あおい空に笑って。

永井夜宵

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壊れかけの

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「──もうやめろ。葵」

 突然、背後から手首を攫われた。トンッと背中から伝わる温もりと、少し冷たいその手に熱が冷める。


「なんか用? ……柊。今さら来てヒーロー気取りとかダサいと思わない? ったく、つくづくお前、、の茶番には嫌気がさす」

離せ、放せ、と乱暴に身じろぐがびくともしない。それどころか、抵抗を逆手に無理やり相手の方へ向かされてしまった。
 こちらを見下ろす影がまぶたに掛かる。


「これ以上は自分を傷つけるだけだ」

「だから?」

「憂さ晴らしの殺戮、、に意味なんてない」

「……ぃ」

「本来の目的を思い出せ」

「……っ、さい」

「そうやって目を背け、耳を塞いでも何にもならない」

「うるさい、うるさい!」

「過去に囚われるな」

「お前に関係ないだろ!?」

知ったような口ぶりが嫌いだ。自覚のある正論はもっと嫌いだ。


「出ていけよ……どっか行け」

僕の心を土足で踏み荒らすな。


「そうか……わかった」

ため息が前髪を撫でた突如、体を軽く突き飛ばされる。
 ふらりと支えを失って数歩よろめき顔を上げた。睨み据えたそこには、瀕死の土蜘蛛を背に庇って立ちふさがる、柊の姿があった。


「なん、で」

「葵を守るため」

「でまかせ言うな。ソイツを庇っておいて。お前はいつもそう。息をするように嘘をつく。今まで僕に情を抱いたことなんて一度もないくせに」

「は?」

「どけ。さっさとどけよ。それとも、お前もソレと仲良く死にたい?」

鈍く光る切っ先が柊を捉えた。
 雷鳴がとどろく。唸り声を上げ、暗雲に覆われた空に稲光が亀裂を入れた。


「…………へぇ」

長い睨み合いの末、柊の赤い瞳が妖艶に歪んだ。

「な──っ」

目の前に阻むものは何もないと言わんばかりに、迷うことなく柊が近づいてくる。


「そんなオモチャで俺がひるむと本気で思っているのか?」

「来る、な」

「ほんと、不愉快極まりない。今までそう見られていたことも、葵に情がないと思われていたことも」

「や、め……」

あと数ミリ。刃先が心臓に触れる距離になって、柄を握る手が震えた。


「この期に及んで、わからないとは言わせない。俺が何を惜しいと思っているのか、何に執着しているのか」

柊が素手で刃を握りしめた。そのままそれを引き寄せ、バランスを崩した葵を押し倒す。

「……っ」

咄嗟に目をつぶった。ドサッと派手な音がしたのに、痛みが全くない。
ゆらゆらと目を開けた。


「知らないとは言わせない」

当然のように流れる手つきで両腕が頭上に押さえつけられる。

「は、離し──」

「いい子にしろ。じゃないと……その口、塞ぐぞ」

本能が警鐘を鳴らし、ぶんぶんと首を振った。


「へー、いい子にできないんだぁ」

わかっていて柊は訊き返す。


「な、違──っ」

「あーあ。仕方ない」

「だから違う、って……んぅ」

抗議の声が飲み込まれる。渦巻く黒い感情ごと全部持っていかれる。さっきまで興奮が、別の昂ぶりに変えられていく。


「あぁ。その顔……ほんと最高」

「やめ……ぁ、ん」

一体、どんな顔をしているのだろう。

「もっと、もっと溺れろよ。葵」

「はぁ、ぁ……くる、し」

(ふわふわして何もわからない)

歯列をなぞり、舌を吸い上げ、口内をむさぼられては何も考えられない。そんな隙も与えないと快楽だけが注がれ続ける。


「ほら、ちゃんと口開けろ」

指の腹でそっと唇の輪郭をなぞられ、その誘いに乗るように唇が薄く開いた。


「ぁ、や……んんぅ」

自分でも気づかなかった飢えを引きずり出されて、むき出しの欲望を知る。「欲しい、もっと──」と交わる唾液を飲み込んだ。


「もう少し、我慢な」

「ふ……はぁッ」

クチュっと音を立てて、より深く舌が入り込んだ。








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