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弐
狂気と歓喜
しおりを挟む「──ねぇ、『神殺し』って知ってる?」
土蜘蛛の口を貫いた一本の剣。その青白い切っ先が、天井に向かって光る。
『グギャアァァァァァ』
そのまま葵を巻き込んで落下する。
『何デ、オマエ……神殺シ』
「ご名答! かつて六の神々と数十の神使を葬り、天界を血で染めた『神殺し』とは、この僕のことさ」
巨体から剣を引き抜いて、体に張りつく糸を水刃で切り刻む。打ちつけられた巨体がその剣を捉えた時、体液に汚れた僕に狼狽えた。
『何デ、ニセモノ』
「悪かったね、『ニセモノ』で。でも、ただのおこぼれでこの座にいるとでも思った? そんなわけない。僕は神座にふんぞり返っているだけの愚神じゃない」
定められた席数。そこに就くのは、一芸を極めた強者たち。たとえ下座でも、偶然なんてあり得ない。維持し続けることもまた同じ。
『コワイ、痛イ……痛イヨ』
(いやいや……こっちのほうがよっぽど痛いわ)
押さえつけられた肩の出血が酷い。おかげで不慣れな右手で振るう羽目になった。
「そんなに怖いのなら逃げていいよ……逃げられるものなら」
『ヒィィ』
じりじりと引き下がる土蜘蛛を、よろよろと追い詰める。
「さっさとユウを返せ」
『知ラナイ。ユウ、シラナイ』
「自分で取り込んだくせに忘れたのか……どこまで頭が悪いんだよ」
『恐イ、怖イ』
「っ、だから言えって!」
『バ、バケモノ……オマエ、バケモノッ』
その言葉が奥深くにしまった記憶を決壊させる。
鼓膜を揺らす悲痛な声。立ち込める血の臭い。ドロドロと浸食する憎悪の波。
「化け物……って。お前がそれを──……」
化け物に『化け物』呼ばわりされるなんて。それほど自分は醜い生き物らしい。
なんて滑稽なことか。視界が粘りを帯びた黒一色で染まっていく。なにか底知れない暗闇に突き落とされる感覚。自分が自分でなくなる絶望感。
轟轟とした、狂気と歓喜。
『──ッ、ギ、ギャァァ!』
一瞬の出来事だった。無造作に腕を振っただけで、土蜘蛛の脚が一本切り落とされる。未だ胴体にあると錯覚している脚は、離れてなお小刻みにうごめいていた。
「なあ、痛い? 痛いよな。あーあ、可哀想に」
ひれ伏す土蜘蛛の前に屈んで、面白いものでも見るかのように煽る。
『ヨクモ、オマエェェ……』
「楽しいなぁ。あと七回もお前のその声を聞けるなんて!」
残った七本の脚を指さして、瞳孔をニタリと歪ませた。
『ッ、殺シテヤル! 殺シ──ッ』
「アハハ、アハハハハハ! まだ反抗する意思があるなんて、最高だよ!」
『……ヤ、ヤダ……怖イ』
「そうだ! 今度は引きちぎってみるのはどう? きっとさっきよりイイ声で鳴けると思うんだ」
ゆったりと長い脚の節を愛おしげに撫でる。
『…………ヒッ』
「いいね。その怯えた目。ほんと、ゾクゾクする」
『──グギャッ、゛アァァァァァ‼』
刃先についた緑色の体液を振り払う。床一面に飛び散ったその上に力なく横たわる大きな「何か」。原型をとどめていない黒い物体。
「ほら、ほらッ! もっとその声を聞かせてよ!」
周りには、元は脚だった八本の棒が転がっている。
『ヤダ、ヤダ……殺さないで』
涙に濡れた少年の声が漏れ出る。
「えー、酷いなぁ。僕がそんな奴に見える? こんなに優しくしてるのに」
そう言いながら、震える体に何度も何度も斬撃を入れる。わざと急所を外して、できる限り痛みだけを引き出せるように。
その度に漏れる可哀想な吐息が愉悦をそそり、「もっと、もっと」と体が動く。
(あぁ、楽しい……楽しい‼)
狂ったように笑う声、グチャグチャと肉をえぐる音。ビチャ、ビチャ、と耳障りな足音に掠(かす)れた叫び声が鉄筋に反射する。
「なあ、もっと鳴けよ!」
理性を焼き尽くして、体を酷使して、笑い声を上げる合間に数回吐血を繰り返す。命を天秤にかける、過激で狂気じみたギャンブルに酔う。今が楽しければ、どうだっていい。
「ほらッ、泣けってッ」
激昂に燃える瞳の色が溢れたように赤い涙が頬を伝い、体中に負った傷からも血が噴き出す。葵は痛がる素振りも見せず、そのぬるい液体を鬱陶しそうに乱雑に拭った。
『……タ、ダスケテ』
巨体から最期の命乞いが零れる。けれどその乞いが、不幸にもさらに葵の興奮を促す。
「アハハ、アハハハハハハッ‼」
最高潮に達した激情に任せ、葵は勢いよく剣を振り上げた。
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