皇帝が愛したエスクワイア

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1 エスクワイアのナルセウス

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 魔導の国、アルメリア帝国は渦中にあった。

 現皇帝がペストで亡くなったのだ。ペスト(黒死病)の猛威はすさまじく、皇帝は特効薬の製造を命じたが、発明される前に多くの者が死んだ。

 アルメリア帝国の皇帝ティニアス一世も、特効薬が間に合わず、志半ばで亡くなった。

 周辺諸国との小競り合いもあり、後宮の派閥争いも激化している。アルメリア帝国はカオスを加速させていた。

 皇帝が亡くなってから数週間。ようやくペストの猛威も終息を見せ、新しい皇帝が即位することになった。

 それは皇帝の長子(長男)である、ティニアス二世だった。

 彼は若干14歳で皇帝に即位することになったのだ。彼は剣も頭も魔法も出来たが、人間関係は苦手だった。その後ティニアス二世は派閥争いに巻き込まれ、皇帝の継承権ある者たちから命を狙われることになる。

 この物語は、そんな彼のもとに、一人の騎士が現れたところから始まる。

 
                    ◆◆◆
 

 カーテンの隙間から朝の陽光が入り込み、鳥たちの大合唱が聞こえる。

 暖かな気温で、天気も良い。

 ティニアスはその日の朝、普通にベッドで目を覚ました。

 重い瞼を開くと、いきなりため息をついて、体を起こす。

「今日も憂鬱な日が始まりそうだ」

 外は穏やかな天気だというのに、ティニアスの顔は曇ったままだ。朝から気分が重く、ベッドから出るのが億劫だった。

「父上が黒死病で死んでからというもの、毎日が楽しくない」

 皇帝の立場を狙い、毎日のように繰り広げられる腹芸の数々。一言でも間違えれば揚げ足を取られる日々。食べ物も毒見役が食べてから回ってくるので、冷たい飯ばかり。友人もおらず、母からも嫌われ、唯一の臣下は将軍のペルセウスのみ。

「はぁ。がっかりする」

 ティニアスは手を叩くと、誰かを呼んだ。

「おい! 服を用意しろ!」

 身の回りの世話をする従騎士を、大声で呼ぶ。 

 ベッドの上から叫ぶが、誰も返事をしない。普段なら皇帝を警護する騎士が部屋の外で待機している。しかも朝になっているのなら、従騎士が必ずいるはずだ。

「なんだ? 今日は誰もいないのか? ついに俺へ愛想を尽かしたか?」

 クーデターを画策している叔父や、年の離れた弟にまで命を狙われている。我が強くわがままなティニアスは、臣下に好かれていない。民には好かれているが、臣下には嫌われている。

「ちっ。服はどこにあるんだ? どうすれば着られる?」

 皇帝は自分の服がどこにあるかも知らない。身の回りの世話はすべて従騎士に任せている。

 ティニアスはゆっくりとベッドから出ようとすると、何か温かいものが足に触れた。

「ん? クエリが入り込んだか?」

 クエリとは、ティニアスが飼っている猫型の魔獣だ。猫に羽が生えた魔獣である。

「おい。ここには入るなとあれほど……」

 ティニアスは毛布をめくってみると、足の先にいたのはクエリではなかった。

「どわぁぁあああ! だ、誰だ貴様!!」

「おはようございます」

 ベッドの中にいたのは、中性的な顔立ちをした美少年だった。ティニアスもそれはそれはハンサムな顔立ちをしているが、目の前の美少年はそれを軽く凌駕する。サラサラの銀髪に、吸い込まれそうな青い瞳。彫刻のように整った顔立ちをしていた。

「だ、誰と聞いている! しかもどこから入った!! 俺のベッドに許可なく入るとは、殺されたいのか!!」 

「私は新しく従騎士(エスクワイア)になった、ナルセウスと申します」

 ナルセウスは、ティニアスの足に抱き着きながら、名乗りを上げた。おおよそ従騎士のとる行動ではなかった。不敬罪で殺されてもおかしくない。

「お前、何を考えている!? 足に抱き着くな! ここは皇帝の寝所だぞ!」

「はい。だから一緒に寝て、皇帝をお守りしていました。ほら、そこの壁際に暗殺者がいるでしょう? 私が始末しておきましたよ」

「なんだと?」

 ティニアスは壁の方を見ると、暗殺者と思われる男が二人、泡を吹いて倒れている。

「な!? こいつらは!?」

「暗殺者でしょう。皇帝の命を狙ってきたのです」

「なんだと。ばかな。こいつらはこんな堂々と狙ってきたというのか!?」

「堂々と? 暗殺者なので忍び込んできましたよ? よくわかりませんが、私が始末しておきました」

 ナルセウスはティニアスの股間に顔をうずめ、すりすりしている。

「や、やめろ! い、いったい何が起きているんだ! くそ! いったい誰だ貴様は!」

「はい。だから私は皇帝の従騎士、ナルセウスです」

 従騎士と名乗ったナルセウスは、ティニアスの足に縋り付くと、足の指を舐め始めた。

「な、なにをする!?」

「はい。足の指を舐めています」

「そんなことは聞いていない!」

「私は皇帝に忠誠を誓う騎士です。下の世話も、喜んでお世話いたします」

「ふ、ふざけるな! おい、誰か! 誰かいないか! こいつを捕まえろ!!」

 ティニアスは起きた時からとても憂鬱だったが、突如現れたナルセウスという美少年のせいで、にぎやかな朝となった。
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