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雪が降っていた。しんしんと、しんしんと。
私達は、白くなった世界に足跡一つ付けずに、じっと見つめた。
「はっ……」
外の世界とを遮断することを止めた先――体育館では、『日高』が横たわって白い息を吐いている。どうやら動けないようだ。彼の服には無数の足跡が付いていて、ついでに吹き込んだ雪にさらされて白くもなっている。
「おし、まい……か」
彼は言う。一人ぼっちの体育館で、白い息を吐く、青い顔で。
せめて、この外と体育館を繋ぐ扉を閉めてやることが出来たなら、少しは変わるのかもしれない。私はドアに手を伸ばしたが、すり抜けるだけだった。やっぱり、干渉なんてできない。これは平行世界の「再生」でしかないのだから。
「いいこと、おもいついた……」
冷たい世界で、独り言。寂しい。
「パラレ……ワール、ド……かんしょう、……し……」
よく聞こえないが、彼の顔は、どんどん満足げな物へと変わっていく。
しんしんと、雪が降る。私はこの世界の温度を感じている訳じゃないけど、寒い。
しばらくすると彼は動かなくなり、気が付くと私達は、体育館倉庫の中へと入っていた。
自分達から望んで入った訳ではない。飛ばされた、のだろう。早送りという奴かもしれないが。
「寒っ……」
中には、薄手のシャツにスカートだけ、という、この世界には合わない服装の『私』がいた。
「……なんか、本当に死ぬかも」
あぁ、そうだった。私はこの辺からの光景を見たんだった。そうか、この場所の外では、『日高』も倒れていたのか。
『私』は、目を閉じる。眠気が襲っているのだろう。
寒い世界で、眠気に襲われて、そして眠ったら……どうなるかは目に見えている。暗い世界で、『私』はそのまま……。
「百瀬」
「何?」
日高が声をかけてきたので、答える。
「さっきの俺、かなり踏まれてたな」
「そうだね」
何の確認だろうか。私は相槌を打ちながら考える。
「首に、さ。ロープが巻きついてた」
「……え?」
それは、気が付かなかった。
「俺達、何でこんなに死ななきゃなんないんだろうね。前世で悪い事でもしたのかな?」
「……わかんない。前世なんて、そもそもあるかどうかも分からないし」
「だよな。でも、どんな形であれ、俺達は二人で死んでさ……パラレルワールドですら、幸せな未来が無いって、悔しくない?」
……確かに、そうだ。だけどどうする事も出来ない。出来ないけど、出来るなら、一度くらい幸せな世界を見てみたかった。
こんな、胸糞が悪いだけの世界じゃなくて。
こんな、殺されたり殺したりするような、血なまぐさい世界じゃなくて。
「そう……だ、……」
目を瞑っていた『私』が、小さく唇を動かした。
「せめて、……へい、こ……せか……」
何を言っているのか分からない。彼女はそのまま、何も話さなくなって、時間だけが過ぎて……。
私達は、この場から、すぅ、っと姿を消したのだった。
白い空間、目の前には二体の人形。人形の左足は生身の物へと変化し、硝子玉の瞳で、じっとこちらを見つめている。
「先程の世界では、百瀬橙子と日高笑太にかかわりはありませんでした」
「ただ、両者とも、虐めの対象で、直接的な被害によく遭っていました」
人形達は言う。私と日高は、それを黙って聞いていた。
「結果的に、高校二年の冬、日高笑太は体育館で殴られ、蹴られ、首を絞められ、足の骨を折られ、倒れたままあの場に放置されました」
「百瀬橙子は、女生徒からの執拗な虐め、また、面白半分の行動で、コートやブレザーを取られたまま、体育館倉庫に閉じ込められました」
教師は、動かなかったのだろうか。いや、動いていないか。
どちらも体育館にいた。しかし体育館は、普段は部活をしている生徒達が占拠している。通常であれば、部活の生徒が帰るときに施錠し、顧問の教師もそれを見届けて帰るのだ。
それなのに、夜に、あの場所にいたという事は、その施錠が終わった後に閉じ込められ、または、投げ捨てられたと考えるのが妥当。
鍵なんて、簡単に手に入る。職員室に行って、ちょっと借りて、そのままスペアでもなんでも作りに行ってしまえばいいのだ。
学校は、その辺は割とずさんな場所。やろうと思えば出来るだろう。わざわざ、こんな事をする為の労力さえ惜しまなければ。
……不思議と、虐めを行う奴らは、労力を惜しまないのだが。多分、彼らにとっては遊びやゲームの一環なのだろう。
そこに、虐めと言う感覚はどこにもなくて、きっと、新しいオモチャ程度にしか認識していないのだ。
「それでは、次の再生を行います」
私がぼんやりと考えている内に、進行する。
直ぐに周りの景色は変わり、人形の存在は、いなくなった。
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