皇帝が愛したエスクワイア

無名

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3 皇帝ティニアスとナルセウス

しおりを挟む
「ペルセウスよ。この者が俺の新しい従騎士というのか?」

「はい」

 将軍のペルセウスは、重々しい鎧を着ている。動きが鈍いが、ゆっくりとティニアスに頭を下げた。

「ナルセウスと言ったな。顔を上げよ」

 ティニアスは今、執務室の椅子に座り、ナルセウスとペルセウスの前にいる。声をかけると、ナルセウスはゆっくりと顔を上げた。

 ナルセウスの目は潤んでおり、唇はピンクで顔は上気している。中性的ではあるが、とても妖艶な表情をしている。

「うっ。ナルセウスよ。貴様なぜ俺の寝所に忍び込んだ? 暗殺者を始末したのは尊敬に値するが、なぜ許可もなく俺のベッドで寝ていた」

「私は従騎士です。どんな時もご一緒します」

 ナルセウスには話が通じない。従騎士というものがよくわかっておらず、皇帝のそばにいればいいと思っている。

「ペルセ。これはどういうことだ。この者は従騎士がよくわかっていないのではないか?」

「申し訳ありません。何分、田舎貴族ゆえ、教育が行き届いておらず……」

 ぺこぺことベルセウス将軍は頭を下げる。逆にナルセウスはふんぞり返っている。

「ナルセウスよ。お前の有能さは昨日の暗殺者でよくわかった。戦闘力は高いようだ。将軍が用意した人材であるし、信頼もできる。俺はペルセウス将軍を第二の父と思っているからな」

「は! ありがたきお言葉!!」

 ペルセウスは涙目で喜んでいる。

「だが! 朝の貴様の行いは目に余る! 俺の指を舐めるとは何を考えている!?」

「いや、ティニアス様から花のようないい匂いがしたので……」

 ティニアスは毎日風呂に二回は入る。バラやラベンダーと言った花を湯に浮かべ、風呂を楽しむ。

「確かに俺は風呂を好んで清潔にしているが、いくらなんでもありえんだろう……」

「申し訳ありません! この失態はきつく言いか聞かせておきますので、なにとぞご容赦を!」

 将軍は執務室の絨毯に頭をこすり付け、許しを乞うている。

「いや、俺はその程度で処罰はせん。暗殺者の件もあるし、ナルセは命の恩人だ。多少頭がおかしいのは良しとしよう」

「ははぁ! ご寛大な処置、ありがとうございます!」

 将軍は床に頭をこすり付けているが、隣にいるナルセウスはふんぞり返ったままだ。どうやらナルセウスの頭はぶっ飛んでいるらしい。皇帝を前にして恐れない農民娘はまずいない。

「ナルセウス。俺には他に従騎士のクロムがいる。そいつは私の命令によく背く男だ。今日の朝もいなかった。本当は解雇してやりたいところだが、宮内での俺の権力は無いに等しい。将軍の部下を通さないと、何も命令出来ん」

 一応、皇帝の勅命を発動すれば解雇は可能だが、手続きが面倒くさい。

「お前がどんな男かは分からんが、俺の力になってくれ。そして、今後指は舐めないと誓ってくれ」

「は! 命の限り、お尽くしいたします!」

 ナルセウスは深々と頭を下げる。

 ティニアスがナルセウスを男と呼んだあたり、まだナルセウスが女とは気づいていない。

「よし。この話は以上だ。ペルセウスは下がれ。ナルセウスに仕事を任せたいことがある」

「かしこまりました。ではナルセウス。くれぐれも粗相のないようにな」

「はっ!」

 ナルセウスは大きな声で返事をするが、何を考えているか分からない顔をしている。これが農民娘のする顔とは思えない。

 何度も頭を下げつつ、将軍は執務室を退室した。残されたティニアスとナルセウスは、少し気まずい雰囲気になる。

「お前の履歴書を先ほど渡されたが、分からないことがある」

「はっ。どの部分でしょうか?」

「得意なことに、料理、裁縫、乳搾りとあるが、この乳搾りとはなんだ?」

「それは牛の乳を搾ることでございます。私はものすごく速く牛の乳を搾れます」

 ナルセウスの顔はドヤ顔だ。牛の乳搾りが得意技らしい。

「お前の家には、牛がいたのか?」

「それはもう、何頭もいました」

「……どうやら、とんだ野生児を見つけたようだな。将軍は……」 

 ナルセウスは「今度お見せしましょう」と無い胸を張っている。

「お前のその美しい顔と、放たれる言葉の数々に、驚きを隠せんよ。まぁいい。とにかく、俺の世話を頼むぞ。それから、書類整理が終わったら風呂に入る。準備しておけ」 

 ナルセウスは風呂と聞いてよくわからなかったが、「かしこまりました」と返事をした。

 これがよくなかった。

「では、そこで待っていろ。そのテーブルにあるクッキーは食べていいから、静かにしていろ」

 ナルセウスはクッキーと聞いて飛びついた。もぐもぐむしゃむしゃ食べ始める。

 皇帝はその野蛮さを見てがっかりする。貴族はこんな物乞いのような食べ方はしない。

「お前は本当に従騎士の訓練を受けたのか? 美しいのは顔だけか?」

 男と偽っているナルセウスだが、中身が女とは思えない行動をする。乙女心はあるようだが、それよりも食欲がまさっていた。貧しい農民だったので、仕方のない行動だった。将軍がナルセウスを見つけたのもつい最近だったので、教育が間に合わなかった。

「まぁいい。風呂の用意は忘れるなよ」

「は。もぐ。用意しておきます。もぐもぐ」

 リスのようにクッキーを頬ぼるナルセウスだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...