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三章
3-83 犠牲は最小限で
しおりを挟む「カサブランカ様から言付けを預かってきましたよ」
でた! 言付けお兄さん再び!
「大会は続行で。死を刻む悪魔をそのままにしていたら、どの道いつかは犠牲者が出るんだから、確実に現れると分かっているこの機会を逃す手はないってね」
「市民に被害が出る可能性があるんだぞ!」
「今回捕まえられなければ、どの道被害は出るんですよ。多少の犠牲は覚悟しないと何も出来ないですって」
リリウムさんとクレマチス様は、どこか気安い様子で言い合う。正確には、クレマチス様がカサブランカ様の意見に真っ向から対立している状態だ。
「犠牲は最小限で。その方がいいでしょう?」
「最小限にするためにも中止にすべきだと!」
「いやいや、それじゃあ最小限にはなりませんよ」
リリウムさんは、まるで上司にする表情ではない顔で笑う。鼻で笑う様子が、凄く感じが悪い。
そっくりさんの男はずっと微妙な顔をし、モルセラなど、今にもキレて飛び掛かりそうな雰囲気だ。
「だって、あいつが捕まらない限りはずーっと人が殺され続けるんですから」
そりゃあ、そうだけどさ。多分この場の全員が思っただろう。
「わざわざ出ますよー、って言ってくれてる今回がチャンスじゃないですか。もしも捕まえられなくても、手の内を見られるかもしれないですし」
「しかし――」
「っていうのが、カサブランカ様の意見なので?」
なんだろう、この疑問形が腹立たしい。
「選手は、どうする。さっきバンクシアが管理官だけでやれば、というような事を言っていたが」
「それ、何か意味あります?」
……え? バンクシアさんの意見とも違うの?
「罠だってわかってる屈強な男達の中に、入ってきますかね?」
「は?」
「管理官はスペシャリスト。一般人は一般人」
屈強な男達の中に入るか、という意見に関しては、オレがもし死を刻む悪魔だったとしたら「はいらない」と答えただろう。だから、一応わかる。
でもこれって、一般参加者のオレ達に危険は及ぶかもだけど知らない、って言ってるような物じゃないか?
「一般参加者って、大会の穴みたいなものなんですよ。その穴があるから、死を刻む悪魔は入りたくなったんじゃないんですか?」
「そうとも言いきれないだろう」
「でも、そうじゃないとも言い切れない」
そうだけど!
「とにかく、現状のまま、大会は続行で」
リリウムさんはここで、断言してしまった。カサブランカ様からの言付けだとはいえ、これは「絶対続行してこい」って言われてきた人の反応なんじゃないか?
そうでもなければ、一緒に入ってきたそっくりさんがずっと複雑そうな顔である理由にはならない。
「中止する気はない。絶対に大会はそのまま続行させて来い。と、いう、カサブランカの意見か?」
「ですです。カサブランカ様からそう言付かってるんですよ」
かなり軽い調子で、リリウムさんは返す。
仮にも王族にさ、「ですです」は、さすがにオレでもやらないんだけど。シアだったらやるかもしれないけど。
こういうところが、カサブランカ様との異母兄弟説に繋がっているのではないだろうか。
「……ウィリアム。君の意見は?」
「あー、えーと……」
そっくりさんはウィリアムというらしい。彼はしばし言いよどんだが、両肩と頭に乗っているヴニヴェルズムに『ウィリアム、がんばって』『きんちょうしないで』『こわくないよ』と応援され、言葉を選ぶように口を開いた。
ヴニヴェルズム、可愛い。
うちのツークフォーゲルときたら『クルトにもおなじようにしてやろうか?』とか『クルトおとなしくできてえらーい』だとか、ちょっと挑発的だ。エーアトベーベンは『あれ、ウザくね?』と言っているので、まぁ、正直ツークフォーゲルの方が可愛げがあるんだな、と思ったわけだが。
「自分とライリーとしては、あんまり、続行に対して好意的ではない、ん、ですけど」
チラチラとリリウムさんを見ながら、本当に言い難そうに続ける。まぁ、カサブランカ様から言付けを預かってきた人を前に、真っ向から否定は難しいよな。
ドアの方にいたモルセラが「主人に歯向かうのか」とかぼそぼそ毒づいていたところを見るに、ウィリアムさんもライリーさんと同じ立場か、近い位置の人なのだろう。ますますもって、否定の言葉は言い難そうだ、と、同情する。
「ただ、カサブランカ様のお考えを覆せるほどの代案も用意出来ないですし、そうなるとやっぱり従った方がいいのかなぁ。みたいなところはあります」
「覆せる代案があれば、中止でもいい、と」
クレマチス様が確認すると、直ぐにリリウムさんが「はい、そう言ってましたよ」と軽い調子で肯定した。
「でも、相手の出方がわからない以上、カサブランカ様の意見を覆すような素晴らしい代案って出ます? 中止にするならすぐに周知しなきゃいけないですし、交通機関のダイヤの修正もありますし」
リリウムさんの言っている事は、一見間違っている所は無い。ただ、なんというか、あまり「安全」っていう部分に重きを置いていないように感じるのだ。
どこか冷たく思えるこの案で、本当にいいのか? そして今更だが、報告をしに来ただけのオレ達の前でしてもいい相談なのか? これ。
「陛下は何とおっしゃっているか、分かる者は?」
「あー、はいはい。カサブランカ様が聞いてましたよ」
また出たよ、カサブランカ様。
オレの中ではリリウムさんとカサブランカ様とセットになっているせいか、あんまりいい印象を抱けなくなってきている。
「一番市民に混乱のない方法を取って欲しい。死を刻む悪魔に対する情報によってパニックに陥り、けが人が続出するような事態を避けられるのなら、そちらに判断をゆだねる。ですって」
どこまでも軽い反応のまま、陛下の言葉まで紡がれた。ヴニヴェルズムがウィリアムさんの近くで『いってたのー』『どうするの? だいじょうぶ?』『ぎすぎす、いやだよ』とか言っているので、別に嘘をついているわけではない。それはわかる。
でも、なんかな……なんだろう、この、腑に落ちない感じ。
「判断委ねられちゃったので、カサブランカ様は続行で推してこいって僕達に言ってました」
「いい方法が出ないなら、推し進めろと」
「そういう事です」
もはや話を振られたウィリアムさんは納得のいかない顔でだんまりを決め込み、クレマチス様とリリウムさんの一騎打ち状態になっている。
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