28 / 30
28
しおりを挟む「これは?」
「即興クレジットカード……えーっと、モラエルカード、だっけ? 作ったし、街の人にも説明しておいたから、明日から使えるよ」
おー! これがモラエルカードか!
俺が喜んで見ている内に、勇者はレイラにも手渡していた。彼女も受け取ると、上機嫌にエプロンのポケットに突っ込む。
「勇者よ、悪くない計らいだな」
「なー。ありがとう。ベエコンが出来たら、またおすそ分けしにくるからな!」
「いや、こちらこそいつもありがとう」
お礼を言ったらお礼を言われた。俺はお腹が空いているご近所さんに、ご飯をあげている程度の感覚だったんだが。
「特にこの数日は、君達に随分と助けられた」
「いやいや、今日はレイラを助けて貰ったし、お互い様だろ」
俺が笑うと、勇者も笑う。
人間は弱い。それなりに守ってやった方が良いだろう。
けれども弱いからこその知恵も多い。この知恵に、俺も助けられているのだ。
お互いに補い合って、美味しい物を食べられたなら、それでいい気がするのである。
「勇者、今後も楽しくご近所付き合いしていこうな!」
「ご近所付き合い!?」
俺が笑って手を差し出すと、握りながらも勇者は驚いた。どこに驚く事があるのか。
「いや、だって、ご飯のおすそ分けするのって、ご近所付き合いになるんだろ?」
「……確かに、アパートの隣の部屋に住む美人OLから、これ作り過ぎちゃったので、とか言われて煮物を渡されるのはご近所付き合いのジャンルになるよね……」
美人オーエルって何だろう。ニモノも。作り過ぎちゃったって事は、服か、棚か、ご飯だよな? うーん、やっぱり勇者には謎が多い。
「ちょっとサイラス、ミニタイト穿いてみない? こう、指の隙間から見ればいける気がする」
「嫌だ」
ミニタイトが何であるかは知らないが、ろくでもない物だという気配だけはひしひしと伝わる。
「……でも、こんな風に仲良くしてくれるのなら、美人OLじゃなくても嬉しいよ」
「お、おう」
褒められた、の、か?
「あ、そうだ! 忘れるところだった」
俺はふと思い出し、握ったままの勇者の手をぶんぶんと振った。
「な、何? 僕の腕は食べ物じゃないよ」
「知ってるけど、あの、解体するやつ欲しい!」
「何の話!? 不穏なんだけど!」
あっ、えっと、えーっと。
「あの、お前達に借りた、あのー、大きいお肉を簡単に解体出来る、あのー」
駄目だ、全然名前は出てこない。
「大きい包丁みたいな刃物」
「あぁ、剣か! ロングソードの事だよね?」
「それ!」
あー、名前が出てきた。すっきりしたー。
「大物のお肉を切り分ける時に便利だったんだよ」
「い、良いけど」
「あら、本当にいいの?」
一度は頷いた勇者にストップをかけたのは、オリヴィアだった。
「もしもあれを自在に操って、私達を……なんて事になったら」
「オリヴィア、サイラスがそんな奴じゃないのは知っているだろう?」
「そうだそうだ! 人間は細いし、寧ろ世話をしてご飯を食べさせたい位だ!」
「魔王様、流石だ。こんな脆弱かつ失礼な奴らに慈悲を与えるなんてな」
俺の抗議にレイラが続けたせいで、一瞬空気がピリッとしたが、それを宥めたのは勇者だった。彼は咳払いをすると「ありえないから」と続ける。
「大体、人間を恨んでいるだとか、食べるだとか、そんな事をサイラスが考えているのなら、剣なんかなくたって、簡単にどうにか出来る。オリヴィアには前にも言ったよね?」
まぁ、本当に食べようと思ったら、鍬と鎌で襲いに来るわな。レイラと一緒に。
「特に僕達を嫌っているというのであれば、尚更だよ」
……あ、よく考えたら、ずっと手を握ってた。離してもいいかな。
俺はそろーっと手を開いたが、逆にギュッと勇者の握る手に力が入る。まだ離しちゃ駄目なのか。
「力加減をせずに攻撃を食らわせれば、街なんて跡形もなく消し飛ぶ。なんていったって、ほんの少し力を入れただけで、地面を割ってしまうんだから」
あ、笑ってごまかしておこう。これには心当たりがある。今日、マンティコアを狩っている最中に地面にめり込んだ時の話だ。
「……それも、そうだったわね。ごめんなさい」
「ふん、分かればいいのだ。小娘が」
オリヴィアが謝った! と驚くべきか、偉そうなレイラを「こらこら」と窘めるべきか。迷うところだな。
「えーっと、これからもご近所付き合い、よろしくな!」
結局俺はどちらもスルーして、再度勇者の手を握った。尤も、勇者は握った手を離さなかったので、俺が再度その手に力を入れただけなのだが。
「よろしくね。剣もそのまま使ってて」
「おう、ありがとう!」
ここまで話すとようやく手が解放され、後は人間達でゆっくり食事を楽しみ、残った分は明日にでも食べてくれと伝えて、元魔王城を後にした。
俺達にとって住み慣れた筈の場所は、やはり居心地の悪い物ではなかった。だが、今のコツコツ作り上げた小さな家が、程よい居場所のように感じて、レイラと共に家路についたのだった。
***
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜
櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。
和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。
命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。
さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。
腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。
料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!!
おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる