25 / 30
25
しおりを挟む食欲に負け、ショーユ煮の端っこを切って、四等分する。
「ほら」
そしてそれぞれに渡し、俺も口に入れた。
ショーユと蜜の甘辛い味付けと、お肉から香る野性味。それから、お肉本来の持つ脂が、噛む事により口の中に広がった。充分に美味しく出来ている。
「こ、これは……!」
「美味しいわ」
「そうだな。やはり魔王様の食事は、とても美味しい」
震え出した勇者を余所に、オリヴィアとレイラが続けた。オリヴィア、魔物を食べる事に抵抗が無くなって来たのかな。
やっぱりお腹は空いてたんだろうなぁ。俺達に警戒心をちょっとだけ解いて来たから、お腹の具合に正直に、食べるようになっただけで。
「醤油の香りと、この甘い味。僕はこれを知っている……!」
おー、知ってたのか。
「これは、まさしくチャーシューだ! ラーメンの上にのっているとテンションが上がり、おつまみとして出されてもテンションのあがる、この甘辛い味」
ん? 知らないな。このショーユ煮って、チャアシュウって言うのか。
いや、ラアメンの方か? どっちだ? やっぱりチャアシュウ? 勇者が落ち着いたら聞こう。
「パンチの利いた味に、野性味のある僅かな脂を感じると、こってりと濃厚な姿へと変貌する。いくらでも食べられてしまう禁断の食べ物」
殴ってもいないのにパンチを食らったらしい。それだけ美味しくて衝撃的だったって事だな! 作り甲斐があっていいなー。嬉しい。
「それに何より、本来ならば豚で作る筈のこれをマンティコアの肉で作っているせいで、どうしても自然を感じる。獣のような僅かな臭みすらも完璧に一つの料理としてまとめ上げている」
臭みって。俺、ちゃんと臭み消しをしたし。上手に捌いたもん。
勇者だって美味しいって食べてるくせに、ちょっと失礼な表現をするな。食べなれていないからかな。
「そしてマンティコアだけど、僕はこの肉も知っている」
知ってるのかよ! 食べなれてるじゃん!
「かつて、鍋で食べた事がある。これは……牡丹肉だ」
ボタンニク……? ボタボタ切り落とすから?
「いくらなんでもマンティコアのライオンっぽさから獅子へと変換され、その獅子を猪としての味にしていたとは誰も思うまい」
マンティコアはマンティコアなんだけどなー。
「オーマイゴット。神よ。何故このように美味しいお肉へと変貌させたのだ。感謝以外の言葉が見つからない」
……美味しいみたいだし、細かい事はいいか! 勇者が大げさに褒め称えるのはいつもの事だし。
「はー、僕が転生する時、神はこの果てなき暇をつぶす為にここで永遠に私と双六をするか、上手い事冒険してくるか選べ、なんて言ってたけど、まさかうまい事のうまいは、美味しいって言う意味だったなんて……」
まるで神に会った事があるような口振りだが、勇者の事だ。どこかで会っていても可笑しくはあるまい。
「この国はグルメが凄い……。特に魔王の」
「ん? 俺?」
「そう、サイラスの! サイラスは攻撃的でも無ければ、女性用の服を着せれば男の娘でもいけそうなビジュアル。その上料理上手なんだよねー。ハーレムに加えたかった」
「はーれむ」
ちょっと、なんか不穏な気配を感じるな。俺、女の子の服は着たくないし。
「ん? 勇者は今、ほーむれ、と言ったか?」
「いやいや、ハーレムだって」
「葬れ、だな! 任せろ!」
「ちょ、レイラさん、目が本気でいらっしゃる……」
いいぞー、やれー、と言いたいところだが、一応止めておこう。勇者がいないと、人間達が混乱してしまう。
「何? やるつもり?」
「貴様の男が先にこちらに手を出してきたのだ。覚悟はあるとみなすのが当然だろう?」
「嫌だわ。ちょっとした戯れじゃない」
間にオリヴィアが入ったが、彼女の言うように戯れにしか見えない。女の子同士だと、やっぱり仲がよさそうに見えるな。
「あー、勇者勇者」
「何かな? 僕のサイラス」
「貴様の物ではない! ボクの魔王様だ!」
勇者はともかく、レイラの言葉を否定するのは気が引けるな。よし、スルーしよう。
「なぁ、これ、チャアシュウ? ラアメン?」
俺はショーユ煮を指差して尋ねる。
「チャーシューだよ」
「チャアシュウか」
お前の名前は今日からチャアシュウだぞ。と、いう事は、ショーユ煮は皆チャアシュウなんだな。きっと。
「ラアメンは?」
「ラーメンだよ」
「違う。ラアメンって何だ?」
食べ物か?
「小麦を練って細くした麺に」
「……メン?」
「もしかしてそれは、パスタかしら?」
「あー、まぁ、そうなんだけど。こっちで食べる様な奴はどっちかと言えばショートパスタってやつだからなぁ。えーっと」
勇者は少し考え込んでから、やがて俺を見て口を開いた。説明してくれるらしい。
「小麦にかん水とか、代わりに重曹でもよかったかな。とにかくそれと塩を入れて、捏ねて、畳んで、細く切って、茹でると、長い食べ物が出来るんだよ」
「カンスイとかジューソーって何だ?」
「何だと思う?」
分からないから聞いたんだが。
「僕も分からないんだ。何なんだろうね」
謎が増えただけだった。
「けれど、パスタと同じように作るのなら、長くすればいいだけなのでは?」
「あー、最初はその辺からでも良いかも。ラーメン……」
「他は?」
俺が尋ねると、勇者はこてっと首を傾げた。ラアメンが何なのかの説明の続きが聞きたいだけなんだが。
「メンの他に、何があるんだ? チャアシュウは分かったけど」
「あぁ、スープ」
「スープ」
どうやら、メンは長いスープの具材らしい。
「大きく分けると、豚骨、鶏ガラ、魚介、野菜の出汁……あー、えっと、動物の骨とか、クズ野菜の旨味を滲み出させた水。これをベースに、味噌、醤油、塩の三パターンの味付けがしてあるスープ。これに何かしらの脂とか、なんか、そう言うのを突っ込んで茹でた麺の上にかけ、チャーシューとか、炒めた野菜とか、ゆで卵とかを乗せた食べ物、かな」
「おー、美味しそうだな」
「美味しいんだよ!」
勇者の言葉を拾っていけば、それらしいものは作れそうだ。
まずはメンを作ってドナベして、魔物の骨もドナベして、水で……えーっと、煮た方が、良いよな。うん。一回煮て、味付けをして、脂はベエコンとか作った時に出た物でいいか。そういうのが溜まる様にしておけば手に入る。
「いけそうな気がしてきた! 今は無理だけど!」
「サイラス、お嫁に来ないかい?」
「だ、断固拒否」
「そうだ! 魔王様をお嫁に貰うのはボクだ!」
「そうよ、ランドルフのお嫁さんは私なんだから!」
あぁ、調理は進まないのに、話しだけは進んでいく! しかも全然関係ない奴。
俺は咳払い一つ。「作るの、続けるぞ」とレイラに声を掛け、再開したのだった。
***
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
管理官と問題児
二ノ宮明季
ファンタジー
精術師と魔法使い(https://www.alphapolis.co.jp/novel/420208950/71763157)のスピンオフ小説です。
国家機関である就職管理局に属するジギタリスが主人公となり、国の組織として様々な問題を解決していきます。
出来るだけこれだけでも楽しめるようにしていますが、「精術師と魔法使い」と深く絡んでいる内容となっています。
小説家になろうにも同様の作品を掲載しています。
また、名義としましては、プロットとイラストに芝桜さん(@kirakira3daikon)を加えた「二ノ宮芝桜」となっております。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜
櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。
和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。
命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。
さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。
腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。
料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!!
おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる