精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
189 / 228
三章

3-83 犠牲は最小限で

しおりを挟む

「カサブランカ様から言付けを預かってきましたよ」

 でた! 言付けお兄さん再び!

「大会は続行で。死を刻む悪魔ツェーレントイフェルをそのままにしていたら、どの道いつかは犠牲者が出るんだから、確実に現れると分かっているこの機会を逃す手はないってね」
「市民に被害が出る可能性があるんだぞ!」
「今回捕まえられなければ、どの道被害は出るんですよ。多少の犠牲は覚悟しないと何も出来ないですって」

 リリウムさんとクレマチス様は、どこか気安い様子で言い合う。正確には、クレマチス様がカサブランカ様の意見に真っ向から対立している状態だ。

「犠牲は最小限で。その方がいいでしょう?」
「最小限にするためにも中止にすべきだと!」
「いやいや、それじゃあ最小限にはなりませんよ」

 リリウムさんは、まるで上司にする表情ではない顔で笑う。鼻で笑う様子が、凄く感じが悪い。
 そっくりさんの男はずっと微妙な顔をし、モルセラなど、今にもキレて飛び掛かりそうな雰囲気だ。

「だって、あいつが捕まらない限りはずーっと人が殺され続けるんですから」

 そりゃあ、そうだけどさ。多分この場の全員が思っただろう。

「わざわざ出ますよー、って言ってくれてる今回がチャンスじゃないですか。もしも捕まえられなくても、手の内を見られるかもしれないですし」
「しかし――」
「っていうのが、カサブランカ様の意見なので?」

 なんだろう、この疑問形が腹立たしい。

「選手は、どうする。さっきバンクシアが管理官だけでやれば、というような事を言っていたが」
「それ、何か意味あります?」

 ……え? バンクシアさんの意見とも違うの?

「罠だってわかってる屈強な男達の中に、入ってきますかね?」
「は?」
「管理官はスペシャリスト。一般人は一般人」

 屈強な男達の中に入るか、という意見に関しては、オレがもし死を刻む悪魔ツェーレントイフェルだったとしたら「はいらない」と答えただろう。だから、一応わかる。
 でもこれって、一般参加者のオレ達に危険は及ぶかもだけど知らない、って言ってるような物じゃないか?

「一般参加者って、大会の穴みたいなものなんですよ。その穴があるから、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルは入りたくなったんじゃないんですか?」
「そうとも言いきれないだろう」
「でも、そうじゃないとも言い切れない」

 そうだけど!

「とにかく、現状のまま、大会は続行で」

 リリウムさんはここで、断言してしまった。カサブランカ様からの言付けだとはいえ、これは「絶対続行してこい」って言われてきた人の反応なんじゃないか?
 そうでもなければ、一緒に入ってきたそっくりさんがずっと複雑そうな顔である理由にはならない。

「中止する気はない。絶対に大会はそのまま続行させて来い。と、いう、カサブランカの意見か?」
「ですです。カサブランカ様からそう言付かってるんですよ」

 かなり軽い調子で、リリウムさんは返す。
 仮にも王族にさ、「ですです」は、さすがにオレでもやらないんだけど。シアだったらやるかもしれないけど。
 こういうところが、カサブランカ様との異母兄弟説に繋がっているのではないだろうか。

「……ウィリアム。君の意見は?」
「あー、えーと……」

 そっくりさんはウィリアムというらしい。彼はしばし言いよどんだが、両肩と頭に乗っているヴニヴェルズムに『ウィリアム、がんばって』『きんちょうしないで』『こわくないよ』と応援され、言葉を選ぶように口を開いた。
 ヴニヴェルズム、可愛い。
 うちのツークフォーゲルときたら『クルトにもおなじようにしてやろうか?』とか『クルトおとなしくできてえらーい』だとか、ちょっと挑発的だ。エーアトベーベンは『あれ、ウザくね?』と言っているので、まぁ、正直ツークフォーゲルの方が可愛げがあるんだな、と思ったわけだが。

「自分とライリーとしては、あんまり、続行に対して好意的ではない、ん、ですけど」

 チラチラとリリウムさんを見ながら、本当に言い難そうに続ける。まぁ、カサブランカ様から言付けを預かってきた人を前に、真っ向から否定は難しいよな。
 ドアの方にいたモルセラが「主人に歯向かうのか」とかぼそぼそ毒づいていたところを見るに、ウィリアムさんもライリーさんと同じ立場か、近い位置の人なのだろう。ますますもって、否定の言葉は言い難そうだ、と、同情する。

「ただ、カサブランカ様のお考えを覆せるほどの代案も用意出来ないですし、そうなるとやっぱり従った方がいいのかなぁ。みたいなところはあります」
「覆せる代案があれば、中止でもいい、と」

 クレマチス様が確認すると、直ぐにリリウムさんが「はい、そう言ってましたよ」と軽い調子で肯定した。

「でも、相手の出方がわからない以上、カサブランカ様の意見を覆すような素晴らしい代案って出ます? 中止にするならすぐに周知しなきゃいけないですし、交通機関のダイヤの修正もありますし」

 リリウムさんの言っている事は、一見間違っている所は無い。ただ、なんというか、あまり「安全」っていう部分に重きを置いていないように感じるのだ。
 どこか冷たく思えるこの案で、本当にいいのか? そして今更だが、報告をしに来ただけのオレ達の前でしてもいい相談なのか? これ。

「陛下は何とおっしゃっているか、分かる者は?」
「あー、はいはい。カサブランカ様が聞いてましたよ」

 また出たよ、カサブランカ様。
 オレの中ではリリウムさんとカサブランカ様とセットになっているせいか、あんまりいい印象を抱けなくなってきている。

「一番市民に混乱のない方法を取って欲しい。死を刻む悪魔ツェーレントイフェルに対する情報によってパニックに陥り、けが人が続出するような事態を避けられるのなら、そちらに判断をゆだねる。ですって」

 どこまでも軽い反応のまま、陛下の言葉まで紡がれた。ヴニヴェルズムがウィリアムさんの近くで『いってたのー』『どうするの? だいじょうぶ?』『ぎすぎす、いやだよ』とか言っているので、別に嘘をついているわけではない。それはわかる。
 でも、なんかな……なんだろう、この、腑に落ちない感じ。

「判断委ねられちゃったので、カサブランカ様は続行で推してこいって僕達に言ってました」
「いい方法が出ないなら、推し進めろと」
「そういう事です」

 もはや話を振られたウィリアムさんは納得のいかない顔でだんまりを決め込み、クレマチス様とリリウムさんの一騎打ち状態になっている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...