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参
神様の涙
しおりを挟む銀糸がプツリと切れた。ぼんやりとその行方を濡れた唇が辿る。離れた熱の余韻、整わない呼吸、まとまらない思考。何もかも滅茶苦茶にされたのに、どこか満たされた気分。……変なの。
「どうして泣くんだ」
「泣い、てない」
「嘘つけ」
水の膜が張った瞳には、未だ血が流れ続けている彼の手が滲んでいる。
「こんなはずじゃなかった。柊を傷つけるなんて思ってもみなかったんだ」
しゃくりあげて、彼の胸に顔を埋める。一度溢れてしまえば、止める術を知らない。
「ごめん。ごめんなさい、柊……っ」
何かとは言えない。とにかく謝りたかった。
「こんなもの、怪我のうちにも入らない」
「そんな、わけ……だって、血が」
お前がやった、とその赤が指をさして僕を非難してくる。
「自業自得さ」
葵のせいじゃない、となんでもなく笑う。
「はぁ、ぁ……ちがっ」
あの時、僕は本気で柊を殺そうとしていた。
「僕は、っ……はぁ、ぅ、ゲホッ」
「落ち着け、葵」
「ヒュッ、ぁ……ゲホッ、ゲホッ」
「っ、バカ! 無理して息を吸うな」
「い……ぁ、ひっ、ぅ……ッ」
焼けつくような激痛が喉に走る。背を丸めて何度も嗚咽を零した。このまま押しつぶされ死ぬのだと、本気でそう思った。
「──……ごめん、葵」
一拍、呼吸が止まった気がした。
柊が僕を思い切り抱きしめて言う。
「謝らなくていい。泣かなくていい。悪いのは俺だ。俺が葵にそれを選ばせた。だからこれ以上、自分を責めるな」
(あぁ……)
全部言わせた。
不思議なのは、罪悪感より先に「安堵」が先に立ったこと。その後、うっかりと言わんばかりに遅れて自己嫌悪が追いかけてきたこと。
「最低だ。僕は、なんで……。今、すごくほっとしている。柊に責任を押しつけられて。酷い奴だと思わないか? 薄情な奴だって、自分でも軽蔑する。……こんなの、『神様』じゃない」
「葵の言う『神様』は、そうだろうな。果たして、天界の神々の何柱がそれに値するか」
柊が神について語る時、その声色はいつも冷たい。
「神がひと声添えれば黒を白に、道を示せば正義も簡単に塗り替えられる。世界はその声に逆らわない。神は偉大であり残酷なんだ」
そうだろう? と目を細めた。
「だからって何をしても許されるわけじゃない。柊だって本当は別に言いたいことがあるはずだ」
「例えば?」
「手が痛いとか、失望したとか。色々……」
誰の願いも満足に叶えられない。たった一人の子どもの命すら守れない。大事なものでさえ──。
「ほんと、何を必死になっていたんだか。弱いくせして一人前に人助け? あほらしい。憧れだけじゃどうにもならないって知っていたのに。もしこの場にいたのが柊や他の神様だったら、きっと違ってた」
「他の奴らが来るとでも?」
「事実、柊はここにいる。君さえいれば、僕なんていらなかった」
「勘違いするな。葵がいなければ俺はここに来ていない」
「人間のことが嫌いなくせに。どうして放っておいてくれなかったんだ」
誰も傷つけたくなかった。傷つきたくなかった。こんな醜い姿、柊にだけは見られたくなかった。
「お願い、柊。僕を、殺して───」
指先が白く冷たくなるくらい、必死に縋りついて願った。
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