言の葉ウォーズ

二ノ宮明季

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   ■□■□

「クソッ!」
 能漸が、消え去ったドアの前で毒づいた。
「よーし、みんな逃げてくれたね。じゃ、僕も本気を出そうかな」
 少年型の侵蝕者《カキソンジ》は、にっこりと笑うと、自分の退色血《スミゾメ》をあたりに撒き散らした。
「拘束。なーんちゃって」
 転々と飛び散った退色血《スミゾメ》から、真っ黒な触手が生えると、自分に向かってきていた藤と少女型侵蝕者《カキソンジ》、ついでに能漸を捉える。
「僕はね、君達の事も知ってるんだよ。法理能漸くんに、大司藤ちゃん。というか、先日の件を隠れて見ていたんだ」
 少年型侵蝕者《カキソンジ》は、にっこりと笑って掃除屋《シュウセイシャ》たちを見た。
「でも、僕、一応掃除屋《シュウセイシャ》の事も嫌いってわけじゃないんだよ」
 飽くまで笑みを浮かべたまま、彼は語る。
「ただ、ね。君は別」
 少年型侵蝕者《カキソンジ》は、微笑みを邪悪な物へと変え、少女型侵蝕者《カキソンジ》の髪を掴み、至近距離で見つめる。
「僕の、だぁい好きな人を食べちゃうのは、良くないよ」
 少女型侵蝕者《カキソンジ》は、おびえたように、言葉にならない声を発した。
「何をするつもりですか!」
「悪い子は、僕が食べちゃおうね」
 藤の声は空しく、少年型侵蝕者《カキソンジ》は、少女型侵蝕者《カキソンジ》に噛みついた。
 人間のように皮膚や筋肉があるわけではない。身体を造る物は、真っ黒な退色血《スミゾメ》だけだ。少年型侵蝕者《カキソンジ》が齧りつく度に、少女は少女としての形を保てなくなり、液体化した。
 液体《ザンガイ》を目の前にした少年は、真っ黒な靄を更に濃くして、液体《ザンガイ》を覆う。
 しばらくしてから、靄が少年に戻ると、もうどこにも液体は無かった。
「今回は、君達の事は見逃すよ。だって好きだもん」
「お前は、何なんだ!」
 少年型侵蝕者《カキソンジ》は、うっとりとした表情を浮かべながら「僕?」と、小さく首を傾げる。
「そうだなぁ……ヒ・ミ・ツ♪ またね、掃除屋《シュウセイシャ》さん」
 残した笑みは、うっとりとしたものだった。
 やがて彼が消えた頃、能漸と藤の拘束は解けた。
「ど、どうしましょう、先輩」
「まずい事になった。まずは神に報告に行くぞ」
「は、はい!」
 能漸と藤は、黒い空間に白い扉を描くと、その場を後にしたのだった。

   ■■■■

「みーんな、可愛かったなぁ」
 少年型侵蝕者《カキソンジ》は、上機嫌で道なき道を歩く。
「いいなぁ、僕も仲間に入りたいなぁ」
 誰に見せるものでもないが、彼はくるりと一回転。
「良い事、考えちゃった」
 今度は含み笑い。
 どこまでも楽しそうだが、同時に狂気を孕んだ行動。
 少年型侵蝕者《カキソンジ》は、スキップしながら目的地へと向かった。


   □わたしとあたし□

「社会科見学、同じ班になれてよかったね」
「ん……」
「なんか不満そうなんですけどー?」
 頬を膨らませたわたしと、不機嫌に気が付いたあたし。
「わたし、三班のジュース工場見学が良かった」
「えー! あたしは伝統塗り見学班でラッキーって思ったのにー」
「む……」
「不満そう」
「不満」
 険悪なムードのまま、喧嘩未満の関係が数日。
「……ごめん。八つ当たりした」
「ううん、あたしの方こそごめん。ちょっと無神経だったかも」
 初めての小さな喧嘩は、笑顔で打消し。


   ――きみとのきおく――

「そうね」
 そう言った彼女の、ショートカットの髪がゆれる。

  ■□

「そうね」
 そう言った彼女の、セミロングの髪が揺れる。

  ■□

「そうね」
 そう言った彼女のボブカットの髪が揺れる。
 もう何度目かの話だ。何かがおかしいと気が付いている人は誰もいない。誰にとっても、「あたりまえ」だからだ。
「こんな事、前にもあった?」
 しかし今回は違った。救われた気がした。
「お、覚えて――」
「何の話してたんだっけ」
 直ぐに希望はぺちゃんこに潰れてしまう。もう期待などしないと毎回思うのに。
 また殺された。彼女がまた、殺された。

   ――――

「茜音、悪気があった訳じゃないんだよ」
「うん、分かってるよ」
 学校を終えて家に帰ると、モモは直ぐにフォローした。
 あの後、休み時間毎に俺はセンに睨まれていたし、学校から帰るときも、俺を敵視していたからだ。ま、全然気にしてないけどね。
「でも、どうしてそんなに気にしてないの? 会って間もないのに、あんな風にされたら、嫌じゃない? 茜音は、いい人だけど! いい人だけど、わたしの事、心配し過ぎてるところがあるから」
 おお、必死にフォローしておる。可愛いなぁ。モモ、可愛いなぁ。一句詠めそうなくらい可愛い。
 『モモ可愛い 凄く可愛い モモ可愛い』字余り&松尾芭蕉風。モモのあまりの可愛さに、句が浮かばなかったよ。
 それはともかく、俺はモモに答える為に、少し肩を竦めて見せた。この方が、ポーズとして良さそうだと思ったからだ。好きな子の前では格好つけていたい。何となく。
「ま、そう来るだろうって、知ってるからね」
「どうして?」
 ……なんか、モモが最初よりも知りたがりになっているような……。気のせいかな。
「知ってる人に良く似てるんだ。君も」
 俺は、モモの聞いた後の感情を考えずに口を開く。
「ま、みんなもう死んじゃったけどね」
「――っ!」
 目を見開いて、驚いた顔。分かっていて言ったのだ。俺は。
 モモは驚いた顔をした後、目を伏せて、長く息を吐いた。それから、顔を上げて真っ直ぐな目をこちらに向ける。
 心の修羅場を容易にくぐり抜けた事が分かった。
「ごめんなさい」
「なにが?」
「そういうの、言わせて」
「良いんだよ」
 君の反応が見たかっただけだから。これは、口には出さないけれど。
「そういう物だからね。きっと君も、大人になるうちに経験するんじゃない?」
「……そうね」
 俺の意地悪な言葉に、モモがそう答えると、セミロングの髪が揺れた。
 ……何度でも繰り返すのだ。思わず期待したくなる光景を、何度でも見せつけられてしまう。期待しなくても、それがモモで、それが百合なのだから、当たり前のように同じ行動をとっているだけなのだろうが。
「……蓮夜、大丈夫?」
「何が?」
 俺はへらへらと笑うと、首を傾げた。
「痛いの痛いの、とんでけー」
 モモは、俺の頭を撫でてくれた。ほんのりと暖かい掌に、安堵しそうになる。
「大丈夫だよ」
「……うん」
 たった一言に、救われた気持ちになるのはなぜだろう。また希望を打ち消されるかもしれないのに。
 それでも俺は、やっぱり、百合が、モモが好きだった。今日もこうしてまた、好きという感情だけが俺の中に残るのだ。
 きっとこれから……もし、また、いつものように、別れることになったとしても。ずっと好きな事に変わりはないのだろう。
 狂ったように彼女を好きという気持ちだけを抱いて、汚れは隅から侵食していくのだ。

   □わたしとあたし□

 修学旅行の頃には、すっかりしっかり、クラスの誰よりも仲良くなっていた。
 秋めいた街を、同じ班になった二人は、「あーでもない」「こーでもない」と笑いあいながら歩く。
 これもいつか思い出になるのだろう。来年になれば受験だ。
 複雑な感情をほんの少しだけ胸の奥にしまいこんで、わたしは(あたしは)、相手に笑いかけた。
「……あっちで鯉にエサあげれるって。あげたい。鯉だけど、鯛」
「ここまで来て、鯉ぃ? ていうか、寒いよギャグが!」
 結局池まで近づいて、班の子達と一緒に大群で押し寄せる鯉に餌をやってみた。
 飛沫がちょっとかかって、ひんやりとした空気に濡れたスカートがはためく。
 日常の中の、非日常。
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