精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-91 足引っ張りまくってるし?

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「ふーんだ、そんな風におっちゃんに意地悪ばっかり言うなら、こっちだって考えがあるもんねー」

 何をするつもりだ、と、オレ達のチームも、ベルのチームも、管理官達も、警戒しながらじとっとおっさんを見る。
 いや、ブレイデンだけは警戒していなかったかもしれない。「考えって、ロクでもないやつですか?」と首を傾げていたくらいだから。

「カンナともあろう人が、油断して負けっちゃったんでちゅねー」
「はぁ?」

 カンナさんの声が低くなり、眼光も鋭くなる。この物言い、腹立つよな!

「だーって、普段のお前なら一人でだって勝てるだろ? 勝てなかったって事は油断があったって事だ」

 何故かベルが「そんな事ないし」と怒っていたが、こちらはスルーされた。カンナさんのファンとしては、聞き捨てならなかったのかもしれない。

「ま、ブレイデンきゅんが弱くて弱くて仕方がないのはいつもの事としてー」
「俺の体重奪った人に言われたくないです」
「その件に関してはマジでごめん。おっちゃんが悪かった」
「つーん」

 このおっさん、人の体重を奪う能力でも備わってんの? こっわ。
 テロペアが「やばすぎー」と言っていたので、もしかしたら何か事情を知っているのかもしれない。具体的には、あのおっさんが人の体重を奪う方法とか、条件とか、道具とか。

「え、えーっと、ブレイデンは仕方がないとしても? ブレイデンについてたのは百戦錬磨っぽいカンナと、いつもは大変お仕事が出来てお強ぉいクレソンだろ? お前ら二人が付いていながら負けた、ねぇ。ぷっ、はーずかしっ!」

 クレソンさんは非常に腹立たしかったようで眉間に皺をよせ、カンナさんも非常に腹立たしかったようでずかずかと近寄ると、ボコボコと腹を狙って殴り始めた。ついでとばかりにブレイデンもちょろちょろっと近づくと、平手でぺしぺしとおっさんの腕を叩きながら「アキメネスさん、意地悪するから腐らせちゃいますよ」と恐ろしい事を言った。

「そうそう。犯罪者が意地悪言いやがったので、腐るまで殴りますよ」
「いてててて、痛ぇから! おいカンナ、本気で殴んな。おっちゃん、明日痣になってたら今日の事を思い出して興奮するだろ!」

 興奮、という恐ろしい言葉に反応してか、カンナさんは殴るのを止め、ついでにブレイデンの手も確保しておっさんから離れる。

「……次は絶対、油断しません」

 腹に据えかねたらしい、とっても低くて怖い声だった。

「うんうん、次は頑張るんでちゅよー……って!」

 わざとらしい声援に、今度は一発向う脛を蹴ると、彼女は「ふん」と大きく鼻を鳴らす。わかる、凄く腹が立つよな!

「悪かったってば」

 おっさんは肩を竦めると、くるっとジギタリス達の方へと向き直った。

「んじゃ、お前らも油断して無様に負けんなよ」

 言われたの、オレじゃないけど腹立つなぁ! わざわざ挑発的な言い方しなくてもいいのに。
 しかし、案外憤慨した人数は少なかった。ジギタリスは無視し、得体のしれない男は「はいはーい」と生返事。怒ったのはカラーだけのようだが、一応上司達に倣ってぐっと言葉を飲み込んでいるようだ。
 眉間に、定規を何本か挟める程の深い皺をよせ、無理やりに口の両端を引き結んでいる。

「と・く・に。カラーちゃんは気をつけなきゃ駄目でちゅよー。ずーっと見てるけど、お前、足引っ張りまくってるし?」
「テメェに何がわかる!」

 文句など言うまい、と言う顔をしていたカラーだが、二回目はスルー出来なかったようだ。誰が聞いても不機嫌だとわかるピリピリとした声で怒鳴りながら、掴みかかる。

「あーん、怖い怖い。おっちゃん、興奮しちゃう」
「カラーさん! すぐに手を放して下さい!」

 余裕綽々のおっさんに掴みかかり続けるカラーを、ジギタリスが必死に引っぺがした。

「アキメネスさんも。こんなところで油を売っていないで、とっとと仕事に戻って下さい!」
「あ! じゃあ、俺が一緒に仕事に戻ります!」

 ジギタリスはカラーを掴んだまま、おっさんを睨みつけた……時だった。横で様子を見ていたブレイデンが、この場にそぐわない程軽い声で片手を上げたのである。

「ほら、アキメネスさん。可愛い部下が一緒にお仕事してあげますから、部外者のアキメネスさんはここから出ていきましょうね」

 こいつ、マイペースだマイペースだとは思ってたけど、どっかネジが飛んでるのか?

「ブレイデンが心配だから、アタシももう行くね。ジス、頑張ってね」
「私もここで失礼します。皆さん、怪我の無いよう、お気を付けて下さい」

 さっきまで散々「汚いから」と言われていたおっさんの服の袖を握って出ていくブレイデンを追って、カンナさんとクレソンさんが簡単に挨拶をして部屋を出ていった。
 いや、え? ブレイデン、あいつ、頭大丈夫か?
 パタン、と扉が閉まると、ジギタリスがカラーを開放する。

「あの人の相手はするだけ無駄ですよ」
「うるせー! お前には関係ねぇだろ!」

 今度はジギタリスが掴みかかられる番だ。カラーに制服の襟をグイっとされても、ジギタリスは顔色一つ変えずに「さすがにこれは」と苦言を呈した。

「仲間割れは止めて下さいぃ」

 得体のしれないやつは、それを必死に宥めようとしている。もう、滅茶苦茶だ。

「そろそろ時間なのですが……」

 大会スタッフが、非常に言い難そうに声を掛ける。

「えーっと、じゃあ、オレ達は席で応援してるから! 三人とも頑張れよ!」
「あ、ああ。そうだな」
「しょうだね。いちおーがんばゆ」
「俺も頑張る」

 試合が始まるまでここに居続けるわけにもいかない、と、ベル達に声援を送ってから、ディオンとラナと一緒に会場を後にした。
 全員、「何だこの状況」と思っているのが、ありありとわかる。ちょっと尻すぼみな応援になってしまった。
 死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出るかも、って日なのに、本当にこんなんでいいのかなぁ。
 オレは腑に落ちないまま、エーアトベーベン兄弟と一緒に、所長達の待つ席に移動したのだった。

   ***

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