あおい空に笑って。

永井夜宵

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序章

勘違いと嫉妬、それから

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「好き、嫌い、好き、嫌い、す──ッた」

 突然、頭に衝撃が走る。叩かれたことを自覚したのは、振り返った先にいた奴の顔を見てからだった。


「何するんだ、ひいらぎ!」

「はあ? それはこっちのセリフだ。あおいは神様だろ。占いなんかやるな」

しかめ面を決め込んでいる彼は、神使しんし(仮)の柊。天から二物を与えられてしまった、九尾の狐。
悔しいけれど、文句の付け所がないくらい優秀な人材だと思う。このひねくれ曲がった性格以外は。


「もう無理。こんなものにでもすがらないとやってられない……」

せめて縁結びの神様だったら、とやるせなさで畳に寝転んだ。


「──で、相手は?」

「ん、何のこと?」


「相手だ。わざわざ境内の、しかも依り代の紫陽花を使ってまで好きになった相手は誰だ、って言ってんだ。話によっては、ただじゃおかない」


(えー、こわっ。勝手に境内の花を使ったからってそんなに怒らなくても。誰のものでもないんだし)

「えっと……ごめん? わざとじゃなかった」

一応、謝っておく。大人の常識? だから。


「っ……本気なのか」

何が、と思いつつも曖昧に頷く。


「仕方ないよ。恋愛なんてまともにしたことがないし、これしか方法がなかったんだ」

「やめておけ。どうせ失敗する」

「やってみないとわからない」

「…………」

「…………?」

「…………はぁ」

 短い沈黙の後、柊は呆れたようなため息をついて、僕の横に腰を下ろした。そのまま流れるように、手の中の花を取り上げる。


「試さなくてもわかる」

「……なんで」

「不器用でド天然。思考が一方通行で短絡的。表面しか見てない。裏を読めない。何も考えずに突っ走る。無茶ばっかりする。トラブルしか持ち込まない」

悪口一つにつき、花びら一枚。ついでに、「きっとすぐに見放される」と軽口のオマケ付き。おかげで紫陽花は、あっという間に茎だけになってしまった。


「なんでたかが占いごときでそんなこと言われなきゃいけないわけ!? べ、べつに……それで困ってるわけじゃ……」

振り上げた腕から自信が消える。だって、思い当たる節はいくつもあるから。


「わかっただろ。その分、俺が苦労しているんだ。葵といると命がいくつあっても足りない」

(本当のことだからって、そこまで言わなくても)

 うつむきかけたその時、頼りなく下がった腕を掴まれた。


「──俺意外なら、きっと嫌になって見捨てる」

「柊……っ」

落ち込んだ空気が、途端に柔らかくなる。なんだよ。良いとこあるじゃないか、と本気で見直した。


「ってわけで、その恋は諦めろ」

一人感心していると、余韻に浸る間もなくバッサリ。


「どういうこと?」

「恋人の話だろ」

「何それ」

いつからそんなキャピキャピした話に……。


「だってその花占い、葵のものだろ」

「……え」

「え?」

「…………」

「…………」

「これ、参拝者の……」

「はあ? 葵のじゃないのか」

なるほど。どこかしこで感じていた違和感はこれか。


「そんなわけ。こんな隠居生活のどこに出会いがあるって?」

「当たり前だ。……俺がそうさせたんだから」

「え、今なんて」

なんだろう。今、聞いてはいけないことを聞いてしまったような。恐る恐る柊の顔をうかがえば、「何が?」と優雅に笑み返されるだけで、教える気はないらしい。


(まあいいか。そんなことより──)

「なんで縁結びの神様じゃないのかなぁ」

「またそれか」

「だって、今時流行らないよ? こんな雨を降らせるしか能のない水神なんて」

今はもう、その力さえ危ういけど。
そりゃ誰にだって得手不得手はある。僕の場合、恋愛運がこれっぽっちも無かっただけの話。
対して縁結びの神々はどうだろうか。みんな美男美女でキラキラ、モテモテ。


(あんな陽キャ生活、普通に羨ましい)

「そこまで言うなら、俺を正式な、、、神使にすればいい。そうすれば通力つうりきでやりたい放題だ」

柊がひらひらと手を彷徨さまよわせると、床に散らばった花びらが茎に集まり、元通りになった。
 僕たちの生命力の源──通力。これを得るには、二つ方法がある。一つは信者からの信仰心。もう一つは、神使を迎えること。けれど僕は知っている。柊が言った後者は、想像以上に淫らな行為だということを。


「っ、絶対に嫌だ!!」

他人の恋愛成就のためだけに、この身を差し出すだなんて……虚しすぎる!


「あっそ。ならこんなくだらない話は聞くな。どうせ葵には、それに足る力が無い。それとも俺が耳を塞いでてやろうか?」

「そんなことしたら経営が傾く」

「神が経営とか気にしたらダメだろ」

「いや。このご時世の神業界は大変だよ。大物以外は、信者の取り合いで躍起。それに、こんなちっぽけな町の弱小神社なんて、いつ取り壊されてビルとか住宅街が建つか」

三日前の朝刊の見出しにあった『子会社倒産』が脳裏をよぎってゾッとする。


「さすがに、そんなことにはならないと思うが」

柊が鼻で笑った。


「そんなこと言って、『なんでも屋』の方も……なかなか依頼が来ないし」

信者も金も無く、すっかり信仰心を失った神社の行く末なんてたかが知れている。そこで思いついたのが、『なんでも屋』だった。
生きるためには、神自らが稼ぐ時代になったんだ! ……なんて、意気込んでいたのは最初だけ。
これまでの苦悩を思い返すと、ため息が漏れる。


「だから言っただろ。絶対に上手くいかないって」

「そう言われたから、夜間警備とかコンビニ店員とか、色々案出した」

全部反対されたけど。


「できると思って言ってないだろ。身の丈にあったことをしろ」

「それくらいなら、僕にだって」

むくれて近くに落ちていた新聞紙を破る。そしてそれを軽く投げ捨てた。


「ゴミを増やすな!」

「いだッ」

すかさず容赦ない一撃が頭に振り下ろされる。


「物を粗末にするな」

「だったらまず、主人を労われ!」

「それは俺を神使にしてから言うんだな」

「うぅ」

まったくその通りで、言い返す言葉もない。彼はいわゆる、アルバイトの身だし。


「で、ヤル気になったか?」

顎を持ち上げられて、強引に視線を合わせられる。


「その怪しい言い方はやめろ。言っておくけど、あんなプライバシーもへったくれもない契約なんか絶対に、認めない」

そう言って顔を背けようとした時、視界の端に気になる記事を見つける。ビリビリに破いてしまったせいで、詳しい内容までは読み取れないが、目を引く文字が。


「──『連続失踪事件』」







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