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秘密の飴玉
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秘密の飴玉を口にした者は、全ての罪が許される。そんな噂を耳にしたのは、ごく最近だった。
少年は噂話に救いを求め、コートのポケットにナイフを忍ばせて噂の場所へと向かう。
街をジグザグに抜け、木々のトンネルをくぐり、廃屋を進み、ようやっと着いた先は、芝生の世界だった。
嫌にのどかで、爽やかな光景。そこに少女が居た。
年の頃は13、4、と言ったところか。
肉付きの良くない身体に、落ち窪んだ瞳の少女は、少年を目にして青ざめた。
青空の下、青々とした芝生の上に、全身に青あざを作った少女が青ざめている。4つの青を凝縮させた光景が、ここにはあった。
「え、っと……」
「……飴玉?」
「そ、そう! それ!」
少女は、もごもごと口を動かす。それから慎重に「その飴玉」と口にした。
「あたしの、口の中」
「え……?」
「早く奪わないと、食べちゃうから」
それはマズイ、と、少年はポケットの中に手を突っ込み、ナイフを握る。
どうしても許されたいのだ。
「ちょ、頂戴」
「欲しいなら奪いなよ。そうしないと、あたしが噛んで飲み込んで、あたしが、あたしだけが許されるから」
……許されない。
少年の中を占めるのは、この言葉だ。彼女だけが許されることに対してなのか、あるいは自分が許される事の無い事に対してなのか。
頭の中がカッと熱くなり、思いきり眉間に皺が寄る。どちらの意味でも構わない。
とにかくこれは「許されない」のだ。少年は、許されたかった。
「よこせよ、それ」
ポケットから、握ったナイフを取り出す。
少女は少女で、袖口から血の滴るフォークを取りだした。
そうか、自分がここに来る前に彼女はあの飴を奪ったのか。それならば、その誰かの飴を自分が奪っても構うまい。
少年は自分を納得させるための言葉を頭の中に並べ立て、ほっそりとした少女へと向かって走り出す。
思いきり胸を狙ってナイフを突き出すと、意外なほどあっけなく、少女の胸には少年のナイフが刺さった。
「……ど、どうし、よう」
先に狼狽えたのは、少年だった。
自らが刺したナイフから手を離すと、じりじりと後ろに下がる。
少女はと言えば、手にしていたフォークを放り投げると、胸のナイフを握って抜き――再び刺した。まるでそれが、当たり前であるかのように。
彼女は地に膝をつくと、青々とした芝生に血を滴らせ、口端だけで笑う。
「飴玉なら……あたし、の……口の中」
どさ、と、身を投げ出すように寝ころぶと、少女は空を見上げて目を細めた。
少年は、ゆっくり、ゆっくりと近づく。
少女にはまだ息がありそうだ。駄目だ、息がある限り、何をされるか分かった物ではない。
少年は彼女の胸からナイフを引き抜くと、思いきり振り被り、もう一度――……。
あの後、何度か刺した。
彼女が動かなくなるまで、完全に死んだと安心出来るまで、何度も何度も刃を突き立てた。ようやっと納得が、満足がいった頃に、少年は強引に少女へと口づけた。
初めて行ったそれには、三つの味があった。キス味、キミ味、ナミダ味、の三つだ。
一つは少年が初めての体験であるキスの味。もう一つは少女の血の味。三つ目は、いつの間にか零していた、どちらの物とも分からぬ涙の味。
舌先で口をこじ開け、彼女の口の中にあるであろう飴玉をまさぐる。
やがてそれを自分の口へと強引に運ぶと、一気に生臭さと吐き気が押し寄せた。
少年はたまらずに飴玉を両手に吐き出す。
「――っ!」
息を飲む程の物が、口の中から飛び出した。
これが、秘密の飴玉? 許されるためのもの? こんなものを、飲み込まなければいけない?
罪を犯し、許されたいがためだけにもう一つ罪を犯し、そうしてまで手に入れた飴玉が、これ!?
少年は、ごくりと唾を飲み込み、掌の上の「飴玉」を凝視する。
誰がどこからどう見ても、それは――眼球だった。
ああ、でも、目の前で少女が死んでいる。少年が殺してしまった少女が転がっているのだ。
これの罪ごと、許されなければ。許されるためには、飴玉を食べてしまうしかない。
少年は恐る恐る、再び飴玉を口に含んだ。
それほど時間もかからず、少年の元には新たな少女が現れた。
林檎のように赤い頬の、そばかすまみれの顔で困惑する少女に、彼は「飴玉なら僕の口の中さ」と、先程の少女のように言う。
そうか、こんな気分だったのか。
罪を許されるには、確かにこれしかない。こんな風になってしまえば、罪も何も、全て消えてしまうはずだ。
金槌を手に、飴玉を狙って迫ってくる少女を前に、少年は涙をこぼしながら笑った。
走馬灯のように、両親を殺してしまった、「許されたかった罪」が頭の中を駆け巡る。
ガツンと、アバラ骨に鈍い衝撃が走った。
「奪わないなら、僕が食べちゃうよ」
声を絞り出す。
ここで、こうして許されたい人間に殺される事。これが許しで、救いだ。
ガツン、と、再び鈍い痛みに見舞われる。
そう、これでいい。あの少女を殺したように、許したように、救ったように、自分もこうして……。
この少女の、その目は何を求めているのか。この目は最初に救済を望んだ人間の物だったのではないか。
少年の最後に考えたのは、きっとこんなものだったのだろう。
やがて少年の意識は途絶え、口の中から秘密の飴玉も消え去った。噛んで飲み込む事の出来なかった、丸いままの飴玉が。
きっと、この飴玉戦争は終わらない。
少年は噂話に救いを求め、コートのポケットにナイフを忍ばせて噂の場所へと向かう。
街をジグザグに抜け、木々のトンネルをくぐり、廃屋を進み、ようやっと着いた先は、芝生の世界だった。
嫌にのどかで、爽やかな光景。そこに少女が居た。
年の頃は13、4、と言ったところか。
肉付きの良くない身体に、落ち窪んだ瞳の少女は、少年を目にして青ざめた。
青空の下、青々とした芝生の上に、全身に青あざを作った少女が青ざめている。4つの青を凝縮させた光景が、ここにはあった。
「え、っと……」
「……飴玉?」
「そ、そう! それ!」
少女は、もごもごと口を動かす。それから慎重に「その飴玉」と口にした。
「あたしの、口の中」
「え……?」
「早く奪わないと、食べちゃうから」
それはマズイ、と、少年はポケットの中に手を突っ込み、ナイフを握る。
どうしても許されたいのだ。
「ちょ、頂戴」
「欲しいなら奪いなよ。そうしないと、あたしが噛んで飲み込んで、あたしが、あたしだけが許されるから」
……許されない。
少年の中を占めるのは、この言葉だ。彼女だけが許されることに対してなのか、あるいは自分が許される事の無い事に対してなのか。
頭の中がカッと熱くなり、思いきり眉間に皺が寄る。どちらの意味でも構わない。
とにかくこれは「許されない」のだ。少年は、許されたかった。
「よこせよ、それ」
ポケットから、握ったナイフを取り出す。
少女は少女で、袖口から血の滴るフォークを取りだした。
そうか、自分がここに来る前に彼女はあの飴を奪ったのか。それならば、その誰かの飴を自分が奪っても構うまい。
少年は自分を納得させるための言葉を頭の中に並べ立て、ほっそりとした少女へと向かって走り出す。
思いきり胸を狙ってナイフを突き出すと、意外なほどあっけなく、少女の胸には少年のナイフが刺さった。
「……ど、どうし、よう」
先に狼狽えたのは、少年だった。
自らが刺したナイフから手を離すと、じりじりと後ろに下がる。
少女はと言えば、手にしていたフォークを放り投げると、胸のナイフを握って抜き――再び刺した。まるでそれが、当たり前であるかのように。
彼女は地に膝をつくと、青々とした芝生に血を滴らせ、口端だけで笑う。
「飴玉なら……あたし、の……口の中」
どさ、と、身を投げ出すように寝ころぶと、少女は空を見上げて目を細めた。
少年は、ゆっくり、ゆっくりと近づく。
少女にはまだ息がありそうだ。駄目だ、息がある限り、何をされるか分かった物ではない。
少年は彼女の胸からナイフを引き抜くと、思いきり振り被り、もう一度――……。
あの後、何度か刺した。
彼女が動かなくなるまで、完全に死んだと安心出来るまで、何度も何度も刃を突き立てた。ようやっと納得が、満足がいった頃に、少年は強引に少女へと口づけた。
初めて行ったそれには、三つの味があった。キス味、キミ味、ナミダ味、の三つだ。
一つは少年が初めての体験であるキスの味。もう一つは少女の血の味。三つ目は、いつの間にか零していた、どちらの物とも分からぬ涙の味。
舌先で口をこじ開け、彼女の口の中にあるであろう飴玉をまさぐる。
やがてそれを自分の口へと強引に運ぶと、一気に生臭さと吐き気が押し寄せた。
少年はたまらずに飴玉を両手に吐き出す。
「――っ!」
息を飲む程の物が、口の中から飛び出した。
これが、秘密の飴玉? 許されるためのもの? こんなものを、飲み込まなければいけない?
罪を犯し、許されたいがためだけにもう一つ罪を犯し、そうしてまで手に入れた飴玉が、これ!?
少年は、ごくりと唾を飲み込み、掌の上の「飴玉」を凝視する。
誰がどこからどう見ても、それは――眼球だった。
ああ、でも、目の前で少女が死んでいる。少年が殺してしまった少女が転がっているのだ。
これの罪ごと、許されなければ。許されるためには、飴玉を食べてしまうしかない。
少年は恐る恐る、再び飴玉を口に含んだ。
それほど時間もかからず、少年の元には新たな少女が現れた。
林檎のように赤い頬の、そばかすまみれの顔で困惑する少女に、彼は「飴玉なら僕の口の中さ」と、先程の少女のように言う。
そうか、こんな気分だったのか。
罪を許されるには、確かにこれしかない。こんな風になってしまえば、罪も何も、全て消えてしまうはずだ。
金槌を手に、飴玉を狙って迫ってくる少女を前に、少年は涙をこぼしながら笑った。
走馬灯のように、両親を殺してしまった、「許されたかった罪」が頭の中を駆け巡る。
ガツンと、アバラ骨に鈍い衝撃が走った。
「奪わないなら、僕が食べちゃうよ」
声を絞り出す。
ここで、こうして許されたい人間に殺される事。これが許しで、救いだ。
ガツン、と、再び鈍い痛みに見舞われる。
そう、これでいい。あの少女を殺したように、許したように、救ったように、自分もこうして……。
この少女の、その目は何を求めているのか。この目は最初に救済を望んだ人間の物だったのではないか。
少年の最後に考えたのは、きっとこんなものだったのだろう。
やがて少年の意識は途絶え、口の中から秘密の飴玉も消え去った。噛んで飲み込む事の出来なかった、丸いままの飴玉が。
きっと、この飴玉戦争は終わらない。
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