魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
10 / 30

10

しおりを挟む
 家のキッチンの床下には、扉がある。
 これを開ければ、いつだっておおよそ一定の温度の保たれた保管庫が見える。俺はそこから樽を一つ引き上げた。レイラは既に大きなタライをスタンバイさせて待っている。
 本当によく出来た子だ。どこにお嫁に出しても恥ずかしくない。
 恥ずかしくはないが、一人で暮らすのはちょっと寂しいので、出来ればお嫁には行ってほしくないな。でもなー……本人の意思もあるしなぁ。

「レイラ、お嫁に行く予定は?」
「ボクは魔王様に永久就職する予定だから」

 尋ねてみると、ケロッと返ってきた。
 魔王に永久就職だって! 魔王に、というのはよくわからないが、とりあえずずっと一緒に居てくれるようだ。
 だって、永久に就職! 太っ腹!
 お給料は出せないが、美味しい物だけはたらふく食べさせてあげよう。

「魔王様。そんな事より、早く絞るぞ」
「え、あ、おう!」

 しみじみと永久に就職してくれるっていう言葉に浸っている場合ではなかった。
 俺達は樽の中から、布にくるんだそれを取り出した。中身は殆どミソと同じ。豆を敢えて腐らせたものだ。

 それを取り出した後の樽には、既に黒い液体が溜まっている。これと同じものを、布を絞ってタライの上に出すのである。
 これが結構な重労働なのだが、まさか魔王パワーを出すわけにはいかない。
 力は強いのだからなんとかなりそうだが、残念ながら魔王の力は両極端。人間程度の力加減か、持った物がはじけ飛んで、食べ物や調味料という概念まで無くなってしまうかどちらか。悪ければ、弾け飛んだ破片が家の壁を貫通して外に出て行ってしまう。

 レイラに関してもそうだ。
 ドラゴンの姿にさえなれば、簡単に絞ってくれるかもしれない。ただし、握ったそれがぐしゃぐしゃになって、使える部分が全くなくなってしまうのである。
 よって俺達は、あまりにも強大過ぎる力を押さえつつ、家の中で二人がかりでこれを絞らなくてはいけない。

「せーの!」

 右の布の端を俺、左の布の端をレイラが持つと、タライの上でそれぞれ反対側に捻る。
 すると、中の豆が出る事なく、上手い事汁だけがぽたぽたとタライの中に落ちた。弾けた少量の雫が、レイラの白いエプロンを汚したが、エプロンだから大丈夫だ。
 エプロンは汚れる物。汚れても大丈夫!
 でも白にこの黒っぽい色は目立つから、その内可愛い色のエプロンも作ってやりたい。

 例えば、さっきレイラが勇者と交渉していたなんとかカードがあれば、ちょっと可愛い色の布も買える。布が買えれば、エプロンも作れる。
 今俺達が着ている物は、魔王城に居た時に力を合わせて作った布を元に、各々作った物。あの時多めに作ったから代えがあるとはいえ、そろそろくたびれてきてはいる。
 いいなー、レイラに可愛いエプロン。ついでに俺にも可愛いエプロン。
 なんとかカード、夢が広がる。

「大分たまったな」

 俺がなんとかカードによる可愛いエプロン入手について考えている内に、タライにはそれなりに調味料が溜まっていた。

「一回樽に戻そう」
「ああ、分かった」

 戻すのは、俺達が絞っていた豆の方だ。二人で両側を持ったまま樽の中に戻し、一回蓋をする。
 一気に全てやってしまった方がいいのかもしれないが、一回この出来立ての豆の発酵液体調味料を使って、コカトリスに味をつけておきたい。

 俺達はコカトリスの鶏の部分と蛇の部分、それと内臓をそれぞれ別けて器に入れると、その中に出来立ての調味料をお玉で掬い入れた。
 ちゃぷん、と、黒い液体が揺れる度に、何とも言えぬ良い匂いがする。
 そこに樹液を足してやれば、甘くてしょっぱいタレに漬かったお肉達の完成だ。味が馴染んだ頃に取り出し、水分を拭き、そこから自然乾燥。
 あとは勇者達が来たらウッドクンでドナベして食べるだけだ。あぁ、既に美味しそう。

「魔王様、勇者を待たずに食べてしまおうか」
「だ……駄目だって。ドナベする予定だろ」

 タレに漬けているお肉を見ていると、ちょっと決心が揺らぎそうになるが、我慢我慢。

「皆で食べた方が美味しい! 多分!」
「……魔王様がそう言うのなら」

 また唇を尖らせた。うーん、何とか機嫌を直してほしいが、どうしたものか。

「あ! エプロン!」
「エプロンがどうかしたか?」

 レイラは、直ぐに不思議そうに首を傾げた。あれ? 機嫌悪くない?

「えっとな、なんとかカードが貰えたら、一緒にエプロンを作る布を買いに行こう」
「あぁ、エプロン」

 彼女の視線は、今しがた汚れたばかりの白い布へと向けられた。よく見れば、コカトリスを捌いた時についた血の色も混じっている。
 尤も、血の方は捌いた時についでに水でじゃぶじゃぶとすすいだので、それほど濃くは無いが。

「俺、思ったんだよ。人間の街で買い物が出来たら、おそろいの布が買えるだろ?」
「そうだな」
「じゃあ、おそろいのエプロンが作れるよな!」
「そうだな! 魔王様とおそろいのエプロンが手に入る!」

 喜んでる喜んでる。レイラが喜べば、俺も嬉しい。

「ふっふっふ、ナンノコレシキカードをくれると言ったし、勇者に少しくらい食べ物を恵んでやってもいいか」
「ナンノコレシキカードだっけ?」
「違ったか? 何だったかな……モラエルカード?」
「あー、モラエルカード」

 まだ違う気もするが、何かしっくりきたな。モラエルカードでいいか。レイラが名前を付ける事が出来たし。
 それに何より、すっごくご機嫌になってくれた! レイラの機嫌が良ければ、俺の機嫌もよくなる。
 やっぱり親しい人の気分が良いと、俺の気分もいいなー。

「さて、魔王様」
「おう!」

 すっかり上機嫌のレイラが、スカートをひらっとさせながら振り向く。その先にあるのは、液体調味料だ。

「絞ってしまおうではないか!」
「おう!」

 絞って美味しく使う。それが俺達だ。
 レイラのエプロンはまた汚れてしまうが、それも気にせずに、二人で調味料絞りに明け暮れたのだった。

   ***
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ふたつぶの涙

こま
ファンタジー
「わたしは、ユッポ。かくしてくれて、ありがとう!」 僕が出会ったのは、失踪した父を探す少女に見える、人形。意思を持って動くモノなんて、本職の人形師でも作れないのに。家具を作る職を離れたとはいえ師の作品。僕は興味のまま、人形の父親探しを手伝うことにした。 ユッポが故障し、修理すると、人間的な感覚を得ていくようだ。ユッポはどうなるのか、父を見つけることはできるのか。人が苦手な家具職人の青年と、天真爛漫な人形の少女。でこぼこなふたり旅は前途多難!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

1000歳の魔女の代わりに嫁に行きます ~王子様、私の運命の人を探してください~

菱沼あゆ
ファンタジー
異世界に迷い込んだ藤堂アキ。 老婆の魔女に、お前、私の代わりに嫁に行けと言われてしまう。 だが、現れた王子が理想的すぎてうさんくさいと感じたアキは王子に頼む。 「王子、私の結婚相手を探してくださいっ。  王子のコネで!」 「俺じゃなくてかっ!」 (小説家になろうにも掲載しています。)

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

防御に全振りの異世界ゲーム

arice
ファンタジー
突如として降り注いだ隕石により、主人公、涼宮 凛の日常は非日常へと変わった。 妹・沙羅と逃げようとするが頭上から隕石が降り注ぐ、死を覚悟した凛だったが衝撃が襲って来ないことに疑問を感じ周りを見渡すと時間が止まっていた。 不思議そうにしている凛の前に天使・サリエルが舞い降り凛に異世界ゲームに参加しないかと言う提案をする。 凛は、妹を救う為この命がけのゲーム異世界ゲームに参戦する事を決意するのだった。 *なんか寂しいので表紙付けときます

処理中です...