魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
18 / 30

18

しおりを挟む

 マンティコアは、ぶわーっと息を吐く。紫色の息……吸うとお腹が痛くなりそうなこの感じ。これは、間違いなく瘴気だ。
 マンティコアは元々食用として飼っていたが、あの時は瘴気を吐き出す事も無く、ましてここまで大きな物ではなかった。
 そう、大きいのだ。空を飛ぶ姿を見ているだけでも分かる。育てていたマンティコアよりも遥かに大きく、何なら俺の家と同じくらいのサイズだ。
 自然の中でのびのびと育ち、育ち、育ちまくり、あの頃とは比較にならない程大きな存在になってしまったらしい。

『パラリラパラリラ』

 あ、鳴き声は相変わらず凄く軽快。踊れそう。
 それは良いが、相手は空。俺は頑張って高いところまでジャンプするくらいしか出来ないし、レイラはドラゴン化しないと飛べない。
 空から狙われるとなると、どうにも分が悪い。

「魔王様、ボクが引きずり落とそうか?」
「……それしかない、かなぁ」

 レイラ、ドラゴンの姿になると物凄い力になるし、ブレスとか吐き出すと怖いんだよなぁ。山火事が。

「レイラ、絶対にブレスは吐かない」
「わかった」
「出来れば倒すのはあの辺り」

 俺は、植物を育てている場所から少し離れた場所を指差す。あの辺なら、木々が倒れても新たに開拓する場所にしてしまえばいい。

「わかった。ボクは魔王様の為にあいつを倒す!」

  レイラはいそいそと服を脱ぐと、全裸で空へと咆哮した。
 ビリビリと皮膚を這う振動と、徐々に彼女の身体を覆う赤い鱗。何よりも大きさが違う。
 レイラは自然界で伸び伸びと育ったマンティコアに引けをとらないサイズのドラゴンへと、姿を変えていく。
 俺はといえば、レイラの脱いだ服が飛ばされないように確保し、彼女が姿を変えてから家の中に放り込んだ。勇者と同じく、とりあえず避難させたのだ。

 ドラゴンが悠々と空を飛ぶ。
 マンティコアのどこか不自然な飛び方とはまったく違う。筋肉を飛ぶ事に特化させたドラゴンの、なんと美しい事か。
 きっと捌けば極上のお肉が鱗の下に眠っているだろう。だが、これはレイラ。絶対に食べるつもりはない。
 失っていたはずの食欲を抑え、俺は納屋へと向かった。中から鍬と鎌を取り出し、それらを持ったままレイラを追う。
 彼女は時折咆哮を上げ、マンティコアを威嚇しながら、俺の指定した場所へと誘導しているようだ。
 相変わらずマンティコアは『パッパラパー』とラッパのような鳴き声を上げている。

「よし!」

 その場所の上空まで来た。後はレイラが引き摺り下ろしたのを、気合で狩るだけだ!
 俺が鎌と鍬を両手に構えてそちらに走り出せば、レイラがマンティコアの翼に噛み付く。
 蝙蝠のような翼は穴が開くと、うまく空を飛べないらしい。ここから見れば薄手の黒い翼にあいた大穴により、マンティコアは体制を崩し、傾いだ状態で地面へと落ちていく。
 レイラはそれをゆっくりと追った。

 思い切り切り裂く事も、口からブレスを吐き出して消し炭にする事も出来るが、俺達の目的の一つにマンティコアを食べるというものがあるせいで、それは出来ない。
 俺もそうだが、レイラもあまり加減が出来ないのだ。消すか生かすかの二択なのである。
 ドォォン、と大きな音と土煙を上げ、マンティコアはその一角へと落ちた。
 木々がバキバキと音を立ててなぎ倒され、土の匂いの中に緑の匂いを混ぜ込む。

「レイラ!」

 声を上げながら近づけば、彼女は上空からマンティコアのすぐそばに降り立つと、人間のような顔の鼻の辺りに噛み付いた。

『パパパパー!』

 ラッパの音がけたたましい。耳に響いて煩い。
 が、次の瞬間――レイラが悲鳴を上げた。近づけは、レイラの厚い鱗の隙間から、マンティコアの蠍のような尻尾が突き刺されていた。

『ウゥゥゥゥ』

 レイラはうなり声を上げながら、よろよろと下がる。同時に、まだ立っていた木々もなぎ倒された。

「レイラ、難しければもういい。休んでいてくれ!」

 さすがに毒針を刺されたとあっては、心配で仕方がない。一部の鱗が紫色に変色し、彼女に毒が利いているのは明らかだ。

『パッパラパッパッパー』

 マンティコアはご機嫌な鳴き声を上げると、レイラを無視して進む。その先は――収穫間際の豆が埋まっている畑の方。そちらとはちょっと離れた場所だった筈なのに、何故敢えて畑に突撃しようとするんだ!

「待て、この――!」

 俺は構えた鎌をマンティコアの足にぶっさし、鍬で殴る。が、本気を出していない――否、野菜の為に本気を出せない俺の力は、こいつにとってはそれほどの脅威でもないらしい。

「――ぐっ」

 毒針の付いたしっぽを俺の方へとブン、と振られ、俺の身体は軽々と宙を舞った。腹に横薙ぎにしたしっぽが当たり、力任せに放り投げられたのだ。
 幸いな事に身体は丈夫なので、一瞬の息苦しさを感じた後は、ゆっくりと空の散歩を楽しみ、突然の急降下で地面に埋まってしまう程度の物だったが。
 問題があるとすれば、俺が地面にめり込んでしまった事。中々穴から抜け出せない。

「うーん」

 少しだけ腕に力を入れるも、全然出られそうな気配がない。参ったなぁ。
 思いきり力を入れれば出られるだろうが、そうすると地面が割れる。せめて鍬か鎌でもまだ俺の手に残っていれば、俺の周りを掘っていくという手が残っていたのだが。

『魔王様に、よくも』

 レイラが、ドラゴンらしい強そうな声を上げ、思いきり息を吸い込む。

「待った! レイラ! 待て!」

 マズイ。あれはブレスを吐く前兆か。ブレスを吐かれたら、何も残らない。
 マンティコアも、マンティコアが向かった先の野菜も。更に言えば、もしも運が悪ければ、その先の人間の街も。何も残りはしないのだ。
 俺の声が通じたのか、レイラはこちらに視線を向ける。金色の、獣のような大きな瞳が俺の無事を確認すると、喉が動いた。
 あ、もしかして、ブレスを飲んだ? セーフ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト
ファンタジー
 突如真っ白な世界へ飛ばされた上木壮真(うえきそうま)は一人の少女と出会う。  その少女は異世界の女神メトシスと名乗り、壮真に彼女の世界を救うことを要求する。異世界を救うためにメトシスが壮真に与えたのは、己の心をも削り取る危険な能力だった。情報の隠蔽のために記憶を消され異世界に飛ばされてしまった壮真は、果たして自らの使命を再び見出だし、世界を魔の手から救い出すことが出来るのか──。  普通だったはずの少年が、世界を救う英雄となるまでの冒険譚が今、始まる。  表紙と本編挿絵は別名義(菱方しかく名義)ですが作者が描いたものです。  内容に関する感想、質問、ミスの報告など、どしどし送っていただけると励みになります。何卒よろしくお願いします!

管理官と問題児

二ノ宮明季
ファンタジー
精術師と魔法使い(https://www.alphapolis.co.jp/novel/420208950/71763157)のスピンオフ小説です。 国家機関である就職管理局に属するジギタリスが主人公となり、国の組織として様々な問題を解決していきます。 出来るだけこれだけでも楽しめるようにしていますが、「精術師と魔法使い」と深く絡んでいる内容となっています。 小説家になろうにも同様の作品を掲載しています。 また、名義としましては、プロットとイラストに芝桜さん(@kirakira3daikon)を加えた「二ノ宮芝桜」となっております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...