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東都編

第30話 考え事する王女と似た色の男

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「ぅわっ……!!」

 なにか踏んづけてしまったと思った瞬間に、すぐ目の前で濃い鼠色の布の塊が地面に派手な音を立てて倒れた。ざりざりっと砂利を擦る音もする。
 学術院の庭の通路は石畳とはいえ老朽化が激しく欠けやすり減りや割れも目立ち、風で運ばれてきた砂や土をうっすら被っていたりもする。
 そこに大の男が無防備に倒れたら……痛そうだ。
 考えごとをしながら歩いていて、前に現れた人に気がつかず、長いローブの裾を踏んづけてしまったらしい。

「わっ、すまないっ!」

 慌てて大丈夫か、と倒れた学者らしい若い男の側に寄って手を差し出しかけ、フードの隙間からこぼれた薄い金色の髪とその合間に見えた瞳の色にぎくりと伸ばした腕がこわばわった。

「フュ……」

 いや違う。
 一瞬、緑色に見えたけれど、緑がかった褐色だった。
 深く澄んだ湖を思わせるあの色とはまるで違っているし、それに輪郭は随分と細く優美だ。
 整っているけれど精悍な美丈夫や美人もかくやといった秀麗さではなく、普通の親しみ深さを残しているのはどこか困っているような細めの目の形からだろうか。
 背格好だって細身で、長身以外はまるで当てはまらない。
 別人だと、水浴びした犬のようにぷるぷると頭を振って、もう身を起こしている男に声をかけた。

「申し訳ない。ぼんやりしていた」
「いや、お気になさらず。学生さん、かな? 教授のお使いかなにかかな?」
 
 立ち上がってローブの砂や土を両手で払いながらの男の言葉に、今度は私がいやと口ごもった。
 たしかにここは学生は原則立ち入り禁止の、教授や学者専用区域ではあるけれど。
 ここの人間で私の出入りを知らない者はいないはず……と、いうより私のこともわかっていないようだった。
 引きこもっているし去年まで未成年の王族ではあるから、国中の民が私のことを知っているなんてことは考えていないけれど、少なくとも王宮で行われる式典には務めとして出ているし、一応、私はこの学術院の土地建物の所有者ではあるから、学術院の大きな式典にも出席している。
 勿論、この国の第四王女として。

 最近入った学者かな、見覚えもないし。
 若いといっても、中年や老人の域の人が多い学術院の人々の中の話で、フューリィと同じくらいの年頃の男だった。
 
「ええと、卒院生で特別に出入りの許可を貰っていて……」

 転ばされた学生と変わらないような娘が、いきなりこの学術院を所有する王女だから出入りしているのだと言ったら困惑するだけだろうと思って適当に答えた。
 嘘ではない。

「はあ、そうでしたか。医官試験の間だけ恩師の元に厄介になっていたものだから。それは失礼」
「医官?」
「正式な医術の訓練は受けてないものの、あちこちで実践していた経験年数が長くてね」
「ああ」

 たまにいる。
 薬師や産婆の家の者であるとか、正式な医術は学んでいない民間医だとか、学術院で学まずして医師同等の知識と医術の実践経験を持つ者が。
 王国には医術を修めていなくても一定の要件を満たし、数日間に渡る試験に合格すれば医師の資格を与えられ、医官として登用される制度がある。
 医術を生業にするなら、医官登用されるのとされないでは大違いだ。
 一番は薬の原料や調合薬を市場の薬屋を通さず卸値で買える。
 他にも、官吏としての職位がついて医官手当が王国から支給される。
 すでに地方で庵など構えている者は、国から派遣された医官扱いとなる。
 正しい知識と手技を持つ医師の数は少なく、その養成にかかる時間と費用は莫大。
 だったら、素養と実践経験を持つ者の登用機会を設ければ効率がよかろうといって設けられた制度であった。

「医官試験はとても難しいって聞く」
「筆記に実技試験、面接もあるからね。なにより人の命も預かる職務でもあるし。これは恩師の元に身を寄せるのが得策かなと頼っていた。学術院の宿舎なら図書室にも通い放題だし」
「なるほど」

 用のある方向が同じらしく、なんとなく連れ立って歩くことになった。
 塔で着ている簡素な普段着のままで出てきたし、私を王女だと知らないから、そこそこ裕福な家の年下の娘さんくらいに考えているのだろう。
 男の態度は気安く、こちらもそのほうがありがたかった。
 服の裾を踏んづけて倒した相手にぺこぺこ恐縮されたりしても困る。
 
 男はちょっと変わった経歴の持ち主だった。
 王立学術院で医学を学んでいた途中で学術院をやめ、王国どころか大陸各地を転々としていたらしい。
 医学をかじっていたからなんとなく世話になった人が怪我や体調を崩した時に助けたりして、町医者みたいなことをしながら放浪していたとか。

「いつまでも縁もゆかりもない家にお世話になるわけにもいかないからね」
「あまりそういった感じには見えないけれど……」

 頭一つ分高い位置にある男の顔を見上げる。
 優男なのにフューリィと色が似ているから、なんとも形容しがたい気分になるけれど人の良さそうな貴族の坊ちゃんといった風貌だ。
 私の不躾な視線に気がついたのか、男は苦笑を漏らした。

「それは見た目のこと? たしかに大いに助けられたけどね。どこかの貴族の家出息子かなにかに見えるみたいで世話になりやすいというか。まあ……一応、血は引いてるらしいけど私生児だから」

 あっけらかんと仰ってくれるが、赤の他人が踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったのではないだろうかと困惑して黙ると、気にしないでと男は言った。
 なんでもどこかの貴族の男が、使用人の娘に手を出しできた子供であるらしく学術院に進学できたのもその援助があってのことらしいが、不幸にも急速に父親の家が落ちぶれてしまって援助打ち切り、中退、家に戻ってもこれと技能もなく母親の負担になるだけなのでそのまま放浪することにしたらしい。

「……聞きたくもない話を聞いてしまった気がする」
「あはは、気にしないで。よくある話だよ」

 そういうものなのだろうか。
 わからない。
 所詮、私は王宮からほとんど出たこともない、皆から可愛がられて育った末っ子王女であるから。

「で、そうこうするうちに医術に携わる年数要件を満たしてしまったと」
「医官になれたなら多少は親孝行できるかもってね」
「たしか……医官試験の受験要件は、身体健康で十年以上の医術の経験者。簡単な経歴と二名の身元が確かな推薦者の推薦状を提出し書類選考を通過した者だったはず」
「君、詳しいね」
「たまたま、そういったのが好きな人間が身近にいて」

 嘘ではない。
 父様はあの手この手で使えそうな者を、合法的に王宮に引っ立てるあるいは統治機関として組み込むにはどうするか考えることが好きだ。
 地方予科試験などは以前からあったけれど、父様が王位についてから登用制度は大幅に増えたらしい。王太子時代は放浪癖があると噂されるほど、家出と称してお忍びで地方のあちこちへ出向いて非公式に視察を行っていたとも聞く。
 各地に散らばる才覚をある者と理不尽な不正を放置しておくほど父様は甘くはない。
 あれはもはや王の務めなどではなく趣味だ……大体、自分の妻だって綺麗なだけでは満足できない人なのだから。
 
「それにしてもあちこち転々としていたなら推薦状が難しいような」
「いや、むしろ知り合いが多いから簡単だったよ」
「そんなものかな」

 この身元の確かな推薦者二名というのが曲者だ。
 平民階級でも戸籍に記録されるが大抵は姓がない。
 誰々の息子の何々とか何々を生業にする息子の何々とかいった具合で、本当にその推薦状を書いた本人か確認が難しく、真っ当な人には失礼なことだけれど社会的信用度が低いのだ。
 なにかしら社会的な信用が高い人間は大抵、姓がある。
 まっとうな医術を行う者であれば、二名くらいの推薦とりつけるなど訳ないだろうといった建前なのだろうが、そうやすやすと普段関わらない階級の者の身元保証など請負ってもらえるものなのだろうか。
 これもわからない。
 市井のことはわからないことだらけだ。
 
「そういえば、なにを考えながら歩いていたんだい?」
「む……」

 思い出して、思わず眉間に皺を寄せてしまった。

 ******

 騎士団本部の会議は、最悪だった。
 そもそも騎士団本部のそう広くもない会議室に上級指揮官が十数名程ずらりと集まって、そのほとんどは屈強な年配の男達だからむさ苦しいことこの上ない。
 おまけにいちいち声が大きいし……まあこれは普段の職務を考えると半ば仕方ないかもしれないけれど。
 それに王への忠誠心に満ちている者が多いためか結構、頭が固い。
 どいつもこいつもどうしたらこうも背丈や厚みが……やはり肉だろうかと姉様と取った昼食を思い出しながら、集まった面々があれこれと言うのをいつ終わるかとじりじりしながら待っていた。

『王の代行権などと、突然仰られても……』
『冷酷非道と名高い公国騎士長といつどのような形でそのような密約を……そもそも信用できるのか』
『失礼ながらティア王女はまだお若い、いくら王の御意志であっても』
『いくらこれまでの功績があっても、これほどの大規模な指揮権はまた別だっ』

 などなど……ぜひ父様に進言してくれといったことばかりで一向話が進まない。
 彼等にしてみたら成人したての、それこそ自分の娘や孫のような戦場とはなにも関係のない私がいきなりやってきて、目下彼等の部下も巻き込まれているだろう公国との争いに関して全権を担ったから従えなんて言われても、なにを言い出したんだこの小娘がと言いたくなる気持ちはわかる。
 まだ正式な通達も出ていないし、そもそも事情が事情だから出せるかどうかもわからないし。
 私とフューリィこと冷酷非道なフェリオス公国騎士長との関係は非公式かつ伏せられているし、言えるわけもないし。
 しかし残念ながら、公国の件で私が全権を握ることになったのはもはや王の勅令、決定事項だ。こちらだって好きでそんな立場になったわけではない。
 冬になる前に片をつけなければならないし、ぐだぐだと文句を聞いている時間はない。
 あとやたら、ダンッと会議室の大机を力一杯叩くのもやめてほしい。
 この無駄に厚みのある材で頑丈に作られている上に脚を鉄の部品で床に固定している大机はこういったためかと納得してしまった。
 まったく。
 いい加減、我慢も限界に達したので発言の切れ目を狙って、私は口を開いた。
 
「皆の言葉はもっともだな」
「ティアっ、お前自らそんな」
「だってその通りだろう? こんな小娘が歴戦の騎士達の上に立って指揮するなど、なんの冗談だって話だろ」

 テティス姉様の言葉にそう返せば、室内が水を打ったようにしんっと静まり返った。
 この会議の調整役を頼んだ本部参謀役の|義兄(にい)様を見れば、いかにも胃が痛そうな顔でいて気の毒だった。

「ひとまず父様からの言葉は伝えた通りだ。それで? 皆、私にどうしろと? いまから玉座の間にいって権限を返上してもいい」
「おい、ティアっ」
「皆が口を出すなと言うのなら出さない。そんな王女の情報も賢明な指揮官の方々には取るに足らないものだろう?」
「そんな、お前らしくもない大人気ないこと……」
「だって姉様、私はまだお若い王女だぞ。大人気ないことを言うことだってある。まあけど、それがこの場の総意と決まるのなら」
「こ、公国との衝突は避けらず、おそらくは帝国などというものの思惑に踊らされることに」

 私の言葉の後をついでくれた義兄様に、うんと目を閉じて頷く。
 騎士団内が蓄積している過去の報告書を、帝国の発生と侵略行動に絞って義兄様に検証を頼んだ結論は、私の仮説を裏付けるものだった。

「帝国などという……もの?」

 それまで部屋の隅で黙っていた一際、厳つい男――現騎士団総長が、義兄様の言葉を繰り返した。

「どういう事だ?」
「帝国といってもそれらしい兵の集まりがいる以外に、その実態が見えないという事です」
「そもそも近隣の部族や集落を吸収してといっても争いの影もない。だがなんとなく統一のなにからしいと思えるものがちらちら見えるだけ……それは、国なのか? 私から見ればそんなものは国じゃない」

 せまい会議室にどよめきが生じる。
 話が本題まで進まないから苛々してくる。
 これだから人と多く関わるのは苦手だ。

「いま王国と公国は厄介ななにかに踊らされている。それ以外の人々も同様に知らないうちに一つの国の臣民の如く操られているとしたら……」

 加齢というよりは酒灼けがいくぶん勝っているのではないといった、やや嗄れ気味の聞き慣れた声が耳を打ったと同時に、ざっと床を踏む音がして屈強な男達全員姿勢を正して頭を下げる。
 影響力は健在とは聞いていたけれど、これではほとんど現役だ。

「攻めてくる軍勢を斬り倒すより厄介だろうて」
「爺……」
「ティア王女、馬鹿どもがご無礼を」
 
 近づいて、ひざまづいた軍神カルロの姿は効果覿面てきめんだ。
 一斉にもう一段下がった頭に、別に怒っていないしそういうのいいから……と言えば、立ち上がった爺の後ろから、とどめの様に一礼した頭を下げたまま進み出てきた文官の姿にため息が出てしまった。

「トリアヌス……」
「明朝、通達文書をお届けする上級指揮官の方々が全員お集まりと聞きまして、通達内容を事前にお知らせしようかと参りました。ティア王女」
「通達内容とは? 宰相閣下」

 爺同様に下げていた頭を一人起こした現騎士団総長の言葉に、私の頭の高さに顔を下げたままちらりとこちらを見たトリアヌスに頷けば彼は顔を上げた。
 実に、王国宰相らしい、日頃、彼の部下を震えがらせている冷めた顔であった。
 怖い。
 私やフェーベ姉様には優しいトリアヌスだけど、元々それほど温厚な人ではないと私は思っている。

「“公国との関係修復の使者としての権限を第四王女ティア・アウローラ・クアルタに一任する”これが王からの勅令です。これを受け、使者の任にあたる王女の指示の下、そのお務めを円滑に進めるためのご協力を王国騎士団に私より要請いたします」

 なるほど。
 流石はトリアヌス。
 公国との関係修復の使者、これならフューリィの件を省けるし王家を快く思っていない者達を刺激しない程度に、私が騎士団を限定的に動かす大義名分も立つ。
 情勢的に何故王がほとんど王族として表に立っていない私を任命したのかについては理由づけや、私以外に誰も聞いていない王の勅令を押し通すための内部の根回しは大変そうだけど。
 使者の勅令、おまけに宰相からの正式要請とくれば騎士団も無下には出来ない。
 おまけに公国外交はトリアヌスの管轄だから巻き込む部署は最低限に抑えられる。
 なんといっても……。

「勅令により使者と任命されたティア王女にご協力いただけないというのなら致し方ありません……公国外交を管轄する立場上、なんらかの処分を手続きせざるを得なくなる。そうですねぇ、各隊の運営費の一時的削減あるいは将官方の減俸あたりが妥当でしょうか」

 お金を握るものは強い――。
 正式な手続きを通せる大義名分を持ち理由もつけられる者であるならなおさら。
 
「横暴だろ……それは」
「貴殿とて、無駄な戦は望むところではないでしょう。戦になれば貴殿らの減俸どころの話では済まなくなりますが? フェルディナンド総長」
「はなから逆らうつもりはない。ティティス王女の可憐な妹君を危険に晒したくはないんだ……全員」
「お前達、それならそうと言えばいいのに」

 呆れ顔のテティス姉様の言葉に、同感だと私も内心頷いた。

 ******

 なんだか難しいことを考えていたようだね、と医官試験を受けに来たという男の言葉に我に返る。
 
「人間という面倒な生物の精神機構について考えていた……」
「それはまた随分と興味深い。もしかして君も医科?」
「うん」
「なら恩師を知っているかもしれない」

 まあ医官なら当然医科を学んでいたのだろう。
 恩師というのが知っている教授や講師であるのは十分ありえる。

「誰だろ」
「フネス様だよ」
「フネス院長?!」

 歩く方向がいつまでも同じなはずだ。
 まさに同じ相手のところへ向かっていたのだから。
 
「私もあの人に用があってきた。実験をしてもらっていて」
「ふうん。じゃあ君は学者か」

 女性の、それもこんなに若い学者なんて珍しいと感嘆した男の呟きに、あ、いや……と反論しようとした時だった。
 遠くからこちらを呼ぶ声と慌てて駆けてくるなにか物々しい気配に振り返る。

「――っ、ティア……ぉ……ョっ……!」
「トリアヌス?!」

 えっ……さ、宰相閣下?! 
 そう、慌てて跪いた男に何故知ってるんだ? と首をかしげたが、それよりトリアヌスだ。

「どうしたんだ? トリ……っ?!」
「ティア王女……」

 王女?!
 下方から呟く男の驚く声が聞こえたが聞き流した。
 騎士団本部から学術院の敷地までは結構距離がある。 
 騎士団本部を先に出た私を全速力で走って追いかけてきたらしいトリアヌスは、彼らしくもなく私の左右の二の腕を掴んでうなだれた。
 どうしたんだろう。騎士団となにか揉めた? いやそんなことくらいで彼がこんな血相変えて王族に対する礼儀まで失するなんて有り得ない。そもそも揉めること自体有り得ない。
 ぜいはあと息を切らしていて、呼吸が荒い。 
 こんなに慌てて取り乱したような彼の姿など見たことがない。

「フェルディナンド総長と……参謀室で、今後の話をしていたら一報が……」
「落ち着け、そんな息を切らした状態で一息に話そうとするな」
「申し訳、ありません……」

 仕掛けてくるなら王都や国境近辺と目を光らせておりましたが、念の為他の都市も、けれどまさか……とトリアヌスは息を吐いて、げほっと咳をし、自分自身を落ち着かせるように再び息を吸って吐き出す。
 そうして、私に告げた。

「東都で……王妃様のご実家のある街の貯水池に毒が撒かれたと……」

 仕掛けてきた――。
 しかもこんな人心を煽るようなやり方。
 爪が掌に食い込みそうに手を握りこんでしまった。

「どういった状況だ」
「詳しいことはまだ……被害のほども」
「どうして?!」
「あそこは都市でも規模が一番小さく医官も文官も数が少ない為……現場の対処に手一杯かと。治安も安定していて怪しい人間が入れば真っ先に見つかりそうな街であるのに……」

 だからだ。
 治安が安定しているなら、治安維持部隊の武官の数もきっと少ない。
 やはり、敵は王国に詳しい。
 それに嫌な時に仕掛けてきた。

「すぐ向かう。父様の勅令の通達は明日だ。これでは後手に回ってしまう」

 公式に、王国は公国と一戦交える気はないと発表されていない――。
 きっと公国側の仕業と思うように工作されているはず。なんとかしないと王宮が動くより先に民が動き出す。
 今日ほど苛々する日はないぞと内心毒づいていたら、すっと挙がった手が視界に入った。 

「あの……っ、でしたら僕もご一緒します」
「は?」
「そういえばティア王女……この者は?」
「さあ」
「さあ?!」
「フネス院長に師事していたらしいけど」
「丁度、医官に登用されたばかりでして……」
「医官?」

 顔を上げた男を見下ろして、ああ貴殿は……とトリアヌスが漏らした。
 そういえば、登用試験の合格者に任官の令を渡すのは宰相であるトリアヌスの仕事の一つだ。
 だから、トリアヌスのことを知っていたのか。

「先程は、任官のお言葉ありがとうございました宰相閣下」

 男はそう言って、再び深く一礼した。
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