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しおりを挟む瞳を開けた彼は、少しぼんやりとしているようだった。
だが、箱に入っていた痛み止めをしっかりと投与しておいたおかげか、激しい痛みに呻くような事も無い。
「おはようございます。私のウサギさん」
「おは、よう。……ウサギ?」
最初とは、まるっきり立場が反対になってしまった。私は努めて優しい笑みを浮かべながら彼に「私がアリスなら、貴方はウサギかと思いまして」と続ける。
しっかりした思考回路ではなさそうだが、「なるほど」と肯定的な言葉が帰って来たので、良い事にしよう。
「目覚めて早々ですが、スープを飲みませんか?」
「……少しだけ」
私は彼の処置をした後に作ったスープを、口に運ぶ。これからは大好きな彼のお世話を出来るのは、私だけだ。
「美味しいですか?」
「うん、美味しい」
ちゃんと具材のお肉とスープを一緒に運んでよかった。彼の大好物だから喜んでくれたのだろう。
「良かった! ウサギさんの大好きな物を入れたから、美味しくないって言われたら悲しくなるところでした」
「大好きな、物?」
「あれ? ウサギさん、足が好きですよね?」
「好き、だけど……」
彼の視線は下へ。そして、自身の足が殆ど無くなっている事に気が付いたのだろう。真っ青な顔で私の方へと顔を上げた。
「まさ、か」
「美味しかったでしょう? ほろほろになるまで煮込んだんですよ」
ちょっと時間はかかったが、彼はずっと眠っていたし、これからの人生の長さと比較すれば短いくらいだ。そんなに苦労してもいない。
ウサギさんは急に咽込み、今しがた口に入れた物を吐き出す。
「駄目じゃないですか。勿体ない」
「こ、これ……これ……」
私は彼の両頬を掴んで強引に私と目を合わせた。怯えて震えている姿が可愛らしい。
優しそうで綺麗な瞳は潤んで、キラキラとしている。彼が足を好きなのと同じように、もしかしたら私は瞳が好きかもしれない。
あの時足を舐められたように、私は強引に彼の眼球に舌を伸ばした。
涙のしょっぱい味と、どこか人間の匂いのような生臭さを感じて、ぞくっとした。この丸い、たった二つしかない物を、ゆっくりと愛でていこう。出来ればいつかは、私の物にしてしまいたいが、それは今すべき事ではない。
「次は、吐いちゃ駄目ですよ」
目玉も頬も開放して、私は彼に再度スープを差し出した。
ウサギさんは一度目を見開いてから、「はい」と、何かを悟ったようにぎこちなく微笑んだ。
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