りたい。

 ──エルシアと一緒に帰りたい。

 という強い願いから行使した【真甲羅】スキルは、腹の強酸も撥ね退け、戦闘で負傷した傷も再生され、状態異常完全無効化の効果も付与するという、とんでもない性能を発揮した。

 サポーター職だった僕が持っているスキルは2つだけ。
 SランクスキルになるまでスキルPTを費やした【マジックボックス】。
 生まれた時から既にSランクまであったユニークスキルの【真甲羅】。
 生き残る為に足掻くしかない現状では【真甲羅】が命の綱。

 命の綱にスキルPTを費やし、スキルランクとレベルを上げた僕は、まだ生きようと足掻く。

 その後【真甲羅】を何度も行使し、腹の天井部に甲羅の砦といえそうな安全地帯を作り上げ、自分の住処を確保すると、甲羅化して腹の中に沈んだ仲間を助け出し、仲間達に掛けたスキルを解いて抱き合った。

 またもや、僕の持つスキル【真甲羅】に命を救われ、仲間共々、何とか黒龍王の腹の中で生き延びた。

 黒龍王の腹の中で耐え忍ぶ日々では──。

 自分の無力さを痛感し、黒龍王の強さに恐怖する日々を過ごす。
 腹の中で時が無駄に過ぎ去る日々に絶望してもいたが。

 だが諦めることは出来なかった。
 この腹の中には僕だけじゃなく、守りたい人──エルシアがいて、何度も励ましてくれたから。
 帰るべき場所があり、待っている人達がいて、絶対に帰ると約束したから。
 だから、必死に歯を食いしばった。
 幸い僕には何度も命を救ってくれた【真甲羅】があった。
【真甲羅】はユニークスキルでもあるが、同時にぶっ壊れスキルでもあった。
 願いを込めてスキルを行使すると、属性内であれば大抵のことは出来てしまう。

 少し願ってスキルを行使するだけで。

 魔剣に【真甲羅】スキルを付与すると魔剣の魔力攻撃力が2倍になったり。
 鉄鎧に【真甲羅】スキルを付与すると全属性防御力が2倍になったり。
 魔力を込めると【火球ファイアボール】が発動する指輪にスキルを付与すると、指輪が進化し【爆炎球フレアボール】が発動するようになったり。

 願いは、純粋な願い程効果は大きい。
 スキルは僕の願いを形にし、願えば願う程、その効力が増していく。
 
 ならばと僕は……皆を助ける為の強さがほしいと、こころの奥底から掻き集めた願いを込め、尽きない魔力を注ぎ続けた。
 
 甲羅に全身を覆われた僕は、願いの通り、黒龍王の異能と魔力と吸収し続けた。
 黒龍王の力は、生身の人間の身体だと、一瞬に身体が破裂するレベルの凶悪な力だった。
 甲羅に覆われた僕の身体も直ぐに全身が闇色に染まるが、黒龍王の魔力は甲羅を通過する際に浄化され僕の身体が破裂することはなかった。

 ただ、焼けるような苦痛があった。
 当然だ。最強種の力を吸収するのに、楽にすむハズがない。
 苦痛は生きている証。成長する為の必要な触媒。
 そう言い聞かせ必死に長い時間を耐え抜いた。

 そして。
 
 ようやく、今日という日を迎える。

 黒龍王の寄生虫に成り下がってでも、腹の中で力を蓄えた僕は、今日、ようやく新たな種族に進化した。

 新たな身体を手に入れ、新たな仲間も出来た。

 今から、未来に向けて歩き出す時だ。
 そして、僕と奴は力を込める。
 新たに加わった奴の助言を信じて。
 全ての感情を込めた力を。
 過去の屈辱も──。未来への誓いも──。
 揺るがない闘志を込めた焔の意思も──。
 ──全ての願いと力を込めて。
 ──受けてみろ。
 僕達の全てを結集した、この力を──。

 僕達は全ての力を込めて叫んだ。

「「玄武顕現」」

 黒龍王の腹の中で、生き延びた僕の反撃の一撃が、とうとう僕の宿主だった存在に、致命傷を与えた。

「グギャオオオオォォォ──ッ」

 バレン大迷宮に地下深くに潜む階層主──黒龍王が最後の断末魔を上げた。
 
 ブッシャ─────ッ
 
 次の瞬間には、内側から弾けるように大爆発、なんと一瞬にして死に絶えた。

 僕の瞳には、弾けた黒龍王の頭が弧を描き、宙を飛んでいくのが映る。
 苦しむ時間なんか、殆どあたえなかったはずだ。
 多分、急に苦くなり腹が急激に膨らみだした後は、何が起こったか分からないまま死んだと思う。

 ちっぽけな存在だった僕が、この黒龍王に最後の引導を渡した。
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