魔王様とスローライフ

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
9 / 30

9

しおりを挟む
「レイラ、一人で狩ってきたのか」
「ああ。魔王様がこいつらばかり相手にして飽きていたからな。ついでに仕留めておいた」

 コカトリスは殆ど人間の言うところの鶏。身は、鶏肉と蛇肉が同時に味わえる親切設計。
 狩りに失敗すると石化させられる事以外は、非常にいい食料だ。

「そうだ、折角だからドナベしていくか?」

 俺は勇者とオリヴィアの前に出ると、固まっている二人に問いかける。

「う……えっと……」
「それ、は……」
「貴様達が食べていくのかいかないのかはどちらでもいいが、ボクは血抜きするぞ。この辺で」

 一応レイラなりの配慮だったのだろう。血抜きの一言を聞いた二人は、慌てて距離を取った。へたり込んだオリヴィアなど、そのままの状態でずるずるとお尻で移動し、ややあってから立ち上がったせいで、可愛い服が台無しになっていた。
 お尻のあたりが、土で汚れ、擦り切れている。ここがピカピカの廊下とかだったら、綺麗なまま帰してやれたんだけどな。ごめんな。

「魔物といえども、血抜きとか捌いたりとかは、目の前では見たくないな」
「ドナベをするところは見てみたいけど、これは、ちょっと」

 人間、繊細。お肉を食べる時は捌くのが当たり前なのに。

「それじゃあ、夕方にもう一回来いよ。夕食を食べさせてやるから。その時にドナベしよう」

 それまでに血抜きして、捌いて、乾かしておけばいいなら、結構余裕がある。この二人がお肉になる様を見たくないのなら、それしかないし。

「そうして貰えると有難いな」

 勇者が頷くと、隣でオリヴィアも全力で首を縦に振っている。
 もげそうだけどもげない。縦に振っても頭はもげないもの。人間、結構頑丈。

「ただ、なんか土鍋するって単語がもう……」
「駄目か?」
「駄目じゃない! 全然駄目じゃない!」

 ドナベって言ったのは勇者なのにな。変な奴。
 勇者は慌てて咳払いをすると、「一回帰るから! ありがとう」とそそくさとこの場を後にした。勿論、オリヴィアを連れて。

「やっと邪魔者は帰ったな」
「邪魔者っていうのは酷いだろ、レイラ」

 勇者達は、色々と知りたくて来ているのだろう。あの感じだと、人間界は随分と遅れている。

「いいや、ボクにとっては邪魔者だ」

 レイラはぷくっと頬を膨らませた。

「あいつらはちょくちょくボクと魔王様の愛の巣に来やがる。邪魔だ」
「まぁまぁ、そんな事言わず」

 ドラゴンだから、やっぱり家っていうと巣のイメージになるのだろうか。家の中に卵とか無いけどな。

「魔王様、手伝ってくれ」
「当たり前だろ。レイラ、いい獲物を捕まえてくれてありがとう」

 礼を言うと、俺とレイラはナイフと鍋を持って近くの沢に場所を変え、血抜きを開始した。
 既に絞めてくれてはいたようで、コカトリスから石化の魔法を受ける事も無い。手早く作業し、内臓とお肉とに分け、血を洗う。
 コカトリスは、鶏と蛇の顔がついているにも関わらず、不思議な事に内臓が一つずつ――それも鶏のそれしかない。
 俺が捌いている間に、レイラが木の枝と石を組み合わせ、火をつけたら上に鍋を置けるようにセッティングしてくれた。

「魔王様、火をつけてくれ」
「お、ありがとう」

 俺が魔法で木の枝に火をつけると、直ぐに彼女は水を張った鍋をその上にかけた。

「このくらい、お安い御用だ」
「よっ、お値打ち価格!」

 よくわからないが、胸を張ったので相槌を打っておこう。
 こうしてちょっとはしゃぎならお湯が沸くのを待った後で、俺は尾(蛇)を落とし、内臓を取ったコカトリスをくぐらせた。
 これで簡単に羽根を毟る事が出来る。
 羽も食べようと思えば食べられない訳ではないが、消化するまでに結構な時間を要するので、申し訳ないが別の物に加工している。干した後に、掛布団にしたりとか。

 これらを終えたら、後は部位ごとに切り分け、乾燥させ、夕方にドナベするのを待つだけだ。
 内臓の取り分けは既に終わっている。我ながら綺麗に出来た。これもドナベする。

 あとは蛇か……と思いながらレイラの方を見れば、先程まで俺とはしゃいでいたはずが、既に彼女が捌いていた。スパパーンと皮をはぎ、しっかりと血合いを除き、干す段階まで出来ていた。
 綺麗な白身は、淡白な魚の切り身のようにも見える。魚にしては筋肉質ではあるが、中々に美味しそうだ。

「ありがとう。美味しそうな切り身になったな」
「出来れば勇者どもには食わせず、ボク達だけで食べてしまいたいほど、美味しそうな姿になっただろう?」
「美味しい物は分け合った方が美味しいと思うぞ」

 レイラはちょっと面白く無いように唇を尖らせたが、やがて「魔王様がそう言うのなら」としぶしぶ頷いた。素直じゃないなー。
 うーん、それにしても、このまま干すよりも下味をつけるか……。特に今回は、お腹を空かせている人に振る舞うんだし。

「レイラ、一回家に戻って下味をつけよう」
「何味にするんだ?」

 ふっふっふ。これはもう考えてある。丁度食べ頃の調味料に覚えがあるのだ。

「俺、気が付いたんだ」
「ん?」
「そろそろ、豆の発酵液体調味料が出来ている頃なんじゃないか、って」
「おお、あれか! 確かにそろそろだな!」

 ミソと作り方は似ているが、違うのは豆そのものではなく、そこから絞り出した液体を使う、という部分。あれがまた、ミソとは違った独特な風味を孕み、非常に奥深い味がする。
 調味料系は、どれも作るのに時間がかかるのが難点だが。

「あの、黒くてしょっぱくてしゃばしゃばしている!」
「そう、その黒くてしょっぱくてしゃばしゃばのアレと、ドライアドの蜜を混ぜて下味にしたら……」

 俺とレイラは想像し、同時に腹の虫を鳴かせた。

「絶対美味しいな。コカトリスとの相性は抜群だ」
「そうだろう。絶対美味しいよな」

 てりってりの鶏のお肉が、ドナベする事によって、更に独特な艶が出る。美味しくない訳がない。

「そうと決まれば、早速絞ろう!」
「な! 早く戻ろう!」

 俺達は一気に上がったテンションはそのままに、捌いたコカトリスと共に家へと戻った。

   ***
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

覇者となった少年 ~ありがちな異世界のありがちなお話~

中村月彦
ファンタジー
よくある剣と魔法の異世界でのお話…… 雷鳴轟く嵐の日、一人の赤子が老人によって救われた。 その老人と古代龍を親代わりに成長した子供は、 やがて人外の能力を持つに至った。 父と慕う老人の死後、世界を初めて感じたその子供は、 運命の人と出会い、生涯の友と出会う。 予言にいう「覇者」となり、 世界に安寧をもたらしたその子の人生は……。 転生要素は後半からです。 あまり詳細にこだわらず軽く書いてみました。 ------------------  最初に……。  とりあえず考えてみたのは、ありがちな異世界での王道的なお話でした。  まぁ出尽くしているだろうけど一度書いてみたいなと思い気楽に書き始めました。  作者はタイトルも決めないまま一気に書き続け、気がつけば完結させておりました。  汗顔の至りであります。  ですが、折角書いたので公開してみることに致しました。  全108話、約31万字くらいです。    ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです。  よろしくお願いいたします。

防御に全振りの異世界ゲーム

arice
ファンタジー
突如として降り注いだ隕石により、主人公、涼宮 凛の日常は非日常へと変わった。 妹・沙羅と逃げようとするが頭上から隕石が降り注ぐ、死を覚悟した凛だったが衝撃が襲って来ないことに疑問を感じ周りを見渡すと時間が止まっていた。 不思議そうにしている凛の前に天使・サリエルが舞い降り凛に異世界ゲームに参加しないかと言う提案をする。 凛は、妹を救う為この命がけのゲーム異世界ゲームに参戦する事を決意するのだった。 *なんか寂しいので表紙付けときます

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...