魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

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 お腹の空く匂いがする。
 甘辛いお肉の匂いと、ドライアドの薫香。この二つが混じり合い、絶妙に空腹感を刺激する。

「そろそろ取りだそう」

 俺が立ち上がれば、皆ぞろぞろと立ち上がり、ドナベしているところへと向かう。
 そして扉を開けると――もうもうと吐き出される真っ白な煙。やがて大気と混じり合い、煙が色を薄くすれば、中には綺麗な色をしたコカトリスのお肉があった。
 これを取りだすと、もの凄くいい匂いがする。
 そもそも、見た目もドナベする前とドナベした後とでは違う。艶と照りがプラスされ、更に香ばしい色を付けているのだ。

「これで完成だ!」

 俺が宣言すると、勇者の喉がゴクリとなった。そうだな、お腹が空くよな。
 俺はこれをテーブルに置くと、家の中からパンも持って来てテーブルに置いた。

「よし、食べるぞ」
「美味しそうだな!」

 レイラがわくわく、キラキラとした瞳で、鶏と内臓と蛇を見ている。

「これが、コカトリスか」
「全く信じられないわ。美味しそう」

 食事として目の前に出されると、人間から見た時の畏怖のようなものを感じなくなるのだろう。勇者もオリヴィアも、期待に満ちた目を向けた。

「いただきます!」

 皆で食事開始の挨拶をし、思い思いに手を伸ばす。
 俺はまず、蛇から。うん、ドナベした事で蛇特有の獣臭さが少し緩和されて、食べやすい。

「これが、蛇か」

 偶然にも、勇者も同じものからいったらしい。

「お、美味しい!」

 美味しいか! 口に合ったようでよかった!

「サクラやヒッコリーとも違う、癖の強すぎない爽やかで甘い薫香が鼻から抜け、想像したような蛇の獣臭さは殆ど無い。下味に使った醤油と、何らかの甘み。これがしっかりとした味を演出している」

 勇者はうっとりと目を閉じ、大演説を始めた。

「更に炭火で焼いた事による香ばしさが加わり、あるいはウナギのかば焼きにも匹敵するような、そんな旨味がしっかりと感じられる。あぁ、もっと早く食べればよかった……蛇……」

 いたく気に入ったらしい。
 そして、ドライアドの葉で作ったお茶をキューっと飲むと「このほうじ茶のようなお茶がまた合う」と、吐息交じりに呟いた。
 勇者の言っている事は相変わらず理解出来ないが、とりあえず喜んで貰えているようで俺も嬉しい。

「魔王様、内臓も美味しいぞ。臓物も丁寧に調理すればごちそうだな」
「ランドルフ、鶏の方も甘くて香ばしくって美味しいわ。本当に鶏みたい」

 女性陣も喜んで食べてくれていたらしい。
 レイラは美味しそうに内臓をもぐもぐしている。最初に内臓からいくとは、通だな。この場合の通が何を指すのかは定かではないが。

「それじゃあ、次は鶏の方を」

 勇者は大振りの鶏肉を手に取ると、齧りついた。

「あぁぁぁぁぁ」

 そして、物凄く幸せそうな声を上げる。

「これはまさしくローストチキンの燻製。ここに転生してから口にする事の無かった、甘辛い醤油味がしみ込んだ鶏肉。皮目は香ばしく焼かれ、それだけでも美味しくないはずはない。そこに追ってくる燻製の香りが鼻孔を擽り、料理そのものの質を底上げしている」

 ロースト、なんだって? 美味しいと思っているのは確かだが、また大げさな大演説が始まった。

「しかも噛んだときに口の中にあふれる肉汁。鶏によくあるぱさぱさ感はまるでなく、人間の方で食べられている廃鶏のような肉の硬さも無い。これが揚げ物になったとすれば、間違いなく美味しい唐揚げになっているだろう」

 アゲモノ? なんだか美味しそうな気配がするな。

「けれども、この炭火で焼いた香ばしさは何物にも代えられない。どんな高級な食材であろうとも、今はもう、コカトリスのローストチキンに叶うような物だとは到底思えない」

 勇者はここまで言うと、パンを手に取り、食べかけのコカトリスのお肉を挟んだ。

「更にこれをパンで挟むと、パンの柔らかさがチキンの汁を吸い、最早サンドイッチの領域すら超える」

 あー、パンと一緒だと美味しいんだな。俺もやろう。
 そう思ったのは俺だけではなかったようで、レイラとオリヴィアもそっとパンに手を伸ばした。そしてお肉を挟んで、一口。
 うん、やっぱり美味しい。ショーユとドライアドの蜜の甘さをパンが吸って、美味しい部分が無駄なく口に入る感じがする。
 ウッドクンでドナベした事によりついた香りも、パンとよく合っていた。
 俺がうんうんと頷きながら食べると、レイラも「勇者のクセにやるな!」と褒めていた。パンにはさむと美味しいなー。お腹もいっぱいになりやすいし。

「確かに、美味しいわ」
「オリヴィア、蛇の方も美味しかったよ」
「……え、ええ」

 オリヴィアは蛇に抵抗があるらしい。だが、パンと共に鶏を食べ終えると、恐る恐るといった様子で蛇に手を伸ばした。
 ちょっと躊躇していたが、やがて目を瞑ってエイッと口に入れて咀嚼する。

「美味、しい……」

 おお、ちゃんと食べて、ちゃんと美味しいって思ったぞ!
 警戒心の強い人間でも美味しく食べられたのは、凄く良い事だ。人間の食生活の幅が広がる。

「よし、最後にモツだ」
「何を持つんだ?」
「モツを持つんだ」

 この勇者、何を言ってるんだ?
 俺の訝しげな視線などなんのその。勇者は内臓に手を伸ばすと、躊躇いなく口に入れた。

「こ、ここはハツか! タレの焼き鶏を燻製したようなこれは……うん、悪くない。懐かしいな。焼き鳥のハツ、好きだったんだよなぁ」

 ハツ? 勇者が食べているのは心臓だと思うが。
 あぁ、また名前を付けたのかな。

「焼き鳥はある意味最初から燻しているようなものだからな。煙の香が強くても全然気にならない。いや、気にならない、なんてレベルじゃないな。美味しすぎる」

 とりあえず口に合ったようでよかった。内臓は好みが分かれる部位だから心配したが、ちゃんと美味しく食べてくれている。
 俺も内臓好きだけどなー。レイラに至っては大好物だし。

「あー、ビールが飲みたい」
「ビィル?」

 飲みたいって事は、飲み物か。

「えっと、麦とホップで作るお酒?」
「ホップ?」

 麦は分かるけど、ホップって何だ?

「えっと、あれって何なんだろう? なんか緑で、ぶわーっとしてて……苦い、のか?」

 緑でぶわー? 植物なんか、大体緑でぶわーっとしてるよな。

「ごめん、俺は市販されている物しか知らないから、詳しくは知らないんだ」
「あぁ、人間の方では売ってるのか。じゃあ、またこれを作ってやるから、そのビィルとかいうやつを持ってくると良いぞ」
「……売ってない」

 市販って言ったり、売ってないって言ったり。ややこしいなー。

「昔は売ってたのか?」
「僕の心の故郷で」

 勇者の例え話はよくわからないなぁ。

「お願い! なんか、緑のぶわーっとしたものを見付けたら、お酒にして貰えないかな!」
「それはいいけど、緑のぶわー、だけじゃ分からないぞ」
「……緑で、苦くて、こう、小さい……いや、中くらいの緑の実がなってる、蔓状の何か?」

 ざっくりしてるなー。

「でも、見かけたら何か試してみるよ。味は?」
「苦くて、炭酸で、すっきり!」
「タンサン?」

 タンサンとは何ぞ?

「しゅわしゅわー」
「あぁ、しゅわしゅわー!」

 それならわかる。果実酒を作る過程でしゅわしゅわする事もあるのだ。きっとあれの事だな。

「それじゃあ、頼んだぞ!」
「まず植物を見付けるところからだから、気長にな」
「あぁ、勿論!」

 あんなに嬉しそうな顔をされたら、断れるわけがない。
 俺は勇者の願いを聞くと約束し、そのまま食事会は続いた。

   ***
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