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序章
おかしな依頼人
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「──『連続失踪事件』」
その呟きに気づいて、柊も記事に目を向けた。
「あー、それか。子どもが3人行方不明らしい。しかも全部、この近所で起きてる」
「……そう」
目撃証言はなく、ただ得体の知れない化け物のように噂だけが囁かれる。犯人の手がかりとなる証拠もないので、警察もお手上げ状態なのだそうだ。
(なんか、嫌な感じ)
「気になるか?」
「手がかりが一つもない、っていうのがちょっと」
あちら側が関わってないといいけど。
「──こっち見ろ」
あれこれと考えにふけっていたその時、着物の隙間から手を差し入れられて素肌を撫でられる。
「ひゃぁっ!? なっ」
「俺がいるのに考え事か? 妬けるなぁ……毎日、毎日心血を注いで尽くしてるっていうのに」
「そ、の横暴な態度が気に入らない、っ」
「残念だがこれは狐の性分だ。諦めろ」
耳にフッと息がかかる。
「んぅっ……は、放せ!」
思い切り突き飛ばした。身体の奥が熱い。緊張と羞恥で息が上がる。
「僕は誰も神使にしない、誰も必要としてない!」
一人で構わない。ずっとそうだった。今さら誰かを欲しがるなんてしない。これからも、この先も。
「諦め悪いな」
柊はなんてことないように、よれた着物を正す。
「柊にわかるはずがない。僕の気持ちなんて」
何もかもが中途半端なせいで、上手くいかないことだらけ。信仰心のためなら、人の靴でも舐めてでも気を引きたい僕の気持ちなんか。威厳とかプライドなんて、遠い昔に捨ててしまった。
(そうでもしないと生きていけないくらい、僕はどうしようもない)
「葵……」
柊の顔がぐっと近づく。唇が触れそうな距離まで近づいても、不思議と避けようとは思えなかった。
彼の赤い瞳に捉われて、動けなくなって。あぁ、綺麗な顔だなぁ……なんて悠長に構えているうちに──
「んんっ!?」
唇が触れ合っていた。
「ふ、ぁ」
微かに漏れる息が熱く、艶めかしく耳をくすぐる。それが恥ずかしくて耳を塞ごうとすれば、今度は手を繋がれて動きを封じられる。
「はぁ……ひ、んんぅ」
「逃げるなよ、葵」
逃げ惑う舌を絡め取られ、吸われ、快感が全身を駆け巡り、体から力が抜けた。同時に、下腹部に熱が集まり出す。
「あ……っ」
その身じろぐ股に柊が膝で悪戯に刺激する。
(も、う)
布ごしから与えられる刺激に、昂ぶりを促される。流されてしまう──そう思った瞬間。
バンッ、と勢いよく襖が開け放たれた。
「助けてください!」
「っ!? ぎゃああああぁぁぁぁ!」
────────…………
み、見られた。
着物を乱れさせ、唇を寄せ合い、甘い声を漏らす。もはや言い逃れなんてできるはずがない。
(もう人様の前に顔を出せない……)
羞恥心から顔を覆っているせいで、未だ依頼主を直視できずにいた。
「あ、あの。そちらの彼は大丈夫ですか?」
「ええ、気にしないでください。ただの変態の病気ですので」
茶を出す柊の営業スマイルが光る。だが、その言葉は聞き捨てならない。
「っ、違います!」
身を乗り出して、即座に否定した。
「そ、そうですか」
あっ、引かれた。
「し、信じてください! 彼とはただのビジネスパートナーなんです」
「あの……大丈夫です。私、そういうことは気にしません。今は自由恋愛の時代ですから」
ダメだ。全然信じてない。泣きそう……。
「──ところで、ご依頼というのは?」
柊が咳払いをすると、一瞬にして重々しい雰囲気に変わった。
「そうなんです! 息子が……私の息子が、誰かに攫われたんです」
依頼主は三坂ユリエ、二十九歳。九歳の息子と二人暮らしをしている。大手大企業に勤める夫は海外へ転勤して、今は家を空けているらしい。
そして今回、その愛息子が何者かに攫われたと言う。
「昨日の夕方、息子を塾に送りました。それっきり、行方がわからなくて。塾の方に問い合わせたら、男の人が迎えにきたらしいんです。どうやら、旦那だと思ったらしくて」
「警察には届け出なかったのですか?」
それこそ、近頃この辺りを騒がせている誘拐犯が関わっているかもしれないのに。
「実は、その……犯人の目星はついているんです」
すると、彼女はスマホの画面を見せてきた。
「これは?」
「元カレからのメールです」
ここ数日にかけて、頻繁に連絡が来ている。中には、この事件に関係がありそうな脅迫文と思わしき際どいメールもあった。
「これを警察に見せれば、動いてくれるのでは?」
柊がぶっきらぼうに言う。
「大事にはしたくなくて」
「えー」
なんじゃそりゃ。息子の命の方が大事じゃないのか。
柊に視線を送れば、早速興味なさげにあくびをしている。もう話を聞く気はないようだ。
「旦那に迷惑は掛けられないです」
「へー……」
「とにかく世間体に厳しい人で。警察沙汰なんて知られたら、離婚されてしまいます。それに、近所付き合いも良くないし。このままじゃ、私……っ」
「で、も……嫌味ばかり言われてもあの人が好きなんです! クールで愛想はないけど、それが素敵で。どんなに強く当たられても最後は優しくしてくれるし。そのギャップが良いじゃないですか!」
分かりますよね!? と食い気味に言われる。
「えっ……いや、その」
「セックスだって数えたくらいしかしてないけど。彼、すごくうまいんですよ。私のイイところを全部知ってて」
「セ…… ッ」
「それで、やっと出来た彼との念願の子ども。彼譲りでイケメンだし、頭だって!」
「あ、の」
「息子は将来有望なんです。必ず有名になるんです。だから絶対に依頼を受けてください! お金はいくらでも払いますから」
突如、彼女のカバンから取り出された茶封筒の厚みが視覚に訴えかける。
「これ、は」
「ひとまず十万です」
「じゅ、十万!?」
「成功報酬も、追加で出すつもりです」
「追加って」
「もう十万でどうでしょうか」
大人しそうな見た目からは想像もできないほど、よくまくし立てる。その彼女の勢いに押されて、目を回して、気づいたらこう呟いていた。
「わ……わかり、ました」
その呟きに気づいて、柊も記事に目を向けた。
「あー、それか。子どもが3人行方不明らしい。しかも全部、この近所で起きてる」
「……そう」
目撃証言はなく、ただ得体の知れない化け物のように噂だけが囁かれる。犯人の手がかりとなる証拠もないので、警察もお手上げ状態なのだそうだ。
(なんか、嫌な感じ)
「気になるか?」
「手がかりが一つもない、っていうのがちょっと」
あちら側が関わってないといいけど。
「──こっち見ろ」
あれこれと考えにふけっていたその時、着物の隙間から手を差し入れられて素肌を撫でられる。
「ひゃぁっ!? なっ」
「俺がいるのに考え事か? 妬けるなぁ……毎日、毎日心血を注いで尽くしてるっていうのに」
「そ、の横暴な態度が気に入らない、っ」
「残念だがこれは狐の性分だ。諦めろ」
耳にフッと息がかかる。
「んぅっ……は、放せ!」
思い切り突き飛ばした。身体の奥が熱い。緊張と羞恥で息が上がる。
「僕は誰も神使にしない、誰も必要としてない!」
一人で構わない。ずっとそうだった。今さら誰かを欲しがるなんてしない。これからも、この先も。
「諦め悪いな」
柊はなんてことないように、よれた着物を正す。
「柊にわかるはずがない。僕の気持ちなんて」
何もかもが中途半端なせいで、上手くいかないことだらけ。信仰心のためなら、人の靴でも舐めてでも気を引きたい僕の気持ちなんか。威厳とかプライドなんて、遠い昔に捨ててしまった。
(そうでもしないと生きていけないくらい、僕はどうしようもない)
「葵……」
柊の顔がぐっと近づく。唇が触れそうな距離まで近づいても、不思議と避けようとは思えなかった。
彼の赤い瞳に捉われて、動けなくなって。あぁ、綺麗な顔だなぁ……なんて悠長に構えているうちに──
「んんっ!?」
唇が触れ合っていた。
「ふ、ぁ」
微かに漏れる息が熱く、艶めかしく耳をくすぐる。それが恥ずかしくて耳を塞ごうとすれば、今度は手を繋がれて動きを封じられる。
「はぁ……ひ、んんぅ」
「逃げるなよ、葵」
逃げ惑う舌を絡め取られ、吸われ、快感が全身を駆け巡り、体から力が抜けた。同時に、下腹部に熱が集まり出す。
「あ……っ」
その身じろぐ股に柊が膝で悪戯に刺激する。
(も、う)
布ごしから与えられる刺激に、昂ぶりを促される。流されてしまう──そう思った瞬間。
バンッ、と勢いよく襖が開け放たれた。
「助けてください!」
「っ!? ぎゃああああぁぁぁぁ!」
────────…………
み、見られた。
着物を乱れさせ、唇を寄せ合い、甘い声を漏らす。もはや言い逃れなんてできるはずがない。
(もう人様の前に顔を出せない……)
羞恥心から顔を覆っているせいで、未だ依頼主を直視できずにいた。
「あ、あの。そちらの彼は大丈夫ですか?」
「ええ、気にしないでください。ただの変態の病気ですので」
茶を出す柊の営業スマイルが光る。だが、その言葉は聞き捨てならない。
「っ、違います!」
身を乗り出して、即座に否定した。
「そ、そうですか」
あっ、引かれた。
「し、信じてください! 彼とはただのビジネスパートナーなんです」
「あの……大丈夫です。私、そういうことは気にしません。今は自由恋愛の時代ですから」
ダメだ。全然信じてない。泣きそう……。
「──ところで、ご依頼というのは?」
柊が咳払いをすると、一瞬にして重々しい雰囲気に変わった。
「そうなんです! 息子が……私の息子が、誰かに攫われたんです」
依頼主は三坂ユリエ、二十九歳。九歳の息子と二人暮らしをしている。大手大企業に勤める夫は海外へ転勤して、今は家を空けているらしい。
そして今回、その愛息子が何者かに攫われたと言う。
「昨日の夕方、息子を塾に送りました。それっきり、行方がわからなくて。塾の方に問い合わせたら、男の人が迎えにきたらしいんです。どうやら、旦那だと思ったらしくて」
「警察には届け出なかったのですか?」
それこそ、近頃この辺りを騒がせている誘拐犯が関わっているかもしれないのに。
「実は、その……犯人の目星はついているんです」
すると、彼女はスマホの画面を見せてきた。
「これは?」
「元カレからのメールです」
ここ数日にかけて、頻繁に連絡が来ている。中には、この事件に関係がありそうな脅迫文と思わしき際どいメールもあった。
「これを警察に見せれば、動いてくれるのでは?」
柊がぶっきらぼうに言う。
「大事にはしたくなくて」
「えー」
なんじゃそりゃ。息子の命の方が大事じゃないのか。
柊に視線を送れば、早速興味なさげにあくびをしている。もう話を聞く気はないようだ。
「旦那に迷惑は掛けられないです」
「へー……」
「とにかく世間体に厳しい人で。警察沙汰なんて知られたら、離婚されてしまいます。それに、近所付き合いも良くないし。このままじゃ、私……っ」
「で、も……嫌味ばかり言われてもあの人が好きなんです! クールで愛想はないけど、それが素敵で。どんなに強く当たられても最後は優しくしてくれるし。そのギャップが良いじゃないですか!」
分かりますよね!? と食い気味に言われる。
「えっ……いや、その」
「セックスだって数えたくらいしかしてないけど。彼、すごくうまいんですよ。私のイイところを全部知ってて」
「セ…… ッ」
「それで、やっと出来た彼との念願の子ども。彼譲りでイケメンだし、頭だって!」
「あ、の」
「息子は将来有望なんです。必ず有名になるんです。だから絶対に依頼を受けてください! お金はいくらでも払いますから」
突如、彼女のカバンから取り出された茶封筒の厚みが視覚に訴えかける。
「これ、は」
「ひとまず十万です」
「じゅ、十万!?」
「成功報酬も、追加で出すつもりです」
「追加って」
「もう十万でどうでしょうか」
大人しそうな見た目からは想像もできないほど、よくまくし立てる。その彼女の勢いに押されて、目を回して、気づいたらこう呟いていた。
「わ……わかり、ました」
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