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第十六章 娘と刀剣
第十六章 娘と刀剣(1)
しおりを挟む清太と弥蔵は三条河原に近い木賃宿を根城に定める。
弥蔵は亥介達と繋ぎを付けるために、一旦、大原に戻り、清太は木賃宿に残って、安次からの知らせを待つ。安次には、三条河原に娘が現れれば、この木賃宿に一報するよう命じてある。
清太は安次を待ちながら、三条河原という社会の底辺で生きる者達のありようを、僅かな時間ではあったが、直接肌で感じ、考えていた。
河原者達は襤褸を纏う者ばかりだが、その外見とは対照的に、表情は明るい。清太は、彼らの屈託のない笑顔に、しばしば羨望にも似た眩しさを感じた。それをたまたま隣にいた安次に話すと、安次はしたり顔で、
「合戦に破れて落ち延びた者、郷里を追われた者、商いに失敗した者など事情は百人百様でございやすが、ここにいる連中は全てを失い、行く宛てもなく、家族や世間からも見放され、息絶え絶えでこの場所に流れ着いた連中ばかりでやす。その代わり河原者には守るべき物も、失う物もございやせん。逆に言えば、河原者は何者にも縛られることはなく、何人(なんびと)からも自由でやす。」
と、答えた。
清太は、住人の中にはその身ごなしから裏世間の人間と思われる者を、何人も見かけた。彼らが仲間を裏切った正真正銘の河原者なのか、それとも河原者に擬態して何事かを偵知しているのかは、定かではない。おそらく、両者が同居していると考えるのが妥当なのだろう。
―兎吉も、峡という束縛からの解放と自由を、求めたのか。
清太の脳裏にふと兎吉の影が過った。
夜更けになり、弥蔵が大原から戻ってきた。
「丞様から書状が届いておりました。」
弥蔵が、小さく畳み込まれた書状を、清太に手渡す。限られた紙面上に伝えたいことを簡潔に記した内容だが、所々に孫の身を按じる想いが滲んでいる。
清太は読み終えた書状を折り畳みながら、弥蔵に尋ねる。
「朝護孫子寺という寺院に住持する乙護法という僧侶を知っているか。」
「朝護孫子寺は大和信貴山に聖徳太子が創建した古刹かと…。しかし、乙護法という僧名は聞いたことがございませぬ。」
清太の質問の意味を解しかね、弥蔵が曖昧に答える。
清太は弥蔵に書状の概要を語る。
「丞様からの書状に拠れば、久秀が多聞山城を召し上げられて筒井順慶に譲り渡した際、朝護孫子寺の乙護法と呼ばれる妖僧が裏で糸を引いて、久秀を信貴山に呼び寄せたという噂があるらしい。わたし達が天王寺砦で刃を交えた旅僧はその乙護法ではないかとある。乙護法は密教諸術に精通した稀代の術者と書いてある。」
清太が瞼を閉じて、思案する。
「乙護法という僧侶が刀剣収集の元締めでしょうか。」
弥蔵は問い掛けることで、清太の思考を手助けする。
「断定はできぬが、そう考えても大きな違和感はない。」
思考を進める判断材料が少なく、会話が停滞する。
弥蔵が話題を転じる。
「平次郎殿の和泉堺にある実家が、この夏、賊に襲われていたそうです。ご両親は殺害され、妹御の加枝殿は行方知れずになっています。」
弥蔵の報告を聞きながら、清太は俯き加減になって、
―これは、よしのにとって、幸なのか、不幸なのか。
と、複雑な想いを巡らせた。
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