魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

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 レイラは、刺された箇所をずるずると引きずりながら下がる。

「次は俺が相手だ。レイラを傷つけた事と、野菜を駄目にしようとした事は、お前がお前のお肉を差し出す事で許してやろう」

 鍬をマンティコアに構える。極力弱く……それでもさっきこいつと対峙した時よりも力を込め、相手のしっぽを狙う。
 面倒なのはあの尾。まずはアレを落とし、後でこんがり焼いて食べよう。
 確かに尾には毒があるが、不思議な事に火を通せば問題なく食べられる。

『パッパパー!』

 いい加減この間抜けなラッパの音にも苛立ってきた。苛立った一番の要因は、レイラが傷ついた事だが。
 食べるという事は、殺す事。殺すという事は、相手が暴れるという事。
 それは分かっているし、暴れて当然である。そして狩りをする側の身が傷つく事だって、それほど可笑しな事ではない。
 ただ俺にとって、レイラが大切だったから腹が立った。腹いせに、一番美味しく食べたい。それだけの事である。
 俺はほどほどに思いきりという謎の力加減で、尾の先に鍬を突き立てた。が、少し力加減を間違えたのか、先っぽの一番毒があるところが消し飛んでしまった。

『パパパパパパパパパパ』
「ご、ごめん」

 つい謝ったが、俺も悲しい。あの場所も食べられるはずだったのに。
 こうなったら、残ったしっぽは全部食べる! 力ももう少し弱めないと……。
 俺は、今度はもう少しだけ力を弱め、残ったしっぽを狙う。
 だがマンティコアも、今しがた先っぽを消滅させられて警戒しているのだろう。俺が尾を追うと頭の方で俺を狙い、俺が逃げながらも尾への執着を顕にすると、やはり俺自身を齧ろうとして来る。
 その場でぐるぐると回るだけの追いかけっこのようになって、埒があかない。
 こうなったら、しっぽに執着せずに頭から行くか?

『パパパパッパー!』

 俺の背に瘴気が降りかかる。嫌だなぁ、瘴気って後からお腹が痛くなるんだよな。
 と、なれば、とっとと首を落としたくなってくる。
 俺はぴたりと足を止め、直ぐに振り返った。勿論、鍬を構えて。

『パーパーパー!』

 俺がその場で振り返ったのが、よほど意外だったのだろう。マンティコアは驚きの鳴き声……の、ような物を上げ、必死に止まろうとした。
 それは上手くいかず、俺の構えた鍬に自ら顔を突っ込んだ形だ。
 近くで見ると歯が三列になっている事がよくわかったが、それよりも俺の考えも浅かった事を直ぐに思い知らされた。
 鍬が喉に刺さったマンティコアは、『パー!』と悲鳴を上げてのた打ち回る。
 自然と俺の手は鍬から離れ、マンティコアはパニックに陥っているかのように走り回った。その結果、一番行って欲しくない畑の方へと向かう。

「そっちは止めろ! 鍬返せ!」

 ついマンティコアの尾を掴むと、思いきり、ぐっちゃりと潰れてしまった。食糧が! 減る!
 これだから魔王パワーは不便なのだ。植物を育てる事と、ちょっと火をつけるときくらいしか使わないようにしている理由がまさにこれなのだが、そんな事マンティコアが知るわけも無い。

「こちらを使いなさい!」

 どうするべきかと考えていると、唐突に人間の声が聞こえる。思いきり振り返ると、少し遠くからオリヴィアが声を張り上げていた。
 大方、勇者を心配してきていたのだろう。彼女の他に、勇者がよくはべらせている女性が二人いた。
 そのオリヴィアがこちらに向かってブンっと投げて来たのは、丈夫そうな剣だった。それは宙をクルクルと舞い、俺の近くの地面に刺さる。
 もしも畑の中に着地して豆を台無しにしていたらちょっと怒りそうだが、そこまでの飛距離は無く、安全に俺の元へと届けられた。

「ありがとう! 使わせて貰う!」

 鍬や鎌よりも丈夫なのは、全体的に硬い物で出来ているから分かる。俺は剣を掴むと、再びマンティコアと対峙した。
 マンティコアは尚もジタバタとしている。だから、そこで動くのを止めろ。野菜に被害が出る。

 剣を構え……たかったが、構え方が分からない。仕方がなく中腰で、畑を耕すときの鍬を握る様にして見ると、案外様になっているような気がしてきた。
 ただ、この格好でどうやって横なぎとかするの? 縦にしか動かなくないか?
 いや、そんな事を言っている場合ではない。
 とにかく動いて、あいつを狩って、血抜きをして、レイラと美味しいお肉を食べるのだ。

「お肉を寄越せぇぇぇ!」

 俺は叫びながら、マンティコアの顔面目がけて剣を振るうと、サックリと切れる。

『パ……パ……』

 壊れたラッパみたいな声を上げたのを良い事に、俺は近づいて少しだけ力を入れてジャンプし、相手の首を目がけて落ちる。
 思った以上に跳べたせいで、ちょっと空中散歩みたいになったが、気にしない。跳んだら後は地面に戻ればいいのだ。その過程で、ちょっとマンティコアの首を落とす。それだけだ。

『パッ……!』

 グシャ、という音と共に、俺はマンティコアの首を落とした。
 上空から剣と共に落ちた俺はマンティコアの頭をクッションに着地してしまったのだ。
 突然お肉……じゃなかった。首を失ったマンティコアの身体は、まるで逃げ惑うかのように動く。
 それこそ、俺が最初にレイラに誘導して貰っていた方に。
 首から夥しい程の血を撒き散らし、走って自動血抜きマンティコアと化している。
 とはいえ、もし万が一あのままお肉に逃げられても困る。

「悪いけど、レイラの事を見てやって!」

 俺は勇者の沢山のお嫁さん? 達に声を張り上げて伝えると、剣を持ったままマンティコアを追った。
 ちゃんと食べる為にも、ちゃんと動かないようにしないと。
 程なくして追いつくと、そいつは自らがなぎ倒した木々に挟まって動けなくなっていた。追わなくても大丈夫だったらしい。

 が、ここまで来たのなら、血抜きを済ませておこう。俺は剣でマンティコアを捌き始めた。
 普段よりも大きな刃物で、いつも食べている物よりも大きなお肉を捌く。
 肉厚な腹を裂き、ぷりぷりで鮮度のいい内臓。モモ肉は骨に沿って。見慣れた形状になっていく毎に、美味しそう度は増していく。

 最後にそれらを抱えて沢まで行き、血を流して家に帰る。
 どうせなら美味しい物をレイラに食べさせたい。その一心だった。
 けれども俺のその判断は、レイラが強い事に基づく物で、人間から見れば間違っている事である事に思い至っていなかったのだ。
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