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第三部 王都の社交

114.邸宅のレリーフ

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 ルイの言う、邸宅のレリーフとは、一階の玄関ホール奥の大広間に続く境にある石造の大柱に刻まれているもののことだ。
 たぶんこの王都の邸宅は、ずっと以前にも改装していて壁板などは張り替えられているのだと思う。
 歴史を感じさせるお屋敷ではあるけれど、ところどころに見える石壁や柱はもっと古いもののようだからだ。

 わたし達が夏の社交の時期を王都に過ごすにあたって、この屋敷の内装を調えてくれたナタンさんは、この古い部分と以前からの部分と新しくする部分との調和に悩んだらしい。
 結局、元々の状態を最大限生かす方向に決めたそうだけれど、それは成功していて、この時代のついた箇所は玄関ホールに煌びやかなだけはない威厳と重厚さを添えている。
 
 三階の主寝室を出れば、廊下は真っ暗だった。 
 お茶を出してくれたシモンも含め、使用人達を皆下がらせてしばらく時間が経っている。
 手提げのランプで歩く先を照らすルイの、ローブの袖を軽く摘んで半歩下がって寄り添うようにして歩く。
 でないと足元が暗い。
 階段を降りなければいけないし、絹の室内履きは滑りやすい。
 一度、二階の踊り場で足を止めて、使用人達が使っているあたりを見ればさすがに真っ暗ではなかった。
 薄明かりが扉の隙間から漏れている。
 たぶん一日の仕事を終えて寛いでいるか、それともまだ仕事が終わっていないのか。どうか前者であって欲しい。

 領地の屋敷もこの王都の邸宅も、客間にする分を除いても部屋は余っているので、使用人の部屋を割り当てている区画を作っている。
 ルイが子供の頃は、沢山の使用人がいたようだけれど、いまのフォート家は公爵家としてどころか貴族としても有り得ない少なさだ。
 それもあって、使用人の部屋は地下や屋根裏なんていった考えはない。
 領地の屋敷と“扉”で繋いでいるのは、二階の廊下の突き当たりであるし、魔術研究に夢中になれば昼夜関係なく籠ることもあるルイの仕事部屋も図書室も二階にあるから。
 なにかあればすぐ誰かを呼ぶことも出来るし利便性の面でもよい。

「マリーべル」
「あ、はい」

 ルイに促され、一階へと階段を降りていく。
 玄関ホールは吹き抜けのがらんとした磨いた色石を寄せた床だから、わたし達が静かに階段を降りるその衣擦れの音や小さな足音。手提げランプの中で固形燃料の結晶がぶつかる音、取手の金具が僅かに軋む音まで。
 落ちてきたら絶対に潰されて死んでしまうと思える、見事なシャンデリアを吊り下げる天井とそれを囲う天窓へと音が昇っていくように響いてやけに耳についた。
 だからついルイに話しかけるのも囁き声になってしまう。

「……ねえ」
「なんですか」
「邸宅のレリーフがジャンお爺さんに、なんの関係があるの?」 

 まったくわからない。
 どうして精霊信仰を調べていて、邸宅のレリーフを思い出し、そこからジャンお爺さんにつながるのだろう。
 ランプの灯りの中でルイの顔を見上げれば、彼は小さくため息を吐いた。

「……彼は貴女にしか見えていない、精霊の一種ではないかと私が疑っていたからです」
「え、なにそれ」

 たしかに、偏屈者の人嫌いで滅多に他の領民と交流したりはしないけれど。
 いつからそこに住んでいるのかはわからないけれど。
 あの山際というより、ほとんど山に建つ小屋周辺の薬草畑や花壇などを手入れする姿はあのあたり土地を耕す農夫の人たちからも見える。それにユニ家の屋敷の大広間に他の農夫と同じように薬草を納めにもきている
 ジャンお爺さんを知るのは、わたし一人ではない。
 
「そんなこと、あるはずがないじゃない」
「ええ。どうやら違ったようです……」
「当たり前よ。どうしてそんな疑いを?」
「いくつか理由は挙げられますが……一つは貴女と一緒に訪ねていって、貴女しか彼と会えていないこと……」

 階段を降り切って、石の床を、ルイの足が踏んだ音が静かに玄関ホールに、続いて彼が手にするランプの中で固形燃料がカランと小さく音を立てた。

「次に貴女が彼から伝授された農夫の知恵が、あまりに魔術に通じるものであること。この二つが大きいのですが……」

 わたしからすれば馬鹿馬鹿しいとすら思える考えだったけれど、ルイは大真面目だった。おまけになんだかひどく困惑しているようにも見える。
 また深く縦皺を刻んだ眉間を解すように摘んでいる。そんなに難しい顔をしていては、折角の巨匠が彫った像の如きかんばせに、余計な線が刻まれてしまいそうだ。
 そんな暢気な心配をしながら、大広間の方向、階段裏の暗がりへ回ったルイの後を歩いていたら不意に彼が足を止める。
 彼のランプを持っていない腕に鼻先をぶつけそうになって、慌てて爪先に力を込めてわたしも停止した。

「これを……」

 促す声と共に、ランプの光が高い位置へと掲げられる。 
 古い大柱に刻まれたレリーフが橙色の光に照らされ、時の流れに一部は削れている浮き彫りの陰影を深める。彩色された色も褪せ、大半剥げ落ちているけれど、薄く残っている箇所を更に照らすようにルイが腕を伸ばす。
 それは冠を頭に戴く男の人を、動物達や様々な姿をしたたぶん精霊達が取り囲んで称えているような場面だった。
 ほとんど消えかかっていることもあって、これまであまりよく見たことがなかったのだけれど。
 
「……ヴァンサン王?」
「ええ。人だけでなく獣や精霊、魔物達とも親しむ王のことを伝えるものです」

 言われてみれば光が薄れた影の部分に人の姿も見えるし、光の届かない上方には竜の翼らしきものが刻まれているのも微かに見える。
 ルイの説明によると、この部分はもっとも鮮明に浮き彫りが残っている箇所であるらしい。

「“蔓バラは教える はじまりの地 忘ることなかれ”」
「え?」
「あの詩篇……なにかひっかかるものがあった。蔓バラという言葉に引っ掛かりを覚えたのかと最初は思いました。なにしろフォート家はさっきまでいたあれが守護精霊です」
「ああ……」
 
 たしかにルイにとって、フォート家にとって、蔓バラは特別の意味を持つものではある。
 後世に続く呪いのような祝福を与えた守護精霊。
 それをいつか断ち切る願いが込められたような、その蔓を断ち切る剣をあしらう紋章。
 けれど屋敷の庭にはその木の蔓が伸び、初夏にはその花の色が彩る。

「……そう、ヴァンサン王の子と親しみ、恋仲だったとすらフォート家では語られていた精霊。あまりに当たり前に語られていたので疑問に思ったことすらなかった。何故、親しめたのか。彼に“ヴァンサン王の力はなかった”のに」

 そういえば――。

「でもそれって、魔術ではないの? ルイだって魔術を使えば精霊を認知できるって」
「その魔術が編み出されたのはずっと後の時代です。そのおかげでフォート家は盟約の魔力を手に入れた。でなければもっと早くから大掛かりな魔術は行えていたはずです」

 そもそも、最初の魔術は精霊の力を借りるおまじないに近いものだった。
 その頃は当たり前にいた、いまでいうところの精霊博士のように精霊達と付き合い、日常生活で時折彼らの助けを借りる。時折起きる諍いを治め、魔物を説得する。

「汎用魔術が、いまの世で大きな恩恵をこの国にもたらしているのと同じようなものです。ヴァンサン王が人と精霊と魔物の領域を示した後の世界ではそれで十分だった」

 魔術がいまのように高度化していったのは、フォート家に与えられた祝福への対抗するため。
 どこかで、誰かが止めればよかった。
 自分がそうしようとしていたように、滅びることだって選べたはずだった。

「ルイ……」

 彼の口からこぼれた言葉に、一瞬、胸が締め付けられる。
 滅びることだって選べた。
 そうだ。
 ルイは、婚約中にはっきりわたしにそう言っていた。
 もはや滅びかけた一族の末裔として、後世に血を残す気はないと。

「いまとなっては……歴代こんな思いでいたのかと思いますがね」
「え?」

 ルイの掲げている光を見上げているわたしの視界に、わたしを見下ろした彼の斜めの横顔が困ったような笑みを浮かべる。

「後継を絶やさないよう一人を選ばせる……魔術も精霊も人を操れても心にまで干渉し支配することはできないとはいえ、望ましい相手に目を向けさせる。そしてもう気がついてしまった時には遅い」
「ルイ?」
「どうしても手に入れずにはいられない。手に入れてしまったら、離すことなど考えられない。あまつさえ幸福など夢見てしまう……人の欲と思い上がりの罠に陥る」

 自分ならば、絶対に守れる。
 その方法を見つけてみせようと。
 
「愚かとしか思えませんね。フォート家の当主は……私も含め」
「で、でもっ。そうでなかったら、わたし、ルイと出会ってもなければこうしてもいないわ。もしかしたらモンフォールの当主様の思惑通りになって、それで――」

 続けようとした言葉を止めるように、ルイの指先がわたしの唇に触れて軽く押さえた。
 
「その先は、たとえ仮定であっても許し難い」

 ルイの低く重みを増した声音とすっと冷たい光を帯びた眼差しに、かつてわたしにはなにも知らされないまま、父様が必死でわたしを守ろうとしていたそのことについて、彼がいまもなお憤っていることを知る。
 もうそのことは解決している。
 ルイが解決してくれたのだ。
 元凶であるモンフォール家と当主様に制裁を加えて、ユニ領にもドルー家にも手を出せないようにして。
 わたしが、迷信でしかないような“貴き血”の力を、ただもたらすための道具として扱われる恐れはなくなった。
 
「そうですね。それを考えると複雑な気分になりますが……話が横道に逸れました」

 唇を押さえる指が離れて、柱の浮き彫りの枠をなぞる。
 レリーフは柱の幅に、三段の帯のようになって、それぞれ三つの場面が刻まれている。
 ルイが照らしているのは一番下の段の真ん中のあたりで、指はその枠の下辺にあった。
 
「この場面を分けている枠……擦れてわかりにくいですが装飾的に彫られた枠ではなく絡み合うバラの蔓のようです。ほら、よく見ればここに棘のような……」

 ルイが示す部分を見ようと、んーっと彼の腕に縋り付くように背伸びして目を細める。
 薄暗く削れていてよくわからないけれど、言われてみればたしかに棘のある蔓が細く絡み合っているようにも見えなくもない。

「ヴァンサン王は人と精霊と魔物、皆から愛され、彼も皆を愛していた。それぞれの種族の主張に耳を傾け、その間に立って、王として彼等を従えていた。おまじないのようなことはしていたと前に話しましたよね?」
「ええ」

 そういえば、公爵家の屋敷のレリーフには、ヴァンサン王が彼等を従えるような場面があるともその時言っていた気がする。
 だとすると、これがその場面なのかと思ったわたしの考えを読み取ったらしいルイが頷いた。

「貴女は、私の話をよく覚えていますね」
「フォート家にかかわる話だったもの」
「そうですね。貴女は私のことを受け入れてくれるより先に、私の妻でいましたね」
「……意地の悪い言い方」

 わたしがすこしむっとして口元を尖らせれば、ルイは苦笑した。
 そのことに少しばかり、ほっとする。
 フォート家にまつわることについて語るルイは、いつもどこか痛みを抱えているような様子に見えるから。

「ヴァンサン王のしていたことは、ヴァンサン王の子も見ていたはず。もしかしたら蔓バラの、あの精霊だけはその頃から親しかったのかもしれない。あれが貴女に親しんでいるように」
「じゃあ」
「ええ。魔術を魔術として体系化したのはたしかにヴァンサン王の子なのでしょう。けれど、伝えられているように彼が一人だけで編み出したものでないのかもしれない。それにあれは地の精霊の直接の眷属。だとしたら身近に親しんでいても不思議ではない」
「どうして?」
「ヴァンサン王は、それぞれの種族の主張に耳を傾け、その間に立った。人と精霊と魔物、それぞれの世界を棲み分けて互いに脅かさない決め事を示した。この絵はそのことも表しています。そしてこの隣の……」

 ゆらりとレリーフを照らす光が揺れて、横に少し移動する。
 次の場面は先ほどと違って浮き彫りが描くものはずっと少なく、人らしき形をとるものが四つ。
 先ほどと同じ冠を戴く男の人はたぶんヴァンサン王だろう。
 ヴァンサン王と対峙しほぼ中心に位置にする寄り添う男女。けれど足元は一つ。

「もしかしてこれって、地の精霊?」
「おそらく。魔術師にとって、何故、地の精霊が特別と言われているか。その訳を知っていますか?」
「叡智を司るから、ですよね?」
「何故、叡智を司るとされているかは?」
「知りません」
「実は。それについてフォート家は無関係ではなくて……」
「え?」
「地の精霊は、精霊達をまとめる四大精霊を代表し、ヴァンサン王が示した決め事の仲介者として最後まで地に残った。決め事を地に記し人々にも伝えた。これはおそらくその場面です」
「はあ」
「その言い伝えもあって……トゥルーズで貴女もご覧になったと思いますが、東部は精霊信仰、とりわけ地の精霊への信仰が強い。冬支度の頃には、地の精霊に捧げ物をする祭りもある。そして東部の大部分を治めているのはフォート家です」

 つまり。
 その言い伝えと、フォート家が魔術の祖とされることがいつしか結びついてしまったというわけなのかしら。
 ルイに尋ねれば、その通りと答えるように頷いたのになるほどと思った。

「たぶん。魔術を編み出す精霊の知恵のような……」
「なんだか……魔術と、精霊博士や聖堂の聖職者の方々の信仰って、根っこはほぼ同じみたい」
「ええ。おそらく父は、あの男はそれに気がついた。あの詩篇は、四季の女神と仕える四大精霊を折り込んでいますが、貴女が歌った収穫祭の唄とはどうにも意味合いが異なる」

 民に親しみやすいよう改変した際に、意味合いが異なるものとなって広まったと考えた方が自然だと、ルイは言った。
 それはたしかに有り得そうなことではある。
 だって平民は教えられた唄の原典が、どういったものかなんてことは考えもしないだろう。

「“すべては地に守られ 蔓バラは教える はじまりの地 忘ることなかれ”、これはヴァンサン王のまさにこの場面を綴ったものなのかもしれない。だとしたら最後の“われらは共に”も、まあ……あれ・・がよく言っているでしょう?」
「ああ」

 ――私達は、いつだって良き隣人。
 
「言いますね」
「ええ」
「あの……ルイ?」

 あの詩篇と、フォート家のこのレリーフが結びついているかもしれないことや。
 ルイのお父様が精霊信仰と魔術の関わりに興味を抱いたわけは、なんとなく解明されたような気がしたけれど。

「それで。なにがどうしてジャンお爺さん?」

 いまのところ、ルイの話やフォート家のこのレリーフは、ジャンお爺さんにまったく擦りもしていない。

「貴女の話によれば、ジャンお爺さんは、“赤い帽子を被った、ご老人”」
「ええ」
「それは丁度このような?」
「え?」

 レリーフの枠の縁から離れたルイの指が示したのは、四つある人の形の最後。
 小さくおまけに擦れているから見にくいけれど、確かにそこには帽子を被った細い老人のような姿の人が小さく、ヴァンサン王と地の精霊を少し遠巻きにしているように彫り込んであった。
 帽子のところに、剥げかけているけれど赤い染料の色が残っている。

「人か、そうではないものかよくわからないのですが……少なくともまるで無関係な只人といったわけではなさそうです。だとしたらもう二、三人くらい彫ってあってもいい」
「帽子を被った農夫なんていくらでもいます。それに地の精霊で、大昔はいまと違って工業なんてごくわずかだから領民といったら農夫でしょうし」
「たしかに貴女の仰る通り。けれど、私は捨て置けなかった」
「ルイ……」
「もしもこれが精霊の類で、貴女と一緒に訪ねたにも関わらず、ジャンお爺さんなる人物と会えたのは貴女だけだったのは、それは貴女にしか見えない存在だからではと考えたら……少なくともユニ領で彼の話が出た時にジュリアン殿はよく知らない様子でした」

 それでルイは、ロタールの屋敷へさらにそこからユニ家へと“扉”を使って移動し、ユニ家の使用人達、ファビアンやオルガにジャンお爺さんのことを尋ねたそうだ。

「知らないと言われました」
「当たり前よ。薬草を納めても家の中に来たことはないもの」
「ええ、冷静さを欠いていました。ですからユニ家から出て田畑にいた農夫や、一番近い集落の人々に尋ねていった。たしかに“赤い帽子を被った、ご老人”、山の側に住んでいるジャンお爺さんなる人物は存在していました」
「それはそうよ。ちょっと偏屈で人間嫌いってだけだもの」
「ええ、そうですね……」
「ルイ?」

 柱のレリーフを見上げながら、釈然としないといった表情で半ば呆れたわたしの言葉に返事をしたルイの様子にわたしは首を傾げる。
 
「マリーベル」
「はい」
「ジャンお爺さんは、どんな顔をした人なのですか?」

 ルイの問いかけに答えようとして、ちょっと困ってしまった。
 どんな顔っていわれても。
 
「ごく普通の、どこにでもいそうなお爺さんとしか……」
 
 正直、これといった特徴が思い浮かばない。
 もちろん顔や姿は思い浮かぶけれど、特に背が低くも高くもなく、日に焼けていてシワがあって概ねむすっと無愛想で……。

「私が尋ねた、ユニ領の領民達も同じ答えでした。赤い帽子を被った、ご老人の農夫。ごく普通の、どこにでもいそうな無愛想なお爺さん」
「そうでしょう」
「おそらく三十人以上の者に声をかけたと思います。そして大半彼を知っていて皆、貴女と同じように答えた。誰も違ったことを口にはしなかった」
「ルイ……?」

 そんなに色んな人に声をかけたのと、少し驚いたと同時にどうしてそんな持って回ったような言い方をするんだろうと思った。
 
「どうしたの?」
「まあ、貴女にだけ見えているわけではないのはわかりました」

 掲げていたランプを下ろして、ルイはわたしを見て言った。
 だから当たり前よ、と応じたわたしにそうですねとルイはわたしの手を握る。

「説明も済んだことですし、部屋に戻りましょうか」
「……え、ええ」

 彼に手を引かれて、歩いてきたのを逆戻りに、階段を登っていく。
 
「フェリシアンは魚の精霊の血を引く子孫なことは、貴女も知っていますよね?」

 二階から三階に昇る途中で、ふと思い出したようにそんなことを聞いてきたルイにもちろんと答える。
 もっといえば、彼は魚の精霊の血を引く子孫かもしれないけれど、人間のご両親の間に生まれた人であり、遠く細く薄まった古い血の特徴が突然現れた先祖返りというだけだ。
 
「遠い昔、時に彼等は人の中に紛れ込むこともあった」
「はあ。でもそういったお話って大抵すぐ正体がわかっていなくなっちゃいますよね」
「そうですね。人とそうでない者達は根本的に違いますから。さすがにそれは……ない」

 ぼそりとなにか呟いたルイに聞き返したけれど、彼はいいえなんでもと緩く首を振った。
 繋いでいる手の力が少し強まった気がして彼の顔を見れば、貴女もすぐ私の知らぬ間にどこかでなにかの面倒事に遭遇するようですから気が気じゃないと嫌味を言われた。
 
 それは、ちょっと納得いかない。
  
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