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公国編

第50話 儲けたい商人と思惑ある貴族

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 貧富の差や身分の差は王国にもあるが、公国はより大きい。
 平民に生まれたら一生平民。
 貧しい者への教育機会など皆無に等しく文字の読み書きもままならない。
 口減らしで騎士団にというのはどちらの国もあることだが、王国と違って武勲や才覚だけでは要職には就けない。
 商人も、どれほど金を稼ごうと出入りの貴族から招きがなければ宮廷には入れもしない。
 間違っても平民が宰相や騎士団総長になって組織の大改革など行ったりはしない、否、できない。
 なにより公国貴族達は、王国のように厳しく法に支配されていない。
 もちろん、なんでもありというわけではないが働きかけ次第でどうにかなる余地が多分にありそうではある。
 結果、富む者はさらに富み、強い者はより強くなりやすい。
 別に悪徳貴族ばかりじゃない。
 しかし、常識的な公国貴族の感覚として、彼らの富からほんのわずかな施しを下々の者に与えてそれでよしだ。
 むしろあまり与えすぎては怠けるくらいに思っている節も見られる。

「王国から分離し、王国に倣うことも多いこの国が、こうも王国と違うのはおそらく開墾と侵略でその領地を広げてきたためだろうが……それにしても、公国王への不満は随分と表面化し始めている」

 いまだにアウローラ王国の貴族録に公爵としての記載を残しつつも、王を名乗る不遜の一族。
 元は王国のアウローラ王家に近しい傍系一族であったヒューペリオ公爵家。
 武に秀で、気性の激しさとそれとは相反するような冷徹な知略に長ける、もしも両家が敵対していたら『流血の時代』はもうあと百年は長引いただろうと歴史家はみているという。
 しかし、実際には両家は手を取り合い、ヒューペリオは敵対するどころかアウローラに従いその王家としての正統性を支持した。
 アウローラ王家が、王国王家として現在の盤石の地位を築くに至ったのは、ヒューペリオの一族が支えたからに他ならない。
 だが諸侯を封じ、いまの王国の原型となる国の体制と統治が軌道に乗って国が栄え始めた頃、突然、ヒューペリオは王国から離脱する。
 ヒューペリオ公爵家に従ういくつかの家臣一族を引き連れて、大河の向こう岸にわずかにある平坦な土地へと渡り、そこから北に向かって、荒地を、森林を、山を開墾し、先住民達を取り込みまたは排除して現在の公国となった。
 公国は領地や権益の配分で諸侯を従わせている。
 この小さな国の貴族達は自分達の利権が第一優先。
 先代の王まで、公国が領土拡大に勤しんでいたのは内部分裂を抑えるため。
 それが今の若い王になって止まった。
 公国はいま、転換期を迎えている。
 それまで互いに持ちつ持たれつで慣れ合っていた貴族達は元々いくつかあった派閥に分かれて水面下で争い、強い者は弱い者を次々と飲み込んでいる。
  
「まったく、そこに金が落ちてなければ関わりたくはないんだがな」

 祭菓子に使われる香辛料は、寒冷地が多い公国内では良質なものが上手く育たず貴重だ。
 だからこそ祝祭菓子に使われている。
 だが王国南方ではありふれた香辛料。
 年に一度の期間限定、人脈と市場開拓込みの商売のはずが、ここでは葡萄種の油が作られていないことに気が付いた。
 公国は有名醸造所が多い。
 製造法込みで独占取引すれば、良質の油が王国よりずっと安い値で仕入れられる。
 俺にとっては誰も知らない肥沃な大地を見つけたにも等しい。
 とはいえ、公国こっちの領主どもは頭が固い。
 おまけに余所者への警戒心は強く、商人をひどく見下している。
 話に乗るのは少々儲け話に弱い、山っ気の強い下級貴族ばかりで、大した取引になりはしない。それでもそこそこ儲けの足しになっている。
 俺は商人だ。
 儲けることと、相手が商売を通してより良くなる、これがなにより大切だ。
 それまでのものと同等もしくは少し安価に、質の良いもの。
 現地の商売をむやみに圧迫しない、双方に利益がある商売。
 そうでなければ長続きしない。

「新しい商売に危険はつきものとはいえ、お貴族様と馴れ合うつもりはないんだがなあ」

 ぼやいて空を見上げる。
 天高く羽根を広げ悠々と旋回する大鷲の姿があった。
 細い帯状になめした革を巻いた拳を軽く掲げれば、真っ直ぐに下りてくる。
 
「さて、仕事だ。あるじ

 わしというのは使うものじゃない仕えるものだ。
 だがこの勇猛な鳥との結びつきを得られれば、唯一無二の友にもなる。
 獲物の肉を裂く爪を持つ足に巻き付けられた紐をほどいてその背を一撫でして、弾みをつけて拳を一振りする。

「商売を広げるためのなっ」

 バササ――ッ。
 完全に広げれば大人とそれほど変わらない体長となる翼を広げ、拳から鷲は飛び立つ。
 何度見てもその姿は惚れ惚れする。
 自分もああなりたいものだ。

「――こんなところにいたっ。ルビウスさん!」

 突然、耳を打った若い娘の声に振り返れば、常宿の娘がスカーフで覆った頭を地面に向けて前屈みに立っていた。
 どうやら俺を探しにきたようで、宿の近所の水汲み場だが、なにか慌てて駆けてきたらしく息を切らしている。

「どうした?」
「お客さんっ!」

 言われて、これかと指に巻き付けたばかりの紐を弄んだ。
 細く平らに裂いて紐状にした羊皮紙。表面に小さな虫のようなインク書きの模様がある。
 俺の指の太さに合わせた棒に巻いて書かれた文字。

 “デキウス家を頼れ”

「おーそういや、商談だった」
「お貴族様からお迎えがくるってなんなのよ、もうっ」

 とにかく早く来て、と腕を掴まれて引っ張られる。
 そんな慌てなくてもいいだろうがと言えば、馬鹿言わないでと怒鳴られた。

「ご不興買ってとばっちり受けるなんて真っ平ごめんよっ! それにうちみたいな中流宿にお貴族様の馬が止まってるなんて人目について仕方ないわっ! 大迷惑っ」
「そりゃ、悪かったな」
「そう思うなら急いでっ!」
「はいはい」
 
 やれやれと宿の娘に引っ張られるがままに足を動かす。
 王国は公国に干渉はしないが、とはいえあまりに旧態然のまま進歩がなさ過ぎても困る。
 馬鹿な内輪揉めの火の粉が飛んでくるからだ。
 
「内政ばっかり見ているからだ。っとにあの頭でっかちの愚図グズは詰めの甘い……」
「なにぶつぶつ言ってるのよっ」
「別に。そんなせかせか足動かしてたらつまずくぞ。腕離せ、一人で歩いた方が早い」
「む~~っ!」
「ぼちぼち十七だろ、そんなはねっかえりじゃ嫁の口なくすぞ」
「大きなお世話っ!」
「ま、俺の嫁は、嬢ちゃんどころじゃないけどな」 

 腕を離した宿の娘の肩の後ろを軽く掌で叩いて、おそらくは俺の組合の後見人が手を回したのだろう公国のお貴族様と会うべく早足に宿へと向かった。
 
 *****

 応対に通した部屋の床に仰々しくひざまずいている男と、側に控えている使用人が差し出した書状を交互に見比べる。
 巻紙の端を留めている封蝋の印章に唸るように息を漏らさずにはいられない。
 これはどういった事なのか。
 夜更けに突然、我が屋敷を、クラウディス家を訪れた客。

「デキウス家の紹介ということだったな」
「左様で、侯爵様」

 テーブルの燭台に立てた十数本の蝋燭の灯りに照らされている薄明かり部屋は狭いが、それでも私と対等か少なくともそれに準じる扱いで接する者のための応対の部屋だ。
 壁は侯爵家の紋章と聖典の話になぞらえた場面を織り出したタペストリーが窓を除く三方の壁を飾り、乙女と流水を彫り込んだ六角形のテーブルとその対となる四脚の椅子。
 就寝用の衣の上にローブを羽織って隠した姿で、テーブルの椅子に腰かけ、背もたれに深く身を預ける。
 本来ならばテーブルを挟んで向いの席を客である男に勧めるのが礼儀だろうが、彼に対しそうしてやる義理はこちらにはない。
 無礼極まる夜更けの訪問を許し、この部屋に通したのも紹介状あってのことだ。
 紹介状がなければそもそも屋敷にも入れず、警護の者の手で相応の罰も与えるだろう。
 そういった相手だ。
 相手もそのことは承知しているはずだ、だから床に跪いている。
 しかし……と、紹介状を片手にもう一方の手で己の顎を掴んでいた。
 慇懃いんぎんな受け答えに態度でいるが、公国侯爵家当主を目の前にしてこの客はどうにも堂々としすぎて通常ならあるはずの侯爵家への畏怖や媚び、あるいは萎縮のようなものがない。
 油断ならない。
 じっと跪いたまま動かず、まだ深く垂れている頭の明るい栗色の縮毛を再び見下ろす。
 少なくとも私が知る商人・・とは違う。

「王国から……と、いうことだが?」
「はい。アウローラ王国は南都の商人。ルビウス・ユニウスと申します」
「それはデキウス家からの書状に記してある」

 巻紙を開けばデキウス家当主の手跡による目の前の男に対する紹介の文句と、書面にも印章が押されている。
 “灰色のデキウス家”の当主。
 この公国を統べる主君であるヒューペリオ公爵家の覚えめでたく、その主君を諌める公国議会の筆頭議長の司教グリエルモ・アクィナスとは書物談義を交わす友人。
 司教派、侯爵派などと呼ばれて、グリエルモとはなにかと意見が分かれる次席議長であるこの私、ルーキウス・クラウディスとは宮廷利権を巡って持ちつ持たれつな間柄でもある。
 おまけにまつりごとには関与しないが王に従う、公国騎士団には庶子を送り込んでいる。
 この公国を動かす力を持つ勢力すべてと満遍なく付き合い、多くの日和見主義な中立派の者達を実質的に取りまとめ、市井の商人共と親しく、国境の争いが深刻化するまでは王国王家にまでその人脈を広げようとしていたと噂のデキウス家当主直々の紹介とあれば取り合わないわけにもいかない。
 どういった含みがあるのかも気になる。
 デキウス家自体はなにを望むことも動くこともしないが、不気味な威圧感を持ってこの国で独特の立ち位置を保っている伯爵家だ。
 意味もなく王国の商人を、突然寄越してくるなどと有り得ない。

「香辛料と油を扱っております。収穫祭では商人同士の取引だけでなく、デキウス家をはじめ公国のお屋敷通りの方々にもご贔屓にしていただいております」
「それはまた公国の商人を差し置いて随分と遣り手だな」
「お褒めいただき恐縮です」
「褒めてはいない」
「公国にない香辛料の取引ゆえ、こちらの商人のお邪魔はいたしておりません。流石は公国王都の穀物の三割をその領地から供給されている侯爵様。市井の商いのことなど気を回さない貴族の方も多いなかご配慮が細かい」

 淡々と淀みのなく言葉を返してくる。
 ますます油断ならない。
 商人というものは狡猾なものだが同時に権力に対して卑屈でもある。
 それがこの男からは微塵も感じられない。

「本当に商人なのか?」
「もちろんです。お疑いでしたら通行証と行商組合証をお見せしましょうか?」

 頭を下げたまま首の後ろに手を回して、どうやら首にかけているらしいものを男は外した。
 側に控えている者に無言で指図し、男が差し出したものを持ってこさせた。
 一つは小さな革袋で、一つは小さく薄い金属板に紐通しの穴を開けたものだった。
 どちらも細い革を編んだ丈夫な紐で首にかけられるようにしてあった。
 革袋の中には折りたたまれた通行証が入っており、金属には彼の名前と王国の行商組合の者である旨が刻まれていた。組合後見者としてルフス・オルシーニといった名と刻印らしきものもある。
 知らぬ名だが、おそらくは組合のある都市か領地を治めているか、組合を支援している王国貴族であろう。
 公国より階級制度が厳しくないとはいえ、平民だけでなんの庇護もなしに広域の流通における特権を得られるわけがない。
 
「どうやら嘘ではないらしい」

 使用人に彼が差し出したものを戻し、返せば、お疑いが晴れてよかったですと言いながら男はそれらを再び首にかけた。 
 王国は最下層の平民でも教育を受けられると聞いているが、それにしたって行商人のくせに受け答えも物腰もやけに洗練されていてそつがない。
 まるで夜宴でまみえた王国王家に仕える上級官吏のようだと考え、ふと引っかかった。
 ユニウス……?
 そういえば、外交絡みで度々公国に来ていた王国宰相は平民上がりの者であったはずだ。
 とてもそんな話は信じがたいような容貌をした聡明な男ではあるが。
 何度か、王国王の代理で宮廷を訪れたあの美貌の第三王女と並んで見劣りしない、月光を紡いだような銀髪が人目を引く流麗な姿の王国宰相の名は確か――。

「侯爵様であれば、もしかすると愚弟と顔見知りかもしれません」

 まるでこちらの考えを読みとったようにルビウス・ユニウスと名乗った男は顔をあげて、ご存知ありませんか銀髪で澄ました顔をした男です、と僅かに目を細めた。
 出世した身内を誇るわけでもなければ、王国の威を借ろうといったわけでもなさそうな、無関心にただ事実だけを述べたといった様子が逆に警戒心を抱かせる。
 王国宰相の血縁など寄越して、デキウス家の真意がますますわからない。
 灰色の瞳、軽く陽に灼けた顔は引き締まっている。厚く織られた褐色のフード付きのマントを羽織る旅装束だが、この手の商人には珍しく身綺麗であった。
 あの宰相もそうだが、この男もただの商人にしてはやけに姿形が整っている。

「王国宰相閣下のことなら存じ上げている。そう畏まらずともよい、貴殿はデキウス家からの来客だ。こちらにかけなさい」
「それは身に余る光栄」
 
 座していたテーブルセットの対岸の席を勧めれば、男は跪いていた身を起こし、羽織っていたマントを脱いで右腕に抱え私の勧めに躊躇うことなく従う。
 その所作、物腰もやけに洗練されており、雰囲気は商人らしく抜け目のなさそうでどことなく粗野を感じさせるものの、実は貴族の血縁だと言われてもそれはそれで納得できそうに思えるような奇妙な優雅さを持つ男だ。
 
「それでは商談に応じてくださるということで」
「商談?」
「ええ。伯爵様にそのように書いていただいたはずですが?」
「確かに、よい商人であるから紹介すると書いてある」
「侯爵様とお親しいということでしたのでぜひご紹介をとお願いしました。侯爵様は名門の葡萄酒醸造所を有しておられる」
「酒を取引したいと?」
「いいえ、それはお決まりの商人がいらっしゃるでしょう。わたくしどもが扱いたいのは油です。葡萄種をから取れる良質かつ希少な油」
「そんなものが?」
「ええ。あまり公国では知られていないようで葡萄種のほとんどが捨てられているようですが、実に勿体ない」

 いくつか契約しているところはあるが量が少なく旨味が少ないと、男は説明した。
 だからこのクラウディス家と取引したいと。

「この夜更けに話し合うようなことではないと思うが?」
「商人にとって時は金なりなもので」

 無礼は承知で、デキウス家より紹介状を受け取ってすぐさま来たらしい。
 この商人を、かの当主は彼の屋敷に客として迎えているようであった。
 たしかにあの家の節操なさはいまに始まったわけではないが、見た所特別豪商といった雰囲気でもない。
 むしろなにか……死肉を食らう禿鷹のような貪欲さを感じる。
 胡散臭いにもほどがある。

「ああ、弟が王国宰相などと言っては警戒されますか。ここだけの話、愚弟とは二十年以上会ってはおらず絶縁状態でして」
「絶縁とは穏やかじゃない」
「文官の長なんて折り合い悪くなって当然でしょう。愚弟だけに分不相応な出世がどれほど家に迷惑を及ぼすかなど考えてもいない」
「言葉ではなんとでも言えるが、警戒を抱くには相手がわかりやすい大物すぎるな」
「侯爵様ならきっとご理解いただけると思っておりました」
「だが、ただの商談とも思えん」

 デキウス家の書状をテーブルの上に投げ出せば、そういえば公国には面白い言葉がありますねと男はその灰色の目を笑むように細めた。

「“治政は旅人や商人に尋ねよ”、王国ならまだしも公国のように格式を重んじる国でこのような言葉が言い伝えられているのは大変興味深い」
「ん?」
「どうです、ひとつ尋ねてみてはいかがでしょう。目の前の旅人であり商人に」
「ふ、ん……」

 我々、商人というものは常に世の先を見据えて動くもの、男の言葉にいいだろうと答える。
 控えていた使用人が、なにか言おうとしたが止めた。
 デキウス家が簡単にヒューペリオを見限るとは思えないが、こちらに傾いているところもあるということだろう。
 それに、かの王国も一枚岩ではないと聞く。

「実は、この都のはずれで信じられない御方を見かけました。まあしかし、肝心要な宮廷がこうもぐるりと余所の兵に包囲されては公国王家が泣きつくのも仕方ない」
「泣きつく?」
「王都の祭事の商売の際に一度だけ、民衆の前に現れたお姿を見かけたことがある。愚弟の後ろ盾になっていただいている方でもありまして見誤ることはない。黒髪の可憐な本愛ずる姫君――王国のティア・アウローラ・クアルタ第四王女」
「馬鹿なっ」

 王国の王宮奥深くに閉じ籠っているという、アウローラの王女。
 その理由は、かつて現在の王国王が次期王にふさわしいと認めるような発言があったことによると聞く。
 王宮内部の争いを避けるため、人を避け、本を読みふける変わり者の王女に徹していると。

「流石は侯爵様。王国の末の王女がどのような御方か知っていらっしゃるご様子」
「詳しくは知らん。外交を担っている第三王女殿下と違って、ほとんど噂話すら伝わってはこない。だが大変な賢女と聞いている」
「ええ。そちらの公弟殿下もなかなか油断ならない。いまの王国の繁栄のいくらかはティア王女が支えていると言っても過言ではないでしょう。表立ってはいないものの王国の技術におけるティア王女の功績は大きい」
「何故、そんなことを商人が知っている」
「商売を広げるため、色々な方とお話ししておりまして。おっと、つい雑談・・が過ぎました。侯爵様のお気が変わらないうちに契約を」

 そう言って、マントの中から紙を取り出す。
 テーブルに上に紙を広げ、そして文面が見えないよう折りたたまれたもう一枚の紙を添える。

「説明書きのようなものです。葡萄種の油がどのような価値を持つかについて。こちらでは馴染みがないもののようなので。あのデキウス伯もご存知ない」

 手紙か。
 しかし、いまのこの男の物言いではデキウスの当主からではなさそうだ。
 なら、誰だ。
 まさかこの男ではあるまい。
 
「どうご活用なさるかは侯爵様次第」 
「抜け目のない」
「よく言われます」

 こちらに署名と、出来ましたら印章も。
 男が示す箇所に目を落とし、ペンをと側に控える者に命じた。
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