精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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二章

2-7 態々敵を強くする趣味はない

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「それでは、お名前をお願い致します」

 ジギタリスは新しい調書を取り出し、スティアに向き直った。

「ツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルだ」
「ありがとうございます」

 彼は礼を言った後、改めてオレにやったように、精霊石や精術の確認、武器無しでの精術の威力、武器の計測等をした。

「では、そろそろ実践と行こうか」
「そうですね」

 ジギタリスは相槌を打つと、サーベルを拾う。

「模擬戦中に必ず精術を使うよう、お願い致します」
「ああ、分かった」

 スティアは頷き、ジギタリスと距離を取ってレイピアを構えた。

「あの、私に二本使え、等とは……」
「言わないな。私はどこかの馬鹿と違って、態々敵を強くする趣味はない」
「どこかのバカとはなんだー!」

 オレはお前の兄だぞ。兄を敬う心は、この妹には備わっていないのか。

「おっと、流石の馬鹿も自覚はあったのか」
「何だとコラー!」

 スティアはちらっとこちらを見て、鼻で笑う。クソ! この妹め!

「ところでクルト」
「何だよ」

 若干気分を害しながらも返事をすると、スティアはあきれ返った顔をした。

「私はお前が戦っている時、集中力が削がれぬようにと配慮をして大人しくしていたのだが」
「おう」
「お前は配慮も出来ないのか? この馬鹿が」

 またバカって言ったー!
 で、でも、まぁ、集中できないのは確かだろうし……。

「うー……」

 オレが呻くと、その内にとばかりにスティアが早口かつ小声で呪文を唱える。
 え、嘘だろ、こいつまさか――

「この場に砂の壁を」

 最後の一節でジギタリスの方へと身体の向きを変えると、精術を彼へと向けた。
 精術によって吹き荒れる風に、煽られて舞い上がる大量の砂。砂嵐のような光景は、まさに「砂の壁」と呼ぶにふさわしい。

「あいつの場所を教えてくれ」
『がってんしょうちー』
『まっすぐー、まっすぐー』
『そしてみぎまがり!』

 視界を奪われたのはスティアも同じだが、こいつには精霊の声が聞こえる。精霊の声を頼りに、スティアは出来るだけ重心を低くしながら駆けていく。
 そうしていると、オレの方からもスティアは見えなくなった。が、しばらくすると金属の触れ合う音が届いた。
 と、そう時間もかからず、スティアはじりじりと下がって戻ってきた。お帰り、オレの見える場所へようこそ。
 その頃には大分土ぼこりも止んでいた。砂の壁の奥から、大男がこちらに向かっているのが確認できる程度に。

「あー、なんだその、参った参った。思った以上に厄介だった」

 スティアはジギタリスと距離を取りながら、降参といった様子で軽く手を上げた。

「ありがとうございます」
「ほらな、スティア! オレとお前と大差ないじゃんか!」

 オレがスティアに声をかけたとき、ふと違和感を覚えた。えーっと……あ! こいつ、また早口小声呪文コース!
 うっわー、こいつ――

「あいつに突風を」

 呪文の詠唱を終えやがった!
 直ぐにジギタリスへと突風が向かうが、彼は然程気にする様子もなく……それどころかあのでかい身体からは想像も出来ない程の速度で突風を避けて、スティアとの距離を詰める。

「ああ、参った。今度こそ降参だ」

 詰めたと思った次の瞬間には、スティアの喉元にはサーベルの切っ先が突きつけられていた。

「はい、お疲れ様です。ご協力、感謝致します」

 スティアの降参の言葉に反応し、ようやっとジギタリスはサーベルを鞘へと納める。
 ――が、その瞬間にスティアはレイピアで斬りかかった。
 ジギタリスは即座に避け、サーベルを再度抜くと、今度はスティアのレイピアをサーベルで叩き落とす。その上でもう片手でスティアの利き手である右手首を掴む。

「ふむ、これでもダメだったか。流石にもう本当に降参だ」
「ご協力、ありがとうございました」
「スティア、お前ずるいだろ!」

 卑怯にもほどがある! あーもう、オレがむかむかする!
 オレが怒りを全身で表しながらスティアに近づくと、ジギタリスはようやっと手を解放し、サーベルを仕舞った。

「いやいや、私とあいつとでは天と地ほどの体格の差があるのだ。このくらいしてもいいだろう」
「そうですね。これも立派な戦略の内です」

 嘘だろ!? ジギタリスが肯定した!
 スティアがニヤッと笑ってから武器を取りに行っている間に、ジギタリスはスティアの調書に評価を書き込んだ。
 オレはこっそり近づいて、もう一回背伸びして覗き見る。
 スティアの評価は、っと……『B』! 嘘だろ! 何でだよ!

「納得いかない! 何でオレはC+で、スティアはBなんだよ!」
「あれも戦略の一つですし、精術を有効なタイミングで使っていたからです」
「むあー! ほんっっっとに、納得いかねー!」

 スティア、あっさり負けてたのに。粘ってただけで負けてたし、オレは二本使わせたのに!

「どうだクルト。どうやら私の方がお前よりも強いようだぞ」
「んなワケねーし! 絶対オレのが強いし!」
「いやいや、現実を見た方がいい。少なくとも調書の上では私の方が出来るようだぞ」

 スティアはふふんと鼻を鳴らす。腹立つー!

「お、お、オレだって、お前に勝てる部分とかいっぱいあるし!」
「例えばどこだ?」

 スティアは手にしたレイピアを精霊石に戻してから、人を小馬鹿にした表情で尋ね返した。

「……きょ、胸囲」
「ほう、死ぬ覚悟は出来ているようだな」
「うっせーよ! バーカバーカ!」

 凄く冷たい声を出されたが、別に怖くなんかない。今は全然怖くないったら怖くない!

「人の肉体で言うのなら、私だってお前よりも背が高いぞ」
「オレの方がお前より筋肉ムキムキだしー!」

 オレは自分の腹や足についた筋肉を思い出しながら言い返す。
 別にスティアの裸を見てるわけじゃないが、これは確実だ。だって、オレの方が服のサイズ大きいし! この前制服を作った時の胸囲のサイズも、オレの方が上だったし!

「私の方がお前よりも貯金がある」
「オレの方が、オレの方がっ!」
「あの、調書を進めても?」

 二人で言い争いを続けていたが、ジギタリスに声をかけられてハッとした。そうだった、調書を取っている途中だった。

「このままここで済ませてもいいのか?」
「いいだろ。何でも屋、今は人まみれだし」
「人まみれならここで済ませよう」

 オレとスティアとで簡単に決めると、ジギタリスは表情一つ変えずにオレ達を見る。

「お二人がそれでよろしいのであれば」

 こいつの返事を聞いて、オレとスティアは頷く。そして、アーニー達にしたような質問を、今度はオレ達がされる事になったのだった。

***


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