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家のキッチンの床下には、扉がある。
これを開ければ、いつだっておおよそ一定の温度の保たれた保管庫が見える。俺はそこから樽を一つ引き上げた。レイラは既に大きなタライをスタンバイさせて待っている。
本当によく出来た子だ。どこにお嫁に出しても恥ずかしくない。
恥ずかしくはないが、一人で暮らすのはちょっと寂しいので、出来ればお嫁には行ってほしくないな。でもなー……本人の意思もあるしなぁ。
「レイラ、お嫁に行く予定は?」
「ボクは魔王様に永久就職する予定だから」
尋ねてみると、ケロッと返ってきた。
魔王に永久就職だって! 魔王に、というのはよくわからないが、とりあえずずっと一緒に居てくれるようだ。
だって、永久に就職! 太っ腹!
お給料は出せないが、美味しい物だけはたらふく食べさせてあげよう。
「魔王様。そんな事より、早く絞るぞ」
「え、あ、おう!」
しみじみと永久に就職してくれるっていう言葉に浸っている場合ではなかった。
俺達は樽の中から、布にくるんだそれを取り出した。中身は殆どミソと同じ。豆を敢えて腐らせたものだ。
それを取り出した後の樽には、既に黒い液体が溜まっている。これと同じものを、布を絞ってタライの上に出すのである。
これが結構な重労働なのだが、まさか魔王パワーを出すわけにはいかない。
力は強いのだからなんとかなりそうだが、残念ながら魔王の力は両極端。人間程度の力加減か、持った物がはじけ飛んで、食べ物や調味料という概念まで無くなってしまうかどちらか。悪ければ、弾け飛んだ破片が家の壁を貫通して外に出て行ってしまう。
レイラに関してもそうだ。
ドラゴンの姿にさえなれば、簡単に絞ってくれるかもしれない。ただし、握ったそれがぐしゃぐしゃになって、使える部分が全くなくなってしまうのである。
よって俺達は、あまりにも強大過ぎる力を押さえつつ、家の中で二人がかりでこれを絞らなくてはいけない。
「せーの!」
右の布の端を俺、左の布の端をレイラが持つと、タライの上でそれぞれ反対側に捻る。
すると、中の豆が出る事なく、上手い事汁だけがぽたぽたとタライの中に落ちた。弾けた少量の雫が、レイラの白いエプロンを汚したが、エプロンだから大丈夫だ。
エプロンは汚れる物。汚れても大丈夫!
でも白にこの黒っぽい色は目立つから、その内可愛い色のエプロンも作ってやりたい。
例えば、さっきレイラが勇者と交渉していたなんとかカードがあれば、ちょっと可愛い色の布も買える。布が買えれば、エプロンも作れる。
今俺達が着ている物は、魔王城に居た時に力を合わせて作った布を元に、各々作った物。あの時多めに作ったから代えがあるとはいえ、そろそろくたびれてきてはいる。
いいなー、レイラに可愛いエプロン。ついでに俺にも可愛いエプロン。
なんとかカード、夢が広がる。
「大分たまったな」
俺がなんとかカードによる可愛いエプロン入手について考えている内に、タライにはそれなりに調味料が溜まっていた。
「一回樽に戻そう」
「ああ、分かった」
戻すのは、俺達が絞っていた豆の方だ。二人で両側を持ったまま樽の中に戻し、一回蓋をする。
一気に全てやってしまった方がいいのかもしれないが、一回この出来立ての豆の発酵液体調味料を使って、コカトリスに味をつけておきたい。
俺達はコカトリスの鶏の部分と蛇の部分、それと内臓をそれぞれ別けて器に入れると、その中に出来立ての調味料をお玉で掬い入れた。
ちゃぷん、と、黒い液体が揺れる度に、何とも言えぬ良い匂いがする。
そこに樹液を足してやれば、甘くてしょっぱいタレに漬かったお肉達の完成だ。味が馴染んだ頃に取り出し、水分を拭き、そこから自然乾燥。
あとは勇者達が来たらウッドクンでドナベして食べるだけだ。あぁ、既に美味しそう。
「魔王様、勇者を待たずに食べてしまおうか」
「だ……駄目だって。ドナベする予定だろ」
タレに漬けているお肉を見ていると、ちょっと決心が揺らぎそうになるが、我慢我慢。
「皆で食べた方が美味しい! 多分!」
「……魔王様がそう言うのなら」
また唇を尖らせた。うーん、何とか機嫌を直してほしいが、どうしたものか。
「あ! エプロン!」
「エプロンがどうかしたか?」
レイラは、直ぐに不思議そうに首を傾げた。あれ? 機嫌悪くない?
「えっとな、なんとかカードが貰えたら、一緒にエプロンを作る布を買いに行こう」
「あぁ、エプロン」
彼女の視線は、今しがた汚れたばかりの白い布へと向けられた。よく見れば、コカトリスを捌いた時についた血の色も混じっている。
尤も、血の方は捌いた時についでに水でじゃぶじゃぶとすすいだので、それほど濃くは無いが。
「俺、思ったんだよ。人間の街で買い物が出来たら、おそろいの布が買えるだろ?」
「そうだな」
「じゃあ、おそろいのエプロンが作れるよな!」
「そうだな! 魔王様とおそろいのエプロンが手に入る!」
喜んでる喜んでる。レイラが喜べば、俺も嬉しい。
「ふっふっふ、ナンノコレシキカードをくれると言ったし、勇者に少しくらい食べ物を恵んでやってもいいか」
「ナンノコレシキカードだっけ?」
「違ったか? 何だったかな……モラエルカード?」
「あー、モラエルカード」
まだ違う気もするが、何かしっくりきたな。モラエルカードでいいか。レイラが名前を付ける事が出来たし。
それに何より、すっごくご機嫌になってくれた! レイラの機嫌が良ければ、俺の機嫌もよくなる。
やっぱり親しい人の気分が良いと、俺の気分もいいなー。
「さて、魔王様」
「おう!」
すっかり上機嫌のレイラが、スカートをひらっとさせながら振り向く。その先にあるのは、液体調味料だ。
「絞ってしまおうではないか!」
「おう!」
絞って美味しく使う。それが俺達だ。
レイラのエプロンはまた汚れてしまうが、それも気にせずに、二人で調味料絞りに明け暮れたのだった。
***
これを開ければ、いつだっておおよそ一定の温度の保たれた保管庫が見える。俺はそこから樽を一つ引き上げた。レイラは既に大きなタライをスタンバイさせて待っている。
本当によく出来た子だ。どこにお嫁に出しても恥ずかしくない。
恥ずかしくはないが、一人で暮らすのはちょっと寂しいので、出来ればお嫁には行ってほしくないな。でもなー……本人の意思もあるしなぁ。
「レイラ、お嫁に行く予定は?」
「ボクは魔王様に永久就職する予定だから」
尋ねてみると、ケロッと返ってきた。
魔王に永久就職だって! 魔王に、というのはよくわからないが、とりあえずずっと一緒に居てくれるようだ。
だって、永久に就職! 太っ腹!
お給料は出せないが、美味しい物だけはたらふく食べさせてあげよう。
「魔王様。そんな事より、早く絞るぞ」
「え、あ、おう!」
しみじみと永久に就職してくれるっていう言葉に浸っている場合ではなかった。
俺達は樽の中から、布にくるんだそれを取り出した。中身は殆どミソと同じ。豆を敢えて腐らせたものだ。
それを取り出した後の樽には、既に黒い液体が溜まっている。これと同じものを、布を絞ってタライの上に出すのである。
これが結構な重労働なのだが、まさか魔王パワーを出すわけにはいかない。
力は強いのだからなんとかなりそうだが、残念ながら魔王の力は両極端。人間程度の力加減か、持った物がはじけ飛んで、食べ物や調味料という概念まで無くなってしまうかどちらか。悪ければ、弾け飛んだ破片が家の壁を貫通して外に出て行ってしまう。
レイラに関してもそうだ。
ドラゴンの姿にさえなれば、簡単に絞ってくれるかもしれない。ただし、握ったそれがぐしゃぐしゃになって、使える部分が全くなくなってしまうのである。
よって俺達は、あまりにも強大過ぎる力を押さえつつ、家の中で二人がかりでこれを絞らなくてはいけない。
「せーの!」
右の布の端を俺、左の布の端をレイラが持つと、タライの上でそれぞれ反対側に捻る。
すると、中の豆が出る事なく、上手い事汁だけがぽたぽたとタライの中に落ちた。弾けた少量の雫が、レイラの白いエプロンを汚したが、エプロンだから大丈夫だ。
エプロンは汚れる物。汚れても大丈夫!
でも白にこの黒っぽい色は目立つから、その内可愛い色のエプロンも作ってやりたい。
例えば、さっきレイラが勇者と交渉していたなんとかカードがあれば、ちょっと可愛い色の布も買える。布が買えれば、エプロンも作れる。
今俺達が着ている物は、魔王城に居た時に力を合わせて作った布を元に、各々作った物。あの時多めに作ったから代えがあるとはいえ、そろそろくたびれてきてはいる。
いいなー、レイラに可愛いエプロン。ついでに俺にも可愛いエプロン。
なんとかカード、夢が広がる。
「大分たまったな」
俺がなんとかカードによる可愛いエプロン入手について考えている内に、タライにはそれなりに調味料が溜まっていた。
「一回樽に戻そう」
「ああ、分かった」
戻すのは、俺達が絞っていた豆の方だ。二人で両側を持ったまま樽の中に戻し、一回蓋をする。
一気に全てやってしまった方がいいのかもしれないが、一回この出来立ての豆の発酵液体調味料を使って、コカトリスに味をつけておきたい。
俺達はコカトリスの鶏の部分と蛇の部分、それと内臓をそれぞれ別けて器に入れると、その中に出来立ての調味料をお玉で掬い入れた。
ちゃぷん、と、黒い液体が揺れる度に、何とも言えぬ良い匂いがする。
そこに樹液を足してやれば、甘くてしょっぱいタレに漬かったお肉達の完成だ。味が馴染んだ頃に取り出し、水分を拭き、そこから自然乾燥。
あとは勇者達が来たらウッドクンでドナベして食べるだけだ。あぁ、既に美味しそう。
「魔王様、勇者を待たずに食べてしまおうか」
「だ……駄目だって。ドナベする予定だろ」
タレに漬けているお肉を見ていると、ちょっと決心が揺らぎそうになるが、我慢我慢。
「皆で食べた方が美味しい! 多分!」
「……魔王様がそう言うのなら」
また唇を尖らせた。うーん、何とか機嫌を直してほしいが、どうしたものか。
「あ! エプロン!」
「エプロンがどうかしたか?」
レイラは、直ぐに不思議そうに首を傾げた。あれ? 機嫌悪くない?
「えっとな、なんとかカードが貰えたら、一緒にエプロンを作る布を買いに行こう」
「あぁ、エプロン」
彼女の視線は、今しがた汚れたばかりの白い布へと向けられた。よく見れば、コカトリスを捌いた時についた血の色も混じっている。
尤も、血の方は捌いた時についでに水でじゃぶじゃぶとすすいだので、それほど濃くは無いが。
「俺、思ったんだよ。人間の街で買い物が出来たら、おそろいの布が買えるだろ?」
「そうだな」
「じゃあ、おそろいのエプロンが作れるよな!」
「そうだな! 魔王様とおそろいのエプロンが手に入る!」
喜んでる喜んでる。レイラが喜べば、俺も嬉しい。
「ふっふっふ、ナンノコレシキカードをくれると言ったし、勇者に少しくらい食べ物を恵んでやってもいいか」
「ナンノコレシキカードだっけ?」
「違ったか? 何だったかな……モラエルカード?」
「あー、モラエルカード」
まだ違う気もするが、何かしっくりきたな。モラエルカードでいいか。レイラが名前を付ける事が出来たし。
それに何より、すっごくご機嫌になってくれた! レイラの機嫌が良ければ、俺の機嫌もよくなる。
やっぱり親しい人の気分が良いと、俺の気分もいいなー。
「さて、魔王様」
「おう!」
すっかり上機嫌のレイラが、スカートをひらっとさせながら振り向く。その先にあるのは、液体調味料だ。
「絞ってしまおうではないか!」
「おう!」
絞って美味しく使う。それが俺達だ。
レイラのエプロンはまた汚れてしまうが、それも気にせずに、二人で調味料絞りに明け暮れたのだった。
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