20 / 30
20
しおりを挟むレイラは、刺された箇所をずるずると引きずりながら下がる。
「次は俺が相手だ。レイラを傷つけた事と、野菜を駄目にしようとした事は、お前がお前のお肉を差し出す事で許してやろう」
鍬をマンティコアに構える。極力弱く……それでもさっきこいつと対峙した時よりも力を込め、相手のしっぽを狙う。
面倒なのはあの尾。まずはアレを落とし、後でこんがり焼いて食べよう。
確かに尾には毒があるが、不思議な事に火を通せば問題なく食べられる。
『パッパパー!』
いい加減この間抜けなラッパの音にも苛立ってきた。苛立った一番の要因は、レイラが傷ついた事だが。
食べるという事は、殺す事。殺すという事は、相手が暴れるという事。
それは分かっているし、暴れて当然である。そして狩りをする側の身が傷つく事だって、それほど可笑しな事ではない。
ただ俺にとって、レイラが大切だったから腹が立った。腹いせに、一番美味しく食べたい。それだけの事である。
俺はほどほどに思いきりという謎の力加減で、尾の先に鍬を突き立てた。が、少し力加減を間違えたのか、先っぽの一番毒があるところが消し飛んでしまった。
『パパパパパパパパパパ』
「ご、ごめん」
つい謝ったが、俺も悲しい。あの場所も食べられるはずだったのに。
こうなったら、残ったしっぽは全部食べる! 力ももう少し弱めないと……。
俺は、今度はもう少しだけ力を弱め、残ったしっぽを狙う。
だがマンティコアも、今しがた先っぽを消滅させられて警戒しているのだろう。俺が尾を追うと頭の方で俺を狙い、俺が逃げながらも尾への執着を顕にすると、やはり俺自身を齧ろうとして来る。
その場でぐるぐると回るだけの追いかけっこのようになって、埒があかない。
こうなったら、しっぽに執着せずに頭から行くか?
『パパパパッパー!』
俺の背に瘴気が降りかかる。嫌だなぁ、瘴気って後からお腹が痛くなるんだよな。
と、なれば、とっとと首を落としたくなってくる。
俺はぴたりと足を止め、直ぐに振り返った。勿論、鍬を構えて。
『パーパーパー!』
俺がその場で振り返ったのが、よほど意外だったのだろう。マンティコアは驚きの鳴き声……の、ような物を上げ、必死に止まろうとした。
それは上手くいかず、俺の構えた鍬に自ら顔を突っ込んだ形だ。
近くで見ると歯が三列になっている事がよくわかったが、それよりも俺の考えも浅かった事を直ぐに思い知らされた。
鍬が喉に刺さったマンティコアは、『パー!』と悲鳴を上げてのた打ち回る。
自然と俺の手は鍬から離れ、マンティコアはパニックに陥っているかのように走り回った。その結果、一番行って欲しくない畑の方へと向かう。
「そっちは止めろ! 鍬返せ!」
ついマンティコアの尾を掴むと、思いきり、ぐっちゃりと潰れてしまった。食糧が! 減る!
これだから魔王パワーは不便なのだ。植物を育てる事と、ちょっと火をつけるときくらいしか使わないようにしている理由がまさにこれなのだが、そんな事マンティコアが知るわけも無い。
「こちらを使いなさい!」
どうするべきかと考えていると、唐突に人間の声が聞こえる。思いきり振り返ると、少し遠くからオリヴィアが声を張り上げていた。
大方、勇者を心配してきていたのだろう。彼女の他に、勇者がよくはべらせている女性が二人いた。
そのオリヴィアがこちらに向かってブンっと投げて来たのは、丈夫そうな剣だった。それは宙をクルクルと舞い、俺の近くの地面に刺さる。
もしも畑の中に着地して豆を台無しにしていたらちょっと怒りそうだが、そこまでの飛距離は無く、安全に俺の元へと届けられた。
「ありがとう! 使わせて貰う!」
鍬や鎌よりも丈夫なのは、全体的に硬い物で出来ているから分かる。俺は剣を掴むと、再びマンティコアと対峙した。
マンティコアは尚もジタバタとしている。だから、そこで動くのを止めろ。野菜に被害が出る。
剣を構え……たかったが、構え方が分からない。仕方がなく中腰で、畑を耕すときの鍬を握る様にして見ると、案外様になっているような気がしてきた。
ただ、この格好でどうやって横なぎとかするの? 縦にしか動かなくないか?
いや、そんな事を言っている場合ではない。
とにかく動いて、あいつを狩って、血抜きをして、レイラと美味しいお肉を食べるのだ。
「お肉を寄越せぇぇぇ!」
俺は叫びながら、マンティコアの顔面目がけて剣を振るうと、サックリと切れる。
『パ……パ……』
壊れたラッパみたいな声を上げたのを良い事に、俺は近づいて少しだけ力を入れてジャンプし、相手の首を目がけて落ちる。
思った以上に跳べたせいで、ちょっと空中散歩みたいになったが、気にしない。跳んだら後は地面に戻ればいいのだ。その過程で、ちょっとマンティコアの首を落とす。それだけだ。
『パッ……!』
グシャ、という音と共に、俺はマンティコアの首を落とした。
上空から剣と共に落ちた俺はマンティコアの頭をクッションに着地してしまったのだ。
突然お肉……じゃなかった。首を失ったマンティコアの身体は、まるで逃げ惑うかのように動く。
それこそ、俺が最初にレイラに誘導して貰っていた方に。
首から夥しい程の血を撒き散らし、走って自動血抜きマンティコアと化している。
とはいえ、もし万が一あのままお肉に逃げられても困る。
「悪いけど、レイラの事を見てやって!」
俺は勇者の沢山のお嫁さん? 達に声を張り上げて伝えると、剣を持ったままマンティコアを追った。
ちゃんと食べる為にも、ちゃんと動かないようにしないと。
程なくして追いつくと、そいつは自らがなぎ倒した木々に挟まって動けなくなっていた。追わなくても大丈夫だったらしい。
が、ここまで来たのなら、血抜きを済ませておこう。俺は剣でマンティコアを捌き始めた。
普段よりも大きな刃物で、いつも食べている物よりも大きなお肉を捌く。
肉厚な腹を裂き、ぷりぷりで鮮度のいい内臓。モモ肉は骨に沿って。見慣れた形状になっていく毎に、美味しそう度は増していく。
最後にそれらを抱えて沢まで行き、血を流して家に帰る。
どうせなら美味しい物をレイラに食べさせたい。その一心だった。
けれども俺のその判断は、レイラが強い事に基づく物で、人間から見れば間違っている事である事に思い至っていなかったのだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる