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壱
夢のなかで
しおりを挟む刺されて、毒を盛られて、窒息して……生きることを放棄し、ただ死を待つ。それでも終わらない絶望。そんなどこまでも荒んだ日常の中で、柊と出会った。
「──おい」
「…………」
「部屋を散らかすな」
「…………」
「聞いてるのか、葵!」
胸倉を掴まれても、脱力した体はぶら下がっているだけ。意識も視線も、相手に向けられることはない。
「……出ていけ」
ひび割れた唇から出た乾いた拒絶。溜めて言ったわりには、そっけない。
「ったく、それしか話せないのかよ。この一か月ずっと聞いてて、さすがに飽きたわ」
なんて苦言を吐きながら、せっせと転がる酒瓶やら紙くずやらを片し始める。
「さっさと出てけよ!」
早く視界から消えてくれ、と割れた瓶の破片を投げ放った。こうすると、大抵の奴らはビビって逃げていく──はず、なのに。
宙に舞う狐火。青白い炎から、灰になった破片が落ちる。
「こんなお遊びで俺が怯むと?」
「っ、……で」
「は?」
「なんで、まだいるんだよ……」
一か月もここにいるって、何? どっかのおせっかいな神が差し向けた『監視』──か『刺客』ではなかったのか。
「世話された身でよくそれが言えたな」
「普通は三日で消える」
「ふーん、耐え性がないな」
(……そういうことじゃない)
神使と言ったら、この業界のエリート。そんなプライドの高い彼らを粗雑に扱い、もし暴言暴力を振るう主人がいたら、逃げ出すのは当然だ。そう、それが正しい反応。
「お前、やっぱ変」
「前の奴らよりはまともだろ」
「どの辺が」
「そうだなぁ……寝込みを襲ったり、食事に毒を入れたり、真冬の池に突き落としたりしないところ、とか」
指折り挙げられたのは、どれも僕を殺し損ねた彼らがしたこと。
「へぇ、今度はストーカー? お前の主人はどれだけ暇なんだよ」
「暇そうなのは確かだな。俺の主人は、ちょっと性格に難がある可愛い奴だよ」
「……誰それ」
「葵」
「…………」
「…………」
「……嘘くさ」
とんだ茶番だ。そう思って背を向けようとしたら、がっちり肩を掴まれて引き留められる。
「それ、なんだ」
「何って?」
その視線の先には、傷だらけの手。引っかき傷、切り傷、噛み痕……無事な皮膚がわからないくらい赤く染まっている。
「あー、これ……。べつに、なんでもない。ただ猫に引っかかれただけ」
「猫?」
「そ。境内に棲みついた奴。この前、子どもを産んだらしいんだよね。夜中に鳴き声がして見に行ったら、猫が増えてた」
もふもふで可愛かったなぁ、と思わず笑みが零れる。
「夜中に出歩いたのか……まぁ、今はいい。それがどうして、こんなになる」
「今日の昼、焼き魚が出たからあげに行った。そんで、手で渡そうとしたら思い切り引っかかれた。母親の愛ってやつ? 子どもが襲われてるように見えたらしい。羨ましい限りだよ。あんなに愛されて、さ」
そう言って真っ赤な手を無造作に揺らしていたら、急にその手が捕らえられた。
「っ、バカ! 野良猫は危ないのを知らないのか! 病気になったらどうする。あと、俺が作ってやった昼飯を勝手にやるな」
「あれさ、嫌い。というより、お前の飯がマズい。ったく、おかずの一つや二つで騒ぐなよ。残すよりよっぽどマシだと思うけど。それと、こんな猫ごときで病気になるわけない」
「はあ? 嫌でも食え。マズくても残すな。他の奴にやるとかあり得ない。それから、夜中に出歩くのもやめろ。体に障る。自分が他と違うことを忘れるな」
彼は正しい。僕は不老であって、不死ではない。普通よりちょっと死ににくくなっただけで、身体は人間のまま。怪我も病気もするし、その治りも遅い。運が悪ければ当然のように死ぬ。
「それってお前に関係ないよね」
「は?」
「むしろ僕が死ねば、晴れてお役御免。よかったじゃないか」
「…………」
「……何、その顔。そういう偽善顔が一番ムカつく。全部本当のことだろ。この世に僕を本気で心配する奴なんているわけがない。僕の寿命が待ちきれなくて、ご丁寧に神使を遣って殺しに来る奴ならたくさんいるけどね。きっとお前の主人も、早く死んでほしくてうずうずしているんじゃない?」
「やめろよ」
そう言って、僕の手をさらに強く握る。
「ハッ、もしかして図星? でもこっちは、もう代わりがいることも知ってる。どうせ後継は、僕とは正反対の優秀で堅実な『いかにも』な神様を選んだんだろ」
自分はただの消耗品。その代わりは、掃いて捨てるほどいる。
「…………っ」
柊は眉を寄せて、下唇を噛んだ。
「そういうわけだから、病気になったところで何も問題ない。何かあれば、運がなかったねってなるだけ」
これで話は終わり、と手を振り解こうした時、それ以上の力で引っ張り戻された。
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