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2章
2-35 ヴェラ、ビックリしちゃう~~~
しおりを挟む「あら、まぁ……。やるのね、ジギタリスさん」
「私の事は放っておいて、そこの女を捕まえなさいよ! その女を殺すの! 殺さないといけないわ! 殺して!」
「うーん、けれどこの状況じゃ、ね」
俺に捕まったビデンスさんはジタバタと暴れるが、逃がす気はない。アマリネさんはと言えば、困ったように微笑むだけだ。
と。街の方から爆発音が聞こえた。
「え、な、なんだ?」
「クルトさん、気を取られないで下さい!」
クルトさんの意識は一瞬にして爆発音に奪われ、慌てて注意を促した瞬間に、俺は息が出来なくなった。
腕の力は緩み、ぐらりと体制は崩れる。これは――強風か。
俺に出来る事と言えば、吹き飛ばされないように必死にこらえる事だけだ。サーベルを地面に立て、ひたすら耐える。
これは、クルトさんと模擬戦をした時以上の、強い風。
「痛っ……!」
ようやっと強風が止み、息を吸い込めるようになったとほぼ同時。クルトさんの痛みを訴える声が耳に入った。
見れば、今の風で吹き飛ばされたのだろう。彼はフィラさんを庇うように抱え、背中から木にぶつかって、ずるずると地面に落ちた。
クルトさんは呻きながらも身を起こし、同様に、起き上がったフィラさんも「痛いですわ」と呟く。
それから、よろよろとではあるが二人が立ち上がった様子を見て、俺は思ったよりも酷い怪我をしている訳ではなさそうだ、と、胸を撫で下ろした。
「な、なん、なんだ」
「んも~~~~! 二人とも、不注意ダゾ☆」
クルトさんが途切れ途切れに毒づくと、不意に女の高い声が聞こえた。声の方へと視線を向けると、俺達と距離を取った場所に、右にビデンスさんを、左にアマリネさんを抱えた女性がいた。
彼女は、はちみつ色のふわふわの髪を揺らしながら、簡単に両脇から二人を降ろす。
……普通の女の子は両脇に女性を抱えないよな。見かけよりも相当鍛えているようだ。
「お、お、お前! お前、精術師か! 大元がついてるんだよな!?」
クルトさんには、俺が見えていないもの――すなわち精霊が見えているらしい。それも、大元となると、使える精術は普通の精術師の倍以上。……かなり手強い相手か。
「きゃっ☆ いきなりおっきぃ声出されるとぉ、ヴェラ、ビックリしちゃう~~~」
彼女は、「誰かが考えた可愛い者の真似」のような、あざといポーズを取る。
「オレはツークフォーゲル! クルト・ツークフォーゲルだ!」
「……むぅ、名乗られちゃったらぁ、名乗らない訳に行かないモンね。ヴェラはぁ、ヴィントホーゼ。ヴェラ・ヴィントホーゼっていうんダヨ♪ ヨ・ロ・シ・ク!」
わざとらしく「きゃぴっ」と弾んだ声を上げ、その場でくるりと回って見せる彼女の事を、俺は書面で見た記憶があった。
確か、調査を受けていない精術師のリストの中の一人だった筈だ。精霊の属性は旋風、だったか。
とはいえ、彼女がアマリネさんとビデンスさんと繋がっていたとなると、様々な「どうやって」は解決する。全ては彼女が精霊に頼み、その上で動いていた、という事になるのだ。
……何をしたかったのかは未だに謎だが。
「ヴェラ・ヴィントホーゼさん。既に何カ月も調査を受けていないようですが……不審な動きをしていそうですね」
「や~~ん、怖ぁい」
ヴェラさんは、ハイテンションで一々ポーズを変えながら反応する。わざとらしすぎて、どこから突っ込んだらいいのか分からない。
正直に言えば、未だに微笑むアマリネさんや、俯いて爪を噛むビデンスさんと比べ、明らかに浮いているように見えるのだ。
とはいえ、警戒の対象にならないのかと言えばそうではない。
おそらく彼女はこちらの動きを、やや遠くから窺って人物の一人。手出しする動きは見せなかった、その人だ。更にもう一人いたはずだが、そちらは関係なかったのか。
それよりも、目の前の人物だ。長い間木々に紛れていたせいか、夜露と葉の匂いが、強く付着している。
距離からいって、直ぐに攻撃に移れるという訳ではないが、警戒をしているというアピールの為に、俺は彼女にサーベルの切っ先を向けた。
「おいおい、オレとやり合おうってのか? あぁん?」
先程までの、「作った少女らしさ」はどこへやら。彼女は唸る様な声を上げると、挑発的な笑みを浮かべて腰に手を当てる。
「おい、そこのちんまいガキ」
「ち、ち、ちんまい言うな!」
「早く街に行った方が良いぜ。シュヴェルツェにお仲間さんが襲われて大変な事になってんぞ」
上手く言葉が呑み込めず、俺の喉からは「……は?」という、何とも間抜けな声が出た。
「ベル!」
「おう、そのベルだ。綺麗な顔した男だよ」
間違いなくベルさんの事なのだろうが、一体、何が起こったって?
シュヴェルツェが、出た? またしても、クルトさんがいる場所に? まさか、先程の爆発音が、その件なのか?
「あ、管理官さ~~ん! 管理官さんも、そっちに行った方がいいと思うヨ☆」
……平たく言えば、「見逃せ」という事か。こんな緊縛した空気の中、何故かクルトさんが何かに気を取られているのは気になるが、それはスルーしておく。大方精霊関係だろう。
「だぁって、シュヴェルツェが出てるって知っていて~~、被害もあるのにこんな所で油を売っていた、なんて知れちゃったら~~~。あぁん、続きを想像するだけで、ヴェラ、とーっても心配☆」
遠回しな、脅しだった。
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