17 / 30
17
しおりを挟む今朝の野菜をドナベしながら、パンを捏ね、ドナベが終わったらパンと一緒に放置。薪を割って、いいタイミングで再びパンを捏ね、また休ませ、一度かまどで焼く。
この焼けたパンを、後はドナベするだけだ。
パンの中にドライアドの蜜を混ぜ込んでいるので、仄かに甘いパンが出来上がる。本来ならばこれだけで瘴気の影響を中和出来るのだが、念には念を入れてドナベしているのである。
俺達だって、別にお腹を壊したい訳じゃない。
そもそも、瘴気の影響という意味だけで行けば、この森は人の住む地よりはいくらかは澄んでいる。それというのも、ドライアド栽培をしているからだ。
魔王パワーでにょきにょき大きくなるドライアドは、育てるだけで少し中和してくれるのだ。この調子であちこちに増えて、出来れば人間の住む街ももっと綺麗になってくれればいい。
その為の足掛かりを作れるのは、きっと勇者だろう。
……人間達は誤解しているが、俺は別に勇者に退治されたわけではない。
勇者が魔王城に攻め入った時、俺達は丁度夕食を取っていた。
その中に勇者一行を招き入れ、どうしてこういった行動に出ていたのかを尋ね、人間は俺達が思っていた以上に困窮している事を知ったのだ。
そして俺は決断をした。この場所を明け渡す事を。
残念ながら育てていた家畜は逃がされ、人間界では魔物と呼ばれてしまっている。庭も踏み荒らされ、直ぐに元に戻すのは骨が折れそうだった。その上、人間から瘴気の元凶であると言った誤解を受けているとなれば、集団農業はこれ以降難しくなりそうだと判断したのだ。
それならばいっそ、残った物を勇者達に人間達を導く糧に使って貰い、俺達は集団で培ったノウハウを使って各地で生き残ろうと。その時に俺について来てくれたのが、レイラ。
彼女は、一度は魔王である俺に喧嘩を吹っかけて来たドラゴンだったが、俺に捕まり、危うく食べられそうになった所で「食料を奪おうとしてごめんなさい」と頭を下げたので、一緒に生活するようになった。思えば、レイラと生活してから、ドラゴンを食べようと言う気持ちは不思議と湧かなくなったな……。
なんて思い出に浸ったのには訳がある。
焼けたパンをドナベする前に、どうも眠たくなって、お昼寝をしてしまったのだ。
「おはよう、魔王様」
「おはよう、レイラ」
目を覚ますと、レイラがパンを持ってニコニコとしていた。
「それは?」
「ドナベしておいたぞ!」
「ああ、ありがとう」
流石はレイラ。あの時焼いて食べなくて本当によかった。
「魔王様がこんな時間に眠っているなんて珍しかったからな。暫く寝顔を拝見させて貰った」
「俺の寝顔なんて見たって、仕方がないだろ」
「そんな事は無い!」
大体にして、夜は一緒に寝てるんだから珍しい物でもないだろう。夜は暗いから見え難さはありそうだとしても。
「いいか、魔王様の寝顔は貴重なんだ」
貴重さが、全く想像つかない。
「もの凄く強いのにあどけない顔で寝ているし、危機感がまるで無いし、ちょっとほっぺをつつくとむにゃむにゃって言うんだ! 可愛い!」
「お、おう、ありがとう?」
ありがとう、で、いいのか?
「うむ! ではボクはこのパンを戸棚にしまってくる」
「あ、うん」
何から何までありがとうございます。
「サイラスー!」
思いきり伸びをしていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
外に出て見ると、どうやら勇者のようだ。昨日の今日で来るとは珍しい。何かあったのだろうか。
「助けてくれ!」
まだ距離はあるが、声は拾える。
「レイラ、ちょっと勇者が呼んでるから行ってくる」
「はぁ? あの野郎がまた来ているのか」
「助けてって言うから、ちょっと行ってくるな」
俺は家の中のレイラに声を掛けてから、勇者へと駆け寄る。
人間よりは早く走れるので、どんどん距離を詰め、やがて直ぐ傍で足を止めた。
「どうしたんだ?」
「で、出たんだ」
「食べられなくて毒がある虫でも出たのか?」
「違う!」
さすがに虫くらいではこんなに騒ぎ立てたりはしないらしい。だったら、一体何なのだろうか。
「ま、魔物だ! 魔物が魔王城に出たんだ!」
魔物……俺達の、お肉か。
魔物は人間にとっては脅威。その人間が住んでいるところに魔物が出た。つまり……。
「だ、大丈夫か?」
「外でドライアドを切った後の物をウッドチップにしていたら出たんだ。僕達は慌てて城に逃げ込んだんだけど、切っていたドライアドは食べられて……」
ウッドチップ? ……あ、ウッドクンか。
と、なると、魔物は体の中に瘴気が溜まり、中和させようと本能でドライアドを食らう為に出た、と考えるのが妥当か。
「で、何の魔物だ?」
「おそらくあれは……マンティコアだ」
「なんだって!」
マンティコア――俺が両手を広げたよりも大きい、赤い生き物。蠍のしっぽを大きくしたようなそれには毒があり、確か肉食だった筈だ。もしも魔王城を破りでもしたら、中に住んでいる人間は食べられてしまうかもしれない。
そんな相手だと言うのに、勇者は恐れずにここまでやってきた。
守らねば。この脆弱な、しかし強い人間を。
「ごめん、サイラス」
「謝る事は無いって」
「いや、その……あれ……」
勇者が、空を指差す。そちらへと視線を向けると、赤い巨体が、蝙蝠のような翼でばっさばっさとこちらへと飛んで来ていた。
勇者、人間だもんな。しかもここ、ドライアドがあるもんな。
おそらくは、ウッドクンの素を作っていた勇者の匂いにつられ、追ってきたのだろう。勇者よ、よくぞここまで無事だった。
「……勇者、ちょっと揺れるけど勘弁してくれ。な?」
「え、あ、うん?」
よし、許可は取った。まずは勇者を匿う。それからあいつを倒して、食べる!
俺は勇者を横抱きにすると、家へと走った。腕の中で勇者が「あへぶふぐぐぐぐ」などとよくわからない悲鳴のような物を上げていたが、今は構っている場合ではない。
大方人間よりも速い速度に目を回しているだけだ。
俺は家にたどり着くと、中に勇者をポイッと入れる。
「レイラ、大物だ!」
「あぁ、大物だな!」
既にレイラは外を見たらしい。
マンティコアは大きい。食いでがある。
魔王パワーで倒すのは簡単だが、ここで使えば折角の収穫間際の植物は無駄になり、場合によってはか弱い人間は消滅する。しかも地形も変わる。
よって、ここは力を抑えて倒すしかない。
『パッパラパー!』
こちらを追って来たらしい。近くで羽音とともに、ラッパのような音が聞こえた。これが鳴き声だ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
管理官と問題児
二ノ宮明季
ファンタジー
精術師と魔法使い(https://www.alphapolis.co.jp/novel/420208950/71763157)のスピンオフ小説です。
国家機関である就職管理局に属するジギタリスが主人公となり、国の組織として様々な問題を解決していきます。
出来るだけこれだけでも楽しめるようにしていますが、「精術師と魔法使い」と深く絡んでいる内容となっています。
小説家になろうにも同様の作品を掲載しています。
また、名義としましては、プロットとイラストに芝桜さん(@kirakira3daikon)を加えた「二ノ宮芝桜」となっております。
【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜
櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。
和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。
命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。
さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。
腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。
料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!!
おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる