あおい空に笑って。

永井夜宵

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蜘蛛の巣

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「ねえ、本当に出られない? 『なんでも屋』なら、それこそ『なんでも』できるんだろ?」

しびれを切らしたユウが乱暴に訊く。

「無理」

「なんで?」

「助手がいないと。それに僕は疲れた」

気づけば柊を探している。そんな自分に嫌気がさす。


「ダッサ。葵はその人がいないと何もできないんだ」

「そういうわけじゃないはずだけど。……とにかく疲れたから無理」

「じゃあ、一生出られない?」

いよいよ不安になったのか、ユウは葵の肩を揺らして催促する。


「──ユウは帰りたい?」

きっとユウは母親に対しての情が薄い。父親の方も不倫しているようだし。柊の言った通り、帰らない方が幸せなのかもしれない。


「……わかんない。でも、このままここにいるのは嫌だ」

「帰ったら、また嫌な思いをするよ」

きっと家でのことを思い出したのだろう。ユウの目に涙が浮かんでいる。


「──寂しい」

そうひと言、ユウは呟いた。


「何が寂しい?」

「ひとりぼっちが。ずっとひとりだから」

その言葉に黙ってうなずく。僕にも同じように思った時期があった。


「勉強も運動も頑張ったけど、全然見てくれない」

どうすればいいのか、見失った自分を探している。


「それなら、ずっとここにいればいい」

「え……」

「空気が最悪だけど、ユウを傷つけるものは何もない」

「葵はそれでもいいの?」

「僕はべつに。まぁ、居心地悪いから出たい気持ちはある。でも、今後の面倒をこれで終わりにできるなら、それもいいかも……って思う気持ちもある」

こみ上げる吐き気を必死に抑えて言葉を重ねる。


「助手さんは?」

「実は数日前に出て行かれちゃって。どうせ僕がいなくなっても平気だよ」

「仲悪いの?」

「悪くはない……と思うけど」

後ろめたいことをずっと隠してきた。柊は何も言わないし、訊かない。誕生日のことも僕の家族のことも。そして、過去のことも。


「そっか。ならアオイは──」

喰ワレテモイインダネ?



────────…………


少年の体から八本の脚が生える。頭が膨張して、毛が生えて、人の姿の欠片もない。


「やっぱりお前……土蜘蛛つちぐもか。一体、何人喰ったんだか。ほんと、よく肥え太っていることで。僕の体なんか小人に見えるだろうね」

『ギャハハハ! ウマソウ、ウマソウ!』

吐く息から異臭が漂い、思わず顔をしかめる。


「悪いけど、君に食べられるのは御免だ」

『オマエ、フ老フ死。オレモ、オレモ。血ヲクレ』

「僕を食べたところで、その力を得られるとはわからない。呪われたくなければやめておいた方がいい」

『ナル。フ老フ死、ナル!』

「だから無理だって。ったく、誰だよ。お前にこんなくだらない入れ知恵をしたのは」

頭が悪いくせに「不老不死」なんて言葉が出てくるわけがない。きっと裏で誰かが糸を引いている。幸か不幸か、心当たりはたくさんある。


『神シ、シン使』

「……神使?」

『オマエ、神シ』

「なりたいって? バカじゃないの。まぁ、志望動機くらいは聞いてやってもいいけど」

たとえそれでも、神使にするなら柊がいい。柊だけでいい。


『喰ウ、喰イタイ』

「……しつこいな」

追われる足から縫うように逃げる。建物を駆け回って柱から柱へ宙を舞う。


『欲シイ。オマエ、ウマソウ』

「僕のことはいいって。ユウ──あの子はどうした」

『オレ。ユウ、オレ』

「足が八本もある人がいてたまるか!」

意識の有無がわからない今、ユウが完全に取り込まれていないことを祈るしかない。


(その前に、こっちがマズいかも……)

息が上がったせいで、不純な空気を余計に取り込んでいる。
苦しい、気持ち悪い──。


「っ、あ」

 油断した。壁に張りついた糸に気づかなかった。土蜘蛛はそれを待っていた、とばかりに脚で葵の肩を貫き、覆いかぶさる。絵面は完全に、捕食者に食われる前の蝶のよう。


『捕マエタ。ヤット喰エル』

勝利の雄叫びを上げ、執拗に肩をえぐっては痛みに顔を歪ませる獲物に歓喜する。


「っ、た……お前、さ……ほんと、性格悪い」

『ギャハハハハ!』

よだれが滴る毛の生えた大きな口が、徐々に近づいてくる。


(虫って、間近に見ると気味悪いなぁ)

こんな緊迫した状況下でも、冷静な自分が淡々とこの蜘蛛の容姿にケチをつける。
 ひとつ、息を吐いた。突如、アレの声が絶叫に変わった。







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