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第三部 王都の社交
88.魔術院ともう一つの魔術の家系
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ロタール領の最北部と北部の間、ルーテルと呼ばれる地。
元は侯爵領だったはずのその地は、治めていた侯爵家が断絶したことでヴェルレーヌのリモンヌ家へ叙爵と共に与えられることになった。
その侯爵家断絶の遠因がルイにあるらしいって、どういうことなのだろう?
「私が魔術院の養成課程の全課程修了を課せられたのは、王家としてはなんでもいい、十二歳の子供が後見なしで大領地を治める公爵であることを認める特例の理由が欲しい、その一点のためです」
体面、建前、大義名分……貴族社会ではなにかとこれらがついて回る。
侯爵家の断絶も気になるけれど、両親を亡くしたばかりの十二歳の少年だったルイは、その当時まさにフォート家の継承問題に直面していた。
十二歳はまだ養育が必要な子供として、貴族なら王宮に上がることも社交の場に出ることも許されてはいない。その歳で家督を継ぐには一族の後見がつくか王の許可を受けるか。
存続こそが務めな貴族で、フォート家のように直系嫡子のみで他をもうけることを切り捨て、自ら断絶の危機に向かっていくようなことをする極端な家はまずない。それになんだかんだと無理矢理にでも辻褄を合わせ後継者を立てていくもので、王の許可による継承は出来るとしながら前例がない。
フォート家にはルイしかいない。ルイさえ排除できれば、東部の約六割を占めるロタール領が浮くことになる。一旦、王領となっても元小国をそのまま引き継いでいるような大領地であるロタールを管理する者は必要で、まさにその地で共和国との攻防が繰り広げられているというのに、禿鷹のような者達にとってはそんなことはどうでもよいことだったらしい。
王や王家としても、他国と戦争中に内部抗争など真っ平ごめんだ。
ルイには儀礼的従属爵位のバラン辺境伯をただ称するだけでなく、名実共にロタール公となってもらわなければ困る。
それに由緒正しき魔術の家系であるフォート家の魔術師は、王国の人材としても失いたくない。国境を護る防御壁の魔術の維持もある。
ルイ曰く――魔術院の養成課程など、生まれながらに魔術師なフォート家の者にとっては子供の遊び同然。
至極下らないが、魔術の家系であるフォート家の当主たるに相応しい実力か証明しろというのなら、最短で文句も付けられない形で修了すればいいだろう、と。
そういった事情が絡んでの魔術院入りだった。
十二歳の少年は、失脚することは許されない貴族だった。
それについては同情なんて言葉ではとても済まない、胸が苦しくなるようなものを感じるのだけれど……。
「一日で片がつくと思ったら、馬鹿げたことに基礎ともいえない基礎の講義から順番に受け座学の試験と実技審査に合格しなければならないと。まともに講義を受ければ最短でも三ヶ月もの時間が無駄になるなど、はっ、有り得ないっ」
「……」
「王家の言い分は仕方ない。しかしフォート家の魔術師である私が、基本もなっていないような者達や序列も下な教師ほか組織の者達に合わせ、その規則とやらに従う必要がどこにあります?」
あ、もうなんだか……魔術院と折り合いが悪いのわかった気がする。
「正直、魔術院諸共葬ってもよかったのですが……」
「よくないですっ」
「子供が癇癪を起こし魔術を暴走させたなどとされても癪です。結構、強固な護りも施されている所でもある。若輩とはいえ分別ある王国貴族として、相手を尊重することにしました」
「よかった……」
「だからといって馬鹿正直に相手に合わせる義理もない。規則は変更してもらいました」
「……あの、ちなみにどのように?」
聞くのが怖い気もするけれど、今後のために尋ねておく。
この話の流れ……魔術院と折り合いの悪さの発端はルイ側にあるのではと思えてならない。
だってまだ子供でこの性格、周囲となにも起きないわけがない。
「そもそも特例承認のためその実力がある事が前提の話です。特別課程とし、こんな茶番は早々に終わらせるのが互いにとっても有益と提案しました」
「提案……」
まず、先に座学試験を全課程受け、合格した課程の座学は免除すること。
次に、合格した課程の実技審査を自由に調整し実施できるようにすること。
「教師全員が講義に出払っているわけでもない。そもそも魔術院などと権威ぶっていて試験監督くらい、組織に属する魔術師であれば誰でも出来て然るべきでしょう」
提案……というより、挑発?
それ、王家と公爵で魔術の家系なフォート家の権威を嵩に、喧嘩売ってるのも同然では?
十二歳の子供が、魔術の上層に言うことではない。
そんなルイの対処を当時押し付けられただろう現場にいた人達も、きっといまではお年を召して出世し、中には重鎮となっていらっしゃる方もいるはず……魔術の上層と折り合いが悪くて当然だ。
「不正を防ぐためとか、院生同士の規律がどうとか、準備がどうとか、結局、座学試験だけで三日も費やし、実技に至っては七日程かかりましたが」
「むしろそれ……よくそうして下さったなのでは?」
本来なら最短でも三ヶ月かかるものを、十日で終わらせるなんてどう考えても無茶苦茶なことしたに決まってる。ルイにさっさと出て行って欲しい魔術院側の連帯すら感じる。
「どこがです? 実技はともかく、座学試験などそもそも意味がない」
「それはそうかもでしょうけど。そのこと魔術院側は知らないでしょう?」
フォート家の魔術成果は、“祝福”ですべて継承される。
王国の魔術の祖であり先端を担うフォート家の魔術師に、座学試験などたしかに意味はないだろうけど、“祝福”はフォート家の秘匿事項。
「知らなくても、理解が伴わない魔術など行き詰まるに決まっているのですから、中級魔術や高度魔術だけ審査すればいいでしょうに。それなら一日で済む」
「通常の養成課程の方々との兼ね合いだったのでは? ルイの特別課程のことを完全に隠すことは難しいでしょうし、自分もルイのやり方で進めさせろと言い出す人が出てきたら養成機関として成り立たなくなるもの」
「マリーベル、いくらなんでもそれはあまりに愚かに過ぎるというものでしょう……」
呆れ返った表情でわたしを見たルイに、こちらが呆れてしまう。
この人、本当に……変なところで抜けているというか、ご自分を平凡視するところがある。
「あのっ、よく考えてもみてください」
魔術院に集められるのは、資質だけ見て集められたような貴族の子供達が大半。あとは王宮に出入り出来る立場か特出した魔術の才能が見られた平民の人達で、貴族並の教育を受けている者は稀。
「ルイみたいに魔術に対して厳格で、その危険も熟知し理解もあるわけがないでしょう!?」
フォート家の常識、世間の非常識!
ルイに身を乗り出してそう訴えれば、思い当たることはあるのかご自分の口元を手で掴むようにして彼はしばし無言になった。
「……当時は、いっそ四季の女神と四大精霊を使う魔術で講堂の一つでも消して見せれば認めるだろうかとよっぽど思っていましたが」
「だからどうしてそう物騒で強引で無茶な方向なのっ」
「もともと気が短いんですよ、私は」
それに……と、ルイは軽く顔を俯けて息を吐いた。
「それ以外の部分も、面倒極まりなかったですし」
「……それ以外の部分?」
わたしが首を傾げれば、貴女の仰る通り貴族の子供が大半ですからねとルイは苦笑した。
*****
「魔術院では、院生達の間に独特の序列がありました……閉鎖環境だからか、外の貴族社会とは違うものです」
魔術の実力と爵位を合わせた序列で、実際の、家同士の繋がりや力関係は無視したものだったらしい。
養成課程の課程がより進んでいる者が上位で、同等課程では高位の者が優先される。つまり汎用魔術の課程にいる貴族より、中級魔術の課程の平民の方が魔術院では高位。同じ中級魔術課程で同じ魔術訓練を行う貴族の者と平民の者なら、貴族の者が優位に立つ。
「馬鹿馬鹿しいと思いましたが、まだ私と同じく社交前か王宮に上がれない年頃の者が多く、年輩の平民もいたものの、魔術の優劣で貴族に優位に立てることに拗らせた方もいて」
「うーん、平民が魔術の腕で貴族より優位に立てるなら、それはあるかも……横暴な貴族に苦労させられて、お貴族様憎しな人がいるのは珍しいことではないもの」
「それは当時の私も、理解できるところではありましたけどね」
そうはいっても、屋敷でずっと貴族として領主としての教育と魔術の勉強に明け暮れていたルイにとって、理解はできても実感は伴わないことだろう。そう思ったけれど口にはしなかった。
そもそも先代からフォート家に仕えているフェリシアンや下働きに来る屋敷の敷地内にある集落の人々、領民達や領内の様子を見る限り、たぶんフォート家は代々良い領主様だもの。
「脱落者が多く、貴族の間では不名誉な場所とされていると聞きましたが、魔術院の内部ではそれは表向きの体面を保つためのものとされているようでした」
「なんだか……外と中では、随分と認識が違っていそうですね」
「ええ。特に、中級魔術課程以降に残っている者の間ではその傾向が顕著で……選ばれし者などといった気風があるのは感じられましたね」
ルイは特別課程生として、講義室も実技審査の訓練場も、彼等とは別の場所で切り離されていたけれど、講義室や訓練場は別でも、食堂や講堂、図書室や院生寮など同じ施設は使う。
他の院生との交流や、貴族の子弟同士の社交一切を避けることは流石に難しい。
院生は百人にも満たない、寝食共にしていて新参者はすぐにわかる。
「王家の配慮で、フォート家の者であることや家督を継ぐ条件のためなど、私に関する情報や事情は伏せられていましたが、貴族の家の者であることはわかるでしょうし」
詳細を知るのは王家と王の側近、魔術院の院長と副院長と一部上層の者、宮廷魔術師長と彼らが属する軍部の長官職。それ以外の関係者には特別に魔術に優れた貴族の子供とだけで押し通していたらしい。
「無理では?」
「フォート家の者として公の場にも表にも出ておらず、父は魔術院とも軍部とも良好な関係を築いていましたが、父とは容姿が似ていませんから……まったくの無理とも」
「でも、そんな魔術に精通した子供がフォート家の他にいます?」
「いないでしょうねえ……教師の何人かは察したようですが、そう思っても王家がそうするならそういうことですから」
院生からその親に情報が伝わっての、万一を警戒しての配慮で、内部は詳細を知る者を絞ることでなにか起きた時の調査を容易するための措置とルイは言った。
万一というのは、ルイを排除したいと考えている者達による危険だろう。
いまもなお、ルイは毒などの警戒は怠らない。
「功を奏して、院生の間でどうやら私は、なにか曰くのある魔術の才能に恵まれた者として認識されているようでしたね。とはいえ、フォート家と聞いてすぐ公爵で魔術師と思いつく者が彼等の中にどれだけいたか」
当時は東部系貴族と王宮の上位貴族や高官、大聖堂の聖職者くらいしか関わる者もいない。そもそも貴族の家同士の交流は絶っているも同然。貴族といっても社交の場にも出ていない者達ではほぼ知る者はいないだろうと。
「え、じゃあ。いまみたいに有名じゃなかったの?」
「辺境で大領地を治める、魔術の家系で元小国王家な公爵家ってくらいだったと思います。少なくとも直接関わりもない平民の方々は知らないでしょう」
「でも……」
「王家と関わりはありますが、王宮や各地域派閥の勢力争いからは離れ社交も避けていましたし、大部分の貴族にとってあえて関心を持つ必要はない家です」
「なら、どうして」
田舎の農夫の子供でも知っている、“竜を従える最強の魔術師”なんて伝説めいたことになっているの?
巷に伝わる話のほとんどは尾鰭がついたものって言うけど、なにしたのこの人!
「……気が短かったんです……それに昔は……」
愚かだった。
ゆらりとランプの光が揺れて暗くなったのに気を取られたけれど、口の中でぼそりと呟いたルイの言葉は聞こえた。彼は肩をすくめるとわたしの隣に戻る。
腰に彼の腕が回って、彼の膝元へ、腕の中に囲われてしまってわたしは背中の向こうにいる彼を仰ぎ見る。弱まった固形燃料の結晶の光が、彼の顔の陰影を深め、わたしを見下ろす彼の微笑みがやけに弱々しく見える。
「ルイ?」
「ルーテル侯の嫡男……ジョフロワ・ド・ルーテルは、私に突っかかってきた者の一人です。ルーテル家はいわば共和国との国境の地を護るもう一つの魔術の家系」
「魔術の……?」
「彼は当時の魔術院で私を除いて、一人、高度魔術の最終課程手前まで進み、院生の頂点に君臨していた」
食堂で、食事をとっている最中に声をかけてきたらしい。
「私が全課程の座学を免除されており、中級魔術課程半ばまで実技審査を終えてやがて高度魔術の課程に達するだろうことを、教師の誰かが漏らしたらしい」
取り巻きを引き連れ、食事中の人に「特別課程とはなんだ」「貴様は何者だ」「中級魔術半ば程度で何故そこまで特別扱いされている」等々……あまりよく覚えていないので実際は違ったかもしれないがそんなところといった言葉をルイに投げつけ、ルイのお皿を床に薙ぎ払ったそうで。
「それはまた、ひどいというか無礼というか。典型的ないじめっ子ですね……」
「まったくもって。食事は丁度平らげたところだったのが幸いでした」
「そういった話では……」
「ある程度成長するまで屋敷の者達から恐れられ遠巻きにされてきて、その程度のことであえて関わる気は起きません。その必要もない」
「ルイ……」
ルイは完全に無視を決め込んで、床に落ちた皿を拾い上げ、共有施設の魔術使用は禁止だったためハンカチで床の汚れは拭って何事もなかったかのようにその場を去ったらしい。
流石にそんな彼に、いじめっ子達も呆然としていたそうだ。
「ルイが床を!?」
「魔術院は、院生本人以外は入れません。騎士同様自分のことは基本自分で行う決まりです。雑用をする下働きの者はいますがわざわざ呼ぶほどのことでもない。一刻も早く寮の自室に戻りたかったので」
魔術院の者達は院生は半人前の魔術師と見做し、家の地位も爵位も身分も関係なく扱う。
その点は面倒がなくていいとルイは言った。
ただその運用に関しては最悪極まりないとも。なぜなら、それまで傅かれていた貴族の子弟の中にはそれが我慢ならず、取り巻きを従者に序列が低い者を下男扱いする者がいたらしい。
魔術院はそれについては放置していた。怒りなどの強い感情で能力が伸びる場合があるのと、教師達に院生が文句を言ってくる面倒も減るといった理由で。
「最低……宮廷魔術師ってそんな人達なの? 立派な方が多いと王宮で勤めていた頃に聞いていたのですけど」
「実際に魔術師となって、院生の階級意識のままでいる愚か者は流石に少ないですね。ただ、良くも悪くも魔術の精鋭としての特別意識は見られます。使命感が強いといいますか……面倒にならないうちは好きにしたらいいですけど」
でもなんだか釈然としないわそんなのと、ルイの腕に顎を乗せてぼやいたら……程度の差はあれどこにでもあるようなことですよ、現に貴女も貴女より優位だと思っている者達の工作によって面倒なことになっているとの言葉に、いわれてみればたしかにと納得する。
「話を戻せば、たとえ高度な魔術の課程といっても魔術院のそれは中級魔術の応用程度の入口のようなもの。それより先の魔術は魔術師となってからです」
だからいくら同じ魔術の家系といってもただ魔術の才があるというだけのルーテルの嫡男であるジョフロワに、ルイが負けるはずがない。
その後も、ルイにあれこれと無礼な態度を取り嫌がらせ紛いのこともしてきたらしいがあと数日のことと徹底して相手にしなかったらしい。まともに取り合えば魔術比べのようなことを持ちかけられるに決まっていると彼は説明した。
それはそれで相手がむきになりそうだとわたしが言えば、ですから面倒極まりなかったと彼は答える。
「ルーテル家には、フォート家の“祝福”のようなものはない。まともに相手をしたらこちらがいじめっ子でしょう。それに騒がれて、変に他の者達の興味を煽るようなこともされたくない」
たしかにそれを考えたら、相手にしないのが賢明かもしれない。
そう頭の中で考えたわたしに、しかし……と、低くルイは囁いた。
「ロタールの領民に手を出したとなれば、話は別です」
元は侯爵領だったはずのその地は、治めていた侯爵家が断絶したことでヴェルレーヌのリモンヌ家へ叙爵と共に与えられることになった。
その侯爵家断絶の遠因がルイにあるらしいって、どういうことなのだろう?
「私が魔術院の養成課程の全課程修了を課せられたのは、王家としてはなんでもいい、十二歳の子供が後見なしで大領地を治める公爵であることを認める特例の理由が欲しい、その一点のためです」
体面、建前、大義名分……貴族社会ではなにかとこれらがついて回る。
侯爵家の断絶も気になるけれど、両親を亡くしたばかりの十二歳の少年だったルイは、その当時まさにフォート家の継承問題に直面していた。
十二歳はまだ養育が必要な子供として、貴族なら王宮に上がることも社交の場に出ることも許されてはいない。その歳で家督を継ぐには一族の後見がつくか王の許可を受けるか。
存続こそが務めな貴族で、フォート家のように直系嫡子のみで他をもうけることを切り捨て、自ら断絶の危機に向かっていくようなことをする極端な家はまずない。それになんだかんだと無理矢理にでも辻褄を合わせ後継者を立てていくもので、王の許可による継承は出来るとしながら前例がない。
フォート家にはルイしかいない。ルイさえ排除できれば、東部の約六割を占めるロタール領が浮くことになる。一旦、王領となっても元小国をそのまま引き継いでいるような大領地であるロタールを管理する者は必要で、まさにその地で共和国との攻防が繰り広げられているというのに、禿鷹のような者達にとってはそんなことはどうでもよいことだったらしい。
王や王家としても、他国と戦争中に内部抗争など真っ平ごめんだ。
ルイには儀礼的従属爵位のバラン辺境伯をただ称するだけでなく、名実共にロタール公となってもらわなければ困る。
それに由緒正しき魔術の家系であるフォート家の魔術師は、王国の人材としても失いたくない。国境を護る防御壁の魔術の維持もある。
ルイ曰く――魔術院の養成課程など、生まれながらに魔術師なフォート家の者にとっては子供の遊び同然。
至極下らないが、魔術の家系であるフォート家の当主たるに相応しい実力か証明しろというのなら、最短で文句も付けられない形で修了すればいいだろう、と。
そういった事情が絡んでの魔術院入りだった。
十二歳の少年は、失脚することは許されない貴族だった。
それについては同情なんて言葉ではとても済まない、胸が苦しくなるようなものを感じるのだけれど……。
「一日で片がつくと思ったら、馬鹿げたことに基礎ともいえない基礎の講義から順番に受け座学の試験と実技審査に合格しなければならないと。まともに講義を受ければ最短でも三ヶ月もの時間が無駄になるなど、はっ、有り得ないっ」
「……」
「王家の言い分は仕方ない。しかしフォート家の魔術師である私が、基本もなっていないような者達や序列も下な教師ほか組織の者達に合わせ、その規則とやらに従う必要がどこにあります?」
あ、もうなんだか……魔術院と折り合いが悪いのわかった気がする。
「正直、魔術院諸共葬ってもよかったのですが……」
「よくないですっ」
「子供が癇癪を起こし魔術を暴走させたなどとされても癪です。結構、強固な護りも施されている所でもある。若輩とはいえ分別ある王国貴族として、相手を尊重することにしました」
「よかった……」
「だからといって馬鹿正直に相手に合わせる義理もない。規則は変更してもらいました」
「……あの、ちなみにどのように?」
聞くのが怖い気もするけれど、今後のために尋ねておく。
この話の流れ……魔術院と折り合いの悪さの発端はルイ側にあるのではと思えてならない。
だってまだ子供でこの性格、周囲となにも起きないわけがない。
「そもそも特例承認のためその実力がある事が前提の話です。特別課程とし、こんな茶番は早々に終わらせるのが互いにとっても有益と提案しました」
「提案……」
まず、先に座学試験を全課程受け、合格した課程の座学は免除すること。
次に、合格した課程の実技審査を自由に調整し実施できるようにすること。
「教師全員が講義に出払っているわけでもない。そもそも魔術院などと権威ぶっていて試験監督くらい、組織に属する魔術師であれば誰でも出来て然るべきでしょう」
提案……というより、挑発?
それ、王家と公爵で魔術の家系なフォート家の権威を嵩に、喧嘩売ってるのも同然では?
十二歳の子供が、魔術の上層に言うことではない。
そんなルイの対処を当時押し付けられただろう現場にいた人達も、きっといまではお年を召して出世し、中には重鎮となっていらっしゃる方もいるはず……魔術の上層と折り合いが悪くて当然だ。
「不正を防ぐためとか、院生同士の規律がどうとか、準備がどうとか、結局、座学試験だけで三日も費やし、実技に至っては七日程かかりましたが」
「むしろそれ……よくそうして下さったなのでは?」
本来なら最短でも三ヶ月かかるものを、十日で終わらせるなんてどう考えても無茶苦茶なことしたに決まってる。ルイにさっさと出て行って欲しい魔術院側の連帯すら感じる。
「どこがです? 実技はともかく、座学試験などそもそも意味がない」
「それはそうかもでしょうけど。そのこと魔術院側は知らないでしょう?」
フォート家の魔術成果は、“祝福”ですべて継承される。
王国の魔術の祖であり先端を担うフォート家の魔術師に、座学試験などたしかに意味はないだろうけど、“祝福”はフォート家の秘匿事項。
「知らなくても、理解が伴わない魔術など行き詰まるに決まっているのですから、中級魔術や高度魔術だけ審査すればいいでしょうに。それなら一日で済む」
「通常の養成課程の方々との兼ね合いだったのでは? ルイの特別課程のことを完全に隠すことは難しいでしょうし、自分もルイのやり方で進めさせろと言い出す人が出てきたら養成機関として成り立たなくなるもの」
「マリーベル、いくらなんでもそれはあまりに愚かに過ぎるというものでしょう……」
呆れ返った表情でわたしを見たルイに、こちらが呆れてしまう。
この人、本当に……変なところで抜けているというか、ご自分を平凡視するところがある。
「あのっ、よく考えてもみてください」
魔術院に集められるのは、資質だけ見て集められたような貴族の子供達が大半。あとは王宮に出入り出来る立場か特出した魔術の才能が見られた平民の人達で、貴族並の教育を受けている者は稀。
「ルイみたいに魔術に対して厳格で、その危険も熟知し理解もあるわけがないでしょう!?」
フォート家の常識、世間の非常識!
ルイに身を乗り出してそう訴えれば、思い当たることはあるのかご自分の口元を手で掴むようにして彼はしばし無言になった。
「……当時は、いっそ四季の女神と四大精霊を使う魔術で講堂の一つでも消して見せれば認めるだろうかとよっぽど思っていましたが」
「だからどうしてそう物騒で強引で無茶な方向なのっ」
「もともと気が短いんですよ、私は」
それに……と、ルイは軽く顔を俯けて息を吐いた。
「それ以外の部分も、面倒極まりなかったですし」
「……それ以外の部分?」
わたしが首を傾げれば、貴女の仰る通り貴族の子供が大半ですからねとルイは苦笑した。
*****
「魔術院では、院生達の間に独特の序列がありました……閉鎖環境だからか、外の貴族社会とは違うものです」
魔術の実力と爵位を合わせた序列で、実際の、家同士の繋がりや力関係は無視したものだったらしい。
養成課程の課程がより進んでいる者が上位で、同等課程では高位の者が優先される。つまり汎用魔術の課程にいる貴族より、中級魔術の課程の平民の方が魔術院では高位。同じ中級魔術課程で同じ魔術訓練を行う貴族の者と平民の者なら、貴族の者が優位に立つ。
「馬鹿馬鹿しいと思いましたが、まだ私と同じく社交前か王宮に上がれない年頃の者が多く、年輩の平民もいたものの、魔術の優劣で貴族に優位に立てることに拗らせた方もいて」
「うーん、平民が魔術の腕で貴族より優位に立てるなら、それはあるかも……横暴な貴族に苦労させられて、お貴族様憎しな人がいるのは珍しいことではないもの」
「それは当時の私も、理解できるところではありましたけどね」
そうはいっても、屋敷でずっと貴族として領主としての教育と魔術の勉強に明け暮れていたルイにとって、理解はできても実感は伴わないことだろう。そう思ったけれど口にはしなかった。
そもそも先代からフォート家に仕えているフェリシアンや下働きに来る屋敷の敷地内にある集落の人々、領民達や領内の様子を見る限り、たぶんフォート家は代々良い領主様だもの。
「脱落者が多く、貴族の間では不名誉な場所とされていると聞きましたが、魔術院の内部ではそれは表向きの体面を保つためのものとされているようでした」
「なんだか……外と中では、随分と認識が違っていそうですね」
「ええ。特に、中級魔術課程以降に残っている者の間ではその傾向が顕著で……選ばれし者などといった気風があるのは感じられましたね」
ルイは特別課程生として、講義室も実技審査の訓練場も、彼等とは別の場所で切り離されていたけれど、講義室や訓練場は別でも、食堂や講堂、図書室や院生寮など同じ施設は使う。
他の院生との交流や、貴族の子弟同士の社交一切を避けることは流石に難しい。
院生は百人にも満たない、寝食共にしていて新参者はすぐにわかる。
「王家の配慮で、フォート家の者であることや家督を継ぐ条件のためなど、私に関する情報や事情は伏せられていましたが、貴族の家の者であることはわかるでしょうし」
詳細を知るのは王家と王の側近、魔術院の院長と副院長と一部上層の者、宮廷魔術師長と彼らが属する軍部の長官職。それ以外の関係者には特別に魔術に優れた貴族の子供とだけで押し通していたらしい。
「無理では?」
「フォート家の者として公の場にも表にも出ておらず、父は魔術院とも軍部とも良好な関係を築いていましたが、父とは容姿が似ていませんから……まったくの無理とも」
「でも、そんな魔術に精通した子供がフォート家の他にいます?」
「いないでしょうねえ……教師の何人かは察したようですが、そう思っても王家がそうするならそういうことですから」
院生からその親に情報が伝わっての、万一を警戒しての配慮で、内部は詳細を知る者を絞ることでなにか起きた時の調査を容易するための措置とルイは言った。
万一というのは、ルイを排除したいと考えている者達による危険だろう。
いまもなお、ルイは毒などの警戒は怠らない。
「功を奏して、院生の間でどうやら私は、なにか曰くのある魔術の才能に恵まれた者として認識されているようでしたね。とはいえ、フォート家と聞いてすぐ公爵で魔術師と思いつく者が彼等の中にどれだけいたか」
当時は東部系貴族と王宮の上位貴族や高官、大聖堂の聖職者くらいしか関わる者もいない。そもそも貴族の家同士の交流は絶っているも同然。貴族といっても社交の場にも出ていない者達ではほぼ知る者はいないだろうと。
「え、じゃあ。いまみたいに有名じゃなかったの?」
「辺境で大領地を治める、魔術の家系で元小国王家な公爵家ってくらいだったと思います。少なくとも直接関わりもない平民の方々は知らないでしょう」
「でも……」
「王家と関わりはありますが、王宮や各地域派閥の勢力争いからは離れ社交も避けていましたし、大部分の貴族にとってあえて関心を持つ必要はない家です」
「なら、どうして」
田舎の農夫の子供でも知っている、“竜を従える最強の魔術師”なんて伝説めいたことになっているの?
巷に伝わる話のほとんどは尾鰭がついたものって言うけど、なにしたのこの人!
「……気が短かったんです……それに昔は……」
愚かだった。
ゆらりとランプの光が揺れて暗くなったのに気を取られたけれど、口の中でぼそりと呟いたルイの言葉は聞こえた。彼は肩をすくめるとわたしの隣に戻る。
腰に彼の腕が回って、彼の膝元へ、腕の中に囲われてしまってわたしは背中の向こうにいる彼を仰ぎ見る。弱まった固形燃料の結晶の光が、彼の顔の陰影を深め、わたしを見下ろす彼の微笑みがやけに弱々しく見える。
「ルイ?」
「ルーテル侯の嫡男……ジョフロワ・ド・ルーテルは、私に突っかかってきた者の一人です。ルーテル家はいわば共和国との国境の地を護るもう一つの魔術の家系」
「魔術の……?」
「彼は当時の魔術院で私を除いて、一人、高度魔術の最終課程手前まで進み、院生の頂点に君臨していた」
食堂で、食事をとっている最中に声をかけてきたらしい。
「私が全課程の座学を免除されており、中級魔術課程半ばまで実技審査を終えてやがて高度魔術の課程に達するだろうことを、教師の誰かが漏らしたらしい」
取り巻きを引き連れ、食事中の人に「特別課程とはなんだ」「貴様は何者だ」「中級魔術半ば程度で何故そこまで特別扱いされている」等々……あまりよく覚えていないので実際は違ったかもしれないがそんなところといった言葉をルイに投げつけ、ルイのお皿を床に薙ぎ払ったそうで。
「それはまた、ひどいというか無礼というか。典型的ないじめっ子ですね……」
「まったくもって。食事は丁度平らげたところだったのが幸いでした」
「そういった話では……」
「ある程度成長するまで屋敷の者達から恐れられ遠巻きにされてきて、その程度のことであえて関わる気は起きません。その必要もない」
「ルイ……」
ルイは完全に無視を決め込んで、床に落ちた皿を拾い上げ、共有施設の魔術使用は禁止だったためハンカチで床の汚れは拭って何事もなかったかのようにその場を去ったらしい。
流石にそんな彼に、いじめっ子達も呆然としていたそうだ。
「ルイが床を!?」
「魔術院は、院生本人以外は入れません。騎士同様自分のことは基本自分で行う決まりです。雑用をする下働きの者はいますがわざわざ呼ぶほどのことでもない。一刻も早く寮の自室に戻りたかったので」
魔術院の者達は院生は半人前の魔術師と見做し、家の地位も爵位も身分も関係なく扱う。
その点は面倒がなくていいとルイは言った。
ただその運用に関しては最悪極まりないとも。なぜなら、それまで傅かれていた貴族の子弟の中にはそれが我慢ならず、取り巻きを従者に序列が低い者を下男扱いする者がいたらしい。
魔術院はそれについては放置していた。怒りなどの強い感情で能力が伸びる場合があるのと、教師達に院生が文句を言ってくる面倒も減るといった理由で。
「最低……宮廷魔術師ってそんな人達なの? 立派な方が多いと王宮で勤めていた頃に聞いていたのですけど」
「実際に魔術師となって、院生の階級意識のままでいる愚か者は流石に少ないですね。ただ、良くも悪くも魔術の精鋭としての特別意識は見られます。使命感が強いといいますか……面倒にならないうちは好きにしたらいいですけど」
でもなんだか釈然としないわそんなのと、ルイの腕に顎を乗せてぼやいたら……程度の差はあれどこにでもあるようなことですよ、現に貴女も貴女より優位だと思っている者達の工作によって面倒なことになっているとの言葉に、いわれてみればたしかにと納得する。
「話を戻せば、たとえ高度な魔術の課程といっても魔術院のそれは中級魔術の応用程度の入口のようなもの。それより先の魔術は魔術師となってからです」
だからいくら同じ魔術の家系といってもただ魔術の才があるというだけのルーテルの嫡男であるジョフロワに、ルイが負けるはずがない。
その後も、ルイにあれこれと無礼な態度を取り嫌がらせ紛いのこともしてきたらしいがあと数日のことと徹底して相手にしなかったらしい。まともに取り合えば魔術比べのようなことを持ちかけられるに決まっていると彼は説明した。
それはそれで相手がむきになりそうだとわたしが言えば、ですから面倒極まりなかったと彼は答える。
「ルーテル家には、フォート家の“祝福”のようなものはない。まともに相手をしたらこちらがいじめっ子でしょう。それに騒がれて、変に他の者達の興味を煽るようなこともされたくない」
たしかにそれを考えたら、相手にしないのが賢明かもしれない。
そう頭の中で考えたわたしに、しかし……と、低くルイは囁いた。
「ロタールの領民に手を出したとなれば、話は別です」
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