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2022年7月

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 2022年 7月

 「茗、金沢行こう。母さん泉鏡花記念館行きたい」
 母めぐの一言を皮切りに、茗は母と二人で金沢に二泊三日の旅行へ行くことになった。悠々自適な久しぶりの家族旅行である。
 「パンデミックのお陰で自粛していたのもあるけど、茗がちゃんと高校卒業できたからそのお祝いも兼ねよう。ちょっと豪勢な旅にしよ。美味しいもの食べて、文化的なもの見て、写真も沢山撮るの」大人とは思えないほどはしゃいでいる母を見て、茗は答えた。
 「でも母さん。今私浪人生だよ。呑気に旅行なんか行ってる暇ないよ」
 「息抜きしないと勉強も長続きしないよ。心配なら時間取るから観光の合間に勉強すれば?脳みそ他のことにも使ってあげなきゃ」

 茗の家族は一人である。それが母のめぐだ。自由を代名詞にしたような人物で、一人でいることを好む人だった。考えていることは時々現実離れしていて不思議なところがあったが、母のアドバイスが無駄だったことはない。茗はめぐに絶大な信頼を寄せていた。母である以上に人ととして。しかし、同時にこの人のようには生きていけないと信じてもいた。茗自身は堅実になびくススキのひとつとして生きていくのだと思っていた。

 茗が生まれてすぐに夫と死別しためぐは、シングルマザーとしてずっと茗を育ててきた。他人から、父親がいないことを指摘されることもあったが、それでもめぐは寂しさを茗に感じさせたことがなかった。ふたりの生活は楽しさに満ちていた。ふたりを例えるなら、協力態勢という言葉がぴったりだ。
 茗は母が友人と出掛けているのを数えるほどしか見たことがない。休日は必ずと言っていいほど家にいるし、家族と一緒にいるめぐを見ることが多かった。めぐは常日頃から私は友人が居ないからと言い、おひとりさま万歳というので、「友人がいなくて寂しくないのか」と尋ねたことがある。
 「母さんね、ひとりでいる方が良い。変に気遣うの疲れた。おばあさんのわがままに付き合うだけでもうお腹いっぱいよ」とめぐは答えた。
 おばあさんとは、めぐの母、茗の祖母である。祖母は祖父の死後独り暮らしをしていて、めぐは定期的に祖母宅に出入りし、めぐの弟と分担して祖母の面倒を見ているのである。会社と家と祖母宅の往復が、今ままでずっとめぐの人生だった。母が今好きなのは旅行をすることと、持ち物の整理である。
 「老い支度始めるの。将来困らないために貯金してきたし、茗に迷惑かけたくないから自分のことは自分で解決したいの」茗が高校を卒業したあたりから、口癖のようにめぐはこう言っていた。
 金沢には少ない荷物で行った。二泊三日だったが、茗はリュックひとつ、めぐはトートバッグに荷物を思い切り詰めて、それだけで旅路についた。
 ひがし茶屋街、泉鏡花記念館、金沢城、兼六園、そして尾山神社。初めての金沢二人旅行は楽しかった。年々暑くなっているように思われる日本の夏の中歩き回るのは少ししんどく感じられたが、それ以上の満足感を得ることができた旅だった。

 ***

 「楽しかったね、金沢」
 町あかりが勢いよく後ろに流れるのを見ながら、帰りの新幹線で茗が言うと、めぐはニコニコして返事をする。反射した窓の奥で、めぐがお弁当を食べる準備をしていた。
 「楽しんでくれたみたいでよかった。これからもっと旅行行こう。今まで行けなかった分もね。それであなたもひとり旅とか行ってみなさい。視点も変わるよ。母さん昔よく旅していたよ」
 「そうする。大学受かったらね」
 「頑張れ、茗」
 母の応援は心強かった。受験に失敗しても責めず、あなたはやればできる子だからと信じ続けてくれた唯一の家族。時に厳しい時もあったが、茗自身を尊重してくれていたのはめぐだった。不必要な応援はしないが、全力のサポートはする、それがめぐの子育て法だった。
 「ありがとう、母さん。頑張るよ」
 新幹線の中で食べるお弁当ほど、美味しいものはないだろう。選んだのはお刺身が入った少し豪勢なお弁当。口の中でとろける中トロに茗とめぐは目を見開いた。
 『おいしー!』
 ふたりは同時に声を上げる。
 「このお弁当当たりだったね」めぐが言った。
 「なんか動画見ながら食べようよ。イヤホン共有してさ」
 めぐの提案に茗は有線イヤホンを引っ張り出してYouTubeをつけた。
 「なに見る?」
 どんどんスクロールしていくと、おすすめの動画でとある動画が2人の目に写った。
 
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 「あ、これ…」
 「あ、それ知ってる。都市伝説でしょ?でも嘘とも言い切れないよね」
 めぐが最後のお刺身を口に運びながら言った。
 「実際数年前から専門家は富士山噴火するかもとか、東京に地震くるかもとか言っているわけだし…」
 「そうなの?母さんがそういうの知っているとは思わなかった」
 「地震大国に暮らしている以上そういう災害情報はいつもアップデートしないと。直面して困るのは茗と母さんだから」
 めぐは常日頃から防災準備をしていた。『このリュックを避難場所まで持っていけばとりあえず一週間は生きていける』と話していたのを、茗は今更ながらに思い出していた。小学生の頃は、もし何かあったら近くの避難場所へ行くように口酸っぱく言われてもいた。
 「まぁ言えるのは、もし本当に災難が来るなら、旅行するのも今の生活を維持するのも大変だよね…。その前にやりたいことやっとくのが良いってことなのかしらね」
 母の話には妙に納得するものがあった。ソースがはっきりしないけれど、この人が言うなら間違いないと思ってしまう、そんな説得感があった。
 「大学受かるまでなんとも言えないな。やりたいことも考えればあるのかもしれないけど、今直面してる問題から解放されないと考えがまとまらないや」
 「そりゃそうだわ…。ま、まだ2022年だから気にしすぎることないよ」

 『でも、やりたいことなんてすぐ見つかるのかな?』

  
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