あおい空に笑って。

永井夜宵

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桜雲の乱 side柊

本物の神様

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葵だけが、本物の神様だった。
 たとえ見返りがなかったとしても、救わないという選択はない。いつだって他者に傾く天秤に、平気で自分の命を乗せる。誰が止めたって言うことを聞かない。きっと今回も、無茶だとわかっていてあの子どもを助けに行くだろう。
 その証拠に、肩の上でチュンがピィピィ鳴いている。


「もうチュンは生きていけません……」

この世の終わりに項垂れる。


「葵に怒られたくらいで泣くな」

さかずきに月を映して一口。万妖桜の下で飲む酒は格別だ、と雰囲気に酔う。


「あれもこれも狐さんのせいではありませんか。きっと葵様はムキになってチュンを叱ったに違いありません」

「俺のせいにするな」

「だってぇ」

「そんなに虫の居所が悪かったのか」

誰かに八つ当たりするなんて珍しい。


「えっと、えっと。とても意気込んでいました。自分にしか助けられないって」

チュンは羽をバタつかせてこれまでの経緯をざっくりと話した。柊はなんの気なし構えつつも、チュンの一挙一動に傾倒する。その顔には心配の色がありありと浮かんでいた。


「葵様は勇敢な神様です。恐れることなく、人の子を助けに行ったのですよ!」

自慢げに言うチュンに、「これだからスズメ頭は」と柊は嘲笑した。


「見なくてもわかるよ」

チュンは首を傾げた。


「あの葵が恐れないわけないだろ」

鼻で笑う柊に、チュンはその全力で肩を突いた。
「笑いごとじゃない!」とあらゆる野次が柊の耳元で飛び交う。


「……狐さんは、葵様がお嫌いになってしまわれたのですか」

 ピタリと勢いが止んで、チュンが背を丸めた。


「嫌いだったら、こんな面倒な神様のお守りなんてしない」

柊は静かに萎えた羽を撫でる。


「葵は怖いんだよ。死ぬことよりも、守りたいものを失うかもしれないことが。自分の無力さを突きつけられることが」

その優しさが自分自身を殺している。

「本当に狐さんは助けに行かないのですか?」

「いつもみたいにしていたら意味がない」

残る酒を一気にあおった。


「狐さんはいじわるです」

「葵の式神でなければ、その減らず口を今すぐ塞いでいたところだ」

それを聞いて、チュンは露骨に羽を震わせた。


「チュ、チュンは狐さんの忠実な子分です!」

膝の上に降り立って、ペコペコお辞儀をしてみせる。


「それなら早速、俺の言うことを聞いてもらおうか」

「へ?」

「しばし、大人しくしていろ」

突然、桜吹雪が舞い上がった。現れたのは、鬼の面を付けた男が一人。


「なんの用だ」

振り返り様にチュンを花群れに隠した。


「どういうおつもりですか」

男が前に出る。


「質問の意図がわからない」

焦る素振りもなく、柊は幹にもたれかかった。


「『神殺し』のことです」

「またか。なぁ、これは俺に対する嫌がらせか? ここに来る度にその話ばかりだ」

頭を押さえて深いため息をつく。


「天帝に逆らうおつもりですか」

「まさか二つ返事で了承するとでも?」

「柊様!」

男は柊に詰め寄った。


「俺に構うな──銀次ぎんじ







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