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箱のような部屋
しおりを挟むおちて、落ちて、堕ちて……僕の手は、悪血手になっていた。
「あぁ、なあんて事だ」
僕は自分で言うのもなんだが、仰々しい動きで頭を抱える。
同時に、ぴちゃ、と、粘着質な音が部屋に響く。
僕の周りには武器と、死体が転がっていた。どうしてこんな事になったのか。
とってもとっても、ありふれた理由だ。
ありふれて、飽和して、崩壊して、鏡の中の創作物にすら広がっているのではないかというほどだ。
ただし、現実ではほとんどない。僕だってこんな風になるまで、現実であり得るなんて考えもしなかったのだから。
目が覚めた時、沢山の人が一室に集められていた。
「なんだこれ!」
「ここどこ!?」
「か、帰りたいよぅ……」
沢山の人、とは良くないな。正確には僕を入れて八人。
「シュアン」
つい、と、袖が引かれてそちらに目を向ける。
「ザクロも、ここに居たんだ」
「う、うん。知ってる人がいてよかった……」
僕の幼馴染。小さなころから、ずっと僕の事を追って来ていた女の子。
彼女はほんの少しだけ安堵の息を吐きだした。おそらく、僕も同様の感情を息に含ませて吐き出したのだろう。
「おい、これ、なんだよ!」
集められた内の大男が、中央に置かれていた箱を開けて声を荒げた。
中に入っていたのは紙。
『誰か一人になるまで、ここが開く事は有りません』
「な、なにそれ! なんなのよ!」
「意味が分からない!」
「やだよぅ。もう帰りたい。おかあさぁん」
『娯楽』の媒体では腐るほど見ていた事が、僕の身に降りかかった。
「おい、箱の中に――!」
箱の中に、人数分のナイフ。
「いやぁぁぁぁ!」
誰の悲鳴だったのか。いや、しかし、僕が最初に見たのであっても、もしかしたら悲鳴を上げていたかもしれない。
これは、事実上のデスゲームである事を示していた。
とりあえずは全員で話し合い、箱を部屋の隅に追いやって、扉が開くのを待つことになった。
一応自己紹介なんぞをしてみれば、僕はシュアン、幼馴染はザクロ。その他、シャクドウ、スオウ、ベンガラ、コキアケ、ヨウコウ、エンジ。
きっと皆気付いただろう。この共通点に。
お互いに敵意が無い事を示しながら、空腹に耐え、一日目はそれで幕を閉じた。
だが、全員が疑心暗鬼状態である事は言うまでもない。ぐっすりと眠れた人なんて、誰もいなかったのではないだろうか。
少なくとも僕は眠れなかったし、ザクロは震えながら僕に引っ付いて離れなかった。
言葉にこそ出さないが僕も不安だったので、ザクロが引っ付いてくるのを振りほどく気が何も起こらなかった。
二日も何もなかった。
全員で空腹に耐え、震え、恐怖に慄き、命の危険信号を脳の中で点滅させた。
三日目も何も無かった。多少の喧嘩やいざこざはあったが、やがて全員無駄だとあきらめた。水分を摂取できないのが、一番の問題だっただろう。
この頃には、眠れないはずなのに、どうにも意識が可笑しくなっていた気がする。
ここは時間も分からず、ずっと明るい箱のような部屋、これが、僕たちを可笑しくする要素の一つだったのだろうか。
四日目、事件が起きた。
ヨウコウが死んだ。全員で悲鳴を上げ、部屋に放られている血まみれのナイフを見つめ、誰がやったのかと糾弾大会をした。
「……食べよう」
誰から言い出したのか。
やがて新鮮な肉と、充分な水分を前に、僕たちは獣になった。
五日目、シャクドウが死んだ。
生肉を貪った。
六日目、スオウとコキアケ死んだ。
ついでに仲たがいしたエンジとベンガラがお互いを刺しあって瀕死になったので、僕はザクロを振り切ってとどめをさしてあげた。
ザクロは悲鳴を上げて、めそめそと泣く。
「そんなに泣くなよ。勿体ないだろ」
「でもっ……でもっ……」
ザクロはいつまでもしゃくりをあげる。
それでも僕はザクロを楽にしてあげよう、という気は起きなかった。
そう、この頃になれば、死=楽だと思ってしまっていた。何かの装置が作動しているかのように。
七日、ザクロは僕にしがみ付きながら「思い出したの」と呟いた。
「多分、わたし達には名前以外の共通点があったの」
あぁ、そうだった。共通点の事なんてすっかり忘れていた。
「共通点、って、名前が全員赤色の関係である以外、何があるの?」
僕が尋ねれば、彼女は僅かに「あのね」と声を上げた。
それからおもむろに立ち上がると、ナイフを拾い上げる。
「きっと全員、自殺志願者だよ」
自殺、志願者。
目の前が真っ黒になるようだ。
「バイバイ」
スローモーションのようだった。ボクはザクロが胸にナイフを突き立てるのを、呆然と眺めていた。
血が噴き出る。
他人の血が混じり合った服に、他人の血が付着した顔。生臭い部屋の中に、新しい命の終わりを告げる匂い。
充満して可笑しくなりそうだ。いいや、既に可笑しくなっていた。
僕は倒れ伏したザクロに駆け寄る。
「ザクロ!」
久しぶりに大きな声を出した。
抱きしめて見れば、まだ温かい身体に、溢れてくる血液。僕は彼女に触れた手を見る。
べったりと、柘榴色の血がついている。
「……柘榴」
名前を呟き、手についた彼女に舌を伸ばした。
舌で舐めとる恋の味。僕は、彼女に恋をしていたのだと……ここにきて、やっと自覚したのだ。
不思議と涙があふれる。
――グン、と、部屋が大きな音を立てる。同時に、不快な浮遊感。
チン、と軽やかな音。
ドアなんてないと思っていたのだが、ドアが開く。
「お帰りなさい。生き残った貴方には、苦しまずに生きる権利を差し上げます」
これは、自殺エレベーター。
最後の一人になれば、安心して生きる未来を手に入れる事が出来る、とうたわれているシステムだ。
どの道死ぬつもりなのだから、楽して生きれる未来だろうが、楽になる死後だろうが同じこと。
僕はその為におちて、落ちて、堕ちて……僕の手は、悪血手(おちて)になっていた。
「あぁ、なあんて事だ」
僕は自分で言うのもなんだが、仰々しい動きで頭を抱える。
同時に、ぴちゃ、と、粘着質な音が部屋に響く。
僕の周りには武器と、死体が転がっていた。
「さぁ、朱殷さん。望みをどうぞ」
主催者と思しきその人は、僕に尋ねる。
僕の答えは――
「楽に殺して欲しい」
自殺に怯える、僕らしい情けない望みだった。
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