言の葉ウォーズ

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
29 / 35

29

しおりを挟む
 まさか、こんな近くで阻まれるとは思わなかった。それが、百合の率直な感想だった。
 百合の前では、能漸が必死で上塗りしている。藤も新たなケシゴムを取りだして擦ってみているが、これに関しては黒い液体を伸ばしているようにしか見えなかった。
 乾いていないインクを、ケシゴムでこするとどうなるか、という話なのだろう。
「……どうすればいい?」
「とりあえずは後ろに居てくれ。今道を作る」
 能漸は、退色血《スミゾメ》を見据えながら百合に返した。
「行っても、いいの?」
「止めても行くのだろう?」
「そう、だけど」
 わずかに頷いた百合に、藤が笑う。
「ゆりりん、頑固っぽいもんねー。神様の予定では、ぼんやりした無気力系にしたかったみたいなんだけど」
「世の中、分からない物だな」
「それ、あんた達が言う?」
 四人でごちゃごちゃ行っている間にも、樒の退色血《スミゾメ》は近づき、掃除屋《シュウセイシャ》の二人へと牙をむいた。正確には牙など無い、粘度の高い液体なのだが。
「ほらほら、下がった下がった! ここは藤と先輩でどうにかしますよぉ」
「汚名返上をして見せよう」
 汚名返上出来るほど良い行いが出来るかは甚だ疑問だが、百合と茜音は下がった。そして、道が出来るのをじっと待つ。
「茜音も、行くんだよね?」
「嫌?」
「ん。だって、蓮夜に侵食されるかも。退色血《スミゾメ》、一杯あったから」
「そうよね。あたしだって、立場が反対だったなら止めたいって思ったと思う。本当は今だって止めたいし、ね」
 百合は、一応、というように茜音に尋ねると、想像通りの答えが返って来た。
「だけど、樒の件を放っておく事なんて出来ない。あたしの責任なんだから」
 茜音の目は、真っ直ぐ黒の向こう側の樒に向けられている。
「責任というのなら、止められない私達にも責任がある」
「ていうか、藤達の方が責任重大ですよぅ。あろうことか、メインキャラさんに大仕事を任せることになっちゃうんですから」
「それに関しては、全くだわ、と言わずにいられないわね」
「ん。もうちょっと頑張れ」
 喋りながらも戦う掃除屋《シュウセイシャ》二人に、茜音は苦笑いを浮かべ、百合は素直に応援した。この応援が、心を抉った可能性はあるが。
「……故に、こうして道を作り、退色血《スミゾメ》を消すくらいはしようかと」
「藤も、ちゃんとしようかなーって」
「……自信、喪失中?」
「…………」
 能漸は百合の問いには答えず、何度も退色血《スミゾメ》を塗り重ねる。段々と、退色血《スミゾメ》の色が白っぽくなってきた。藤もずっと擦っていたおかげで、ほんのり消えている場所も出て来た。
「今だ! 行け!」
 白くなったことで動きが鈍くなった、蠢く退色血《スミゾメ》を箒《フデ》の柄で散らすと、百合と茜音に言った。
 弾けるように彼女達は走り出し、鈍い退色血《スミゾメ》を掻い潜って蓮夜へと近づく。
 それに気づいた退色血《スミゾメ》は、百合と茜音へも牙を向いた。
「だー! もう! 相手はこっちだっつーの! です!」
 キレた藤は、地道な作業を止めて、石鹸《ケシゴム》を退色血《スミゾメ》へと投げつけた。
「石鹸《ケシゴム》石鹸《ケシゴム》石鹸《ケシゴム》石鹸《ケシゴム》!」
 周りに四つの石鹸《ケシゴム》を出し、次々に投げつける。ついでに樒に対しても。
「あぁ、もう。鬱陶しいなぁ……」
 樒が、低い声で唸るように呟いた。見ると、彼の直ぐ近くには石鹸《ケシゴム》が落ちている。彼(便宜上)としては、折角の「蓮夜との遊び」を妨害されていらいらしているようである。
「硬化して、遮断するよ。最初からそうすればよかった」
 そう言った瞬間、樒の足元に僅かに残っていた退色血《スミゾメ》も、百合や茜音に向かっていた退色血《スミゾメ》も、掃除屋《シュウセイシャ》二人に襲い掛かっていた退色血《スミゾメ》と合流した。
 それらは、蓮夜、百合、茜音、そして樒の四名の周りに高く薄い黒い壁を作り出す。
「しまった!」
 能漸が声を上げ、箒《フデ》を壁に打ち付ける。
 しかし、硬化した退色血《スミゾメ》の前では、まるで無意味だ。粘度がある蠢く存在だった時とは違い、硬い真っ黒な硝子のような退色血《スミゾメ》に白い液体を打ち付けても、吸収されることも無く無様に床に落ちていくだけだったのである。
「……クソッ」
「藤達、全然使えませんよね」
「あぁ。大失態だ」
 二人は小さな声で毒づいたが、やがて顔を上げて、再度壁に向かって攻撃を始めた。
 何となしなければ、と、必死に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

文字中毒

二ノ宮明季
キャラ文芸
 私には、人の全てが文字に見える。  最初からそうだったわけではないが、少なくとも女子中学生として青春を謳歌しようとしていた頃には、そうなっていた。相手の職業や名前は、全て文字になっているのだ。  「文字」の見える女性のお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

鎮魂の絵師

霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...