16 / 17
参
壊れかけの
しおりを挟む「──もうやめろ。葵」
突然、背後から手首を攫われた。トンッと背中から伝わる温もりと、少し冷たいその手に熱が冷める。
「なんか用? ……柊。今さら来てヒーロー気取りとかダサいと思わない? ったく、つくづくお前の茶番には嫌気がさす」
離せ、放せ、と乱暴に身じろぐがびくともしない。それどころか、抵抗を逆手に無理やり相手の方へ向かされてしまった。
こちらを見下ろす影がまぶたに掛かる。
「これ以上は自分を傷つけるだけだ」
「だから?」
「憂さ晴らしの殺戮に意味なんてない」
「……ぃ」
「本来の目的を思い出せ」
「……っ、さい」
「そうやって目を背け、耳を塞いでも何にもならない」
「うるさい、うるさい!」
「過去に囚われるな」
「お前に関係ないだろ!?」
知ったような口ぶりが嫌いだ。自覚のある正論はもっと嫌いだ。
「出ていけよ……どっか行け」
僕の心を土足で踏み荒らすな。
「そうか……わかった」
ため息が前髪を撫でた突如、体を軽く突き飛ばされる。
ふらりと支えを失って数歩よろめき顔を上げた。睨み据えたそこには、瀕死の土蜘蛛を背に庇って立ちふさがる、柊の姿があった。
「なん、で」
「葵を守るため」
「でまかせ言うな。ソイツを庇っておいて。お前はいつもそう。息をするように嘘をつく。今まで僕に情を抱いたことなんて一度もないくせに」
「は?」
「どけ。さっさとどけよ。それとも、お前もソレと仲良く死にたい?」
鈍く光る切っ先が柊を捉えた。
雷鳴が轟く。唸り声を上げ、暗雲に覆われた空に稲光が亀裂を入れた。
「…………へぇ」
長い睨み合いの末、柊の赤い瞳が妖艶に歪んだ。
「な──っ」
目の前に阻むものは何もないと言わんばかりに、迷うことなく柊が近づいてくる。
「そんなオモチャで俺が怯むと本気で思っているのか?」
「来る、な」
「ほんと、不愉快極まりない。今までそう見られていたことも、葵に情がないと思われていたことも」
「や、め……」
あと数ミリ。刃先が心臓に触れる距離になって、柄を握る手が震えた。
「この期に及んで、わからないとは言わせない。俺が何を惜しいと思っているのか、何に執着しているのか」
柊が素手で刃を握りしめた。そのままそれを引き寄せ、バランスを崩した葵を押し倒す。
「……っ」
咄嗟に目をつぶった。ドサッと派手な音がしたのに、痛みが全くない。
ゆらゆらと目を開けた。
「知らないとは言わせない」
当然のように流れる手つきで両腕が頭上に押さえつけられる。
「は、離し──」
「いい子にしろ。じゃないと……その口、塞ぐぞ」
本能が警鐘を鳴らし、ぶんぶんと首を振った。
「へー、いい子にできないんだぁ」
わかっていて柊は訊き返す。
「な、違──っ」
「あーあ。仕方ない」
「だから違う、って……んぅ」
抗議の声が飲み込まれる。渦巻く黒い感情ごと全部持っていかれる。さっきまで興奮が、別の昂ぶりに変えられていく。
「あぁ。その顔……ほんと最高」
「やめ……ぁ、ん」
一体、どんな顔をしているのだろう。
「もっと、もっと溺れろよ。葵」
「はぁ、ぁ……くる、し」
(ふわふわして何もわからない)
歯列をなぞり、舌を吸い上げ、口内をむさぼられては何も考えられない。そんな隙も与えないと快楽だけが注がれ続ける。
「ほら、ちゃんと口開けろ」
指の腹でそっと唇の輪郭をなぞられ、その誘いに乗るように唇が薄く開いた。
「ぁ、や……んんぅ」
自分でも気づかなかった飢えを引きずり出されて、むき出しの欲望を知る。「欲しい、もっと──」と交わる唾液を飲み込んだ。
「もう少し、我慢な」
「ふ……はぁッ」
クチュっと音を立てて、より深く舌が入り込んだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
今日も武器屋は閑古鳥
桜羽根ねね
BL
凡庸な町人、アルジュは武器屋の店主である。
代わり映えのない毎日を送っていた、そんなある日、艶やかな紅い髪に金色の瞳を持つ貴族が現れて──。
謎の美形貴族×平凡町人がメインで、脇カプも多数あります。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる