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2章
2-16 迷っている場合ではなかった
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翌日、俺は再び問題の部下を二人連れて何でも屋を訪れていた。
昨晩、二人が帰った後にまたここに来て、今日の調査の許可を貰ったのだ。
フルゲンスさんからは幾分反省している様子が見られ、ネモフィラさんからは拗ねている気配を感じた。正直に言ってしまえば、非常に気が重い。
ところが、俺の内心を知る由もないフルゲンスさんが「チーッス!」と、何でも屋のドアをノックも無しに開けてしまったのだ。
「サーセン、接客中ッスか?」
中を見た瞬間に、フルゲンスさんは首を傾げる。
「そうだね、接客中だよ」
所長さんの声が聞こえたかと思えば、ネモフィラさんが堂々と足を踏み入れた。俺は心苦しさを感じながら、出来るだけ身を縮めながら「失礼します」と、何でも屋にお邪魔する。
何でも屋の中には客と思しき、ひょろりとした体系の男。対面に所長さん。
気になるのは、階段の辺りに広がる食器の残骸と、その中に立つ、手を握り合っているクルトさんとネメシアさん。更に、せっせと残骸を掃除しているベルさんだ。
ベルさんは、昨日とは打って変わって、フルゲンスさんに見向きもしない。
依頼中、なのはいいとして、何だこの状況。
呆然と見ていると、所長さんは事務所内に設置した棚に向かう。
「彼の依頼はクルトに任せるから。お願いね、クルト」
「おう!」
「大まかな料金表、渡しておくから」
「おう!」
今日の依頼は、クルトさんに任せるらしい。
所長さんは料金表とやらを探す為に、棚の引き出しを大雑把に開け、中身をかき混ぜ、時には入っていた物を放る。この光景を目にしたベルさんの視線は、掃除中だったにもかかわらずとてつもなく怖い事になっていた。
絶対後でベルさんに叱られるパターンだ。
やがて所長さんは目当ての物を探し出せたようで、ネメシアさんと握り合っていた手を離させて、クルトさんに渡す。
「所長、手が空いたならシアの手、握っておいて」
冷たい視線のベルさんが、所長さんに次の仕事を任せる。相変わらず、フルゲンスさんの方は見ない。
「……ベル、あの――」
「いくらなんでもその態度は無いと思いますわ!」
フルゲンスさんが声を掛けようとしたのだが、それを遮ったのはネモフィラさんだ。
彼女は珍しくずんずんとベルさんの方に近づくと、キッと真正面から睨み付ける。
何をやらかすつもりだ。今すぐに止めるべき、か?
「いくらこの方がちゃらんぽらんで、どうしようも無かったとしても、13枚ですのよ。1枚の貴方の態度はおかしいですわ」
これは、明らかに不味い。迷っている場合ではなかった。
「貴方が謝るべきですのよ。昨日の事を」
俺が慌ててネモフィラさんの方へと向かうと、「なんで」と、ベルさんの地を這うような声が響く。
「……なんで、お前なんかにそんな事……」
美しい顔は、どこまでも冷たい。
「そうッス。オレとベルの間に上下関係なんかねーッス」
「お前、何だよそれ!」
怒ったのは、ベルさんだけではない。フルゲンスさんも、クルトさんも表情を歪めてネモフィラさんを見る。
「ちょっと、モッフィー!」
「君、よくもまぁ、僕のベルにそんな事を言えたもんだね」
ネメシアさんも、所長さんも怒っている。当然だ。
かくいう俺も、非常に苛立っていた。
こんな事になるのなら、連れてこなければよかった。こんな風に、他者を枚数でしか見られない内に、外に出すなど間違っていたのだ。
「何ですか、その物言いは」
思いの外、俺の声は低く出た。
ネモフィラさんがビクリと肩を震わせたが、それが一体何だと言うのだ。
「わ、わたくし、何も悪い事は言っておりませんわ」
まだ、これ以上まだ言うか。
出来るだけ怒りを外に出さないようにとしているはずが、堪えられない。ぐっと拳を握る。
「私は昨日、散々お話をした筈です。同じ人間である以上、そこに優劣はないと」
「わたくしも言いましたわ。では何故、学校ですら優劣をつける様な教育になっていますの? と」
ああ、本当に、もう無理だと放ってしまえばよかった。
他者を傷つけるくらいなら、他のやりようを考えればよかった。
「どうして貴女は――」
「もう嫌ですわ!」
俺の言葉を、ネモフィラさんは大きな声で遮る。
「お説教はうんざりですの。貴方はわたくしの何ですの? たかだか形式上の上司と言うだけで、どうしてここまで責められなくてはなりませんの?」
彼女は、一度は俺に怯えた筈だった。
けれども背筋をまっすぐに伸ばし、キッと睨み付ける。
「わたくしは間違っていませんわ。だって、だって、小さい頃から、皆言っていましたもの。精霊なんかいない、13枚は偉い、わたくしは特別だ、と」
この教育が間違っている。間違っているが、どうしてどれだけ時間がかかっても俺は説明出来なかったのか。
様々な部分で甘い自分も、堂々巡りの彼女も、全てが嫌になりそうだ。
いや、それではいけない。とにかく、冷静になれ。冷静になるべきだ。
「ちゃんと言うとおりに、ちゃんと良い子に、お話しされた事をきちんと聞いていましたもの!」
ネモフィラさんの瞳には、涙が浮かんでいた。
「こんなのっ……こんなの、もう嫌ですわ!」
彼女は俺を押し退け、何でも屋から出て行ってしまう。
駄目だ。俺も我を失くしていたのではないか。しっかりしろ! このまま一人にさせていいわけがないだろう。
どんな相手であっても、しっかり話をしなければいけない。そして、フォローするのも、上司の役目だ。
これでまた駄目なら、その時はその時考えればいい。
俺は頭を切り替え、所長さんに向けて「申し訳ありません」と頭を下げる。
「彼女を追います。また後程伺いますので、申し訳ありませんが――」
「いいよ、行っておいで」
「お心遣い、感謝致します」
所長さんの好意に甘え、俺も何でも屋を飛び出す。
何故か外に出ると、もう彼女の姿はどこにも見えなかった。まさか足が速かったとは。
意外な特技に驚きつつも、俺は捜索を開始した。
***
昨晩、二人が帰った後にまたここに来て、今日の調査の許可を貰ったのだ。
フルゲンスさんからは幾分反省している様子が見られ、ネモフィラさんからは拗ねている気配を感じた。正直に言ってしまえば、非常に気が重い。
ところが、俺の内心を知る由もないフルゲンスさんが「チーッス!」と、何でも屋のドアをノックも無しに開けてしまったのだ。
「サーセン、接客中ッスか?」
中を見た瞬間に、フルゲンスさんは首を傾げる。
「そうだね、接客中だよ」
所長さんの声が聞こえたかと思えば、ネモフィラさんが堂々と足を踏み入れた。俺は心苦しさを感じながら、出来るだけ身を縮めながら「失礼します」と、何でも屋にお邪魔する。
何でも屋の中には客と思しき、ひょろりとした体系の男。対面に所長さん。
気になるのは、階段の辺りに広がる食器の残骸と、その中に立つ、手を握り合っているクルトさんとネメシアさん。更に、せっせと残骸を掃除しているベルさんだ。
ベルさんは、昨日とは打って変わって、フルゲンスさんに見向きもしない。
依頼中、なのはいいとして、何だこの状況。
呆然と見ていると、所長さんは事務所内に設置した棚に向かう。
「彼の依頼はクルトに任せるから。お願いね、クルト」
「おう!」
「大まかな料金表、渡しておくから」
「おう!」
今日の依頼は、クルトさんに任せるらしい。
所長さんは料金表とやらを探す為に、棚の引き出しを大雑把に開け、中身をかき混ぜ、時には入っていた物を放る。この光景を目にしたベルさんの視線は、掃除中だったにもかかわらずとてつもなく怖い事になっていた。
絶対後でベルさんに叱られるパターンだ。
やがて所長さんは目当ての物を探し出せたようで、ネメシアさんと握り合っていた手を離させて、クルトさんに渡す。
「所長、手が空いたならシアの手、握っておいて」
冷たい視線のベルさんが、所長さんに次の仕事を任せる。相変わらず、フルゲンスさんの方は見ない。
「……ベル、あの――」
「いくらなんでもその態度は無いと思いますわ!」
フルゲンスさんが声を掛けようとしたのだが、それを遮ったのはネモフィラさんだ。
彼女は珍しくずんずんとベルさんの方に近づくと、キッと真正面から睨み付ける。
何をやらかすつもりだ。今すぐに止めるべき、か?
「いくらこの方がちゃらんぽらんで、どうしようも無かったとしても、13枚ですのよ。1枚の貴方の態度はおかしいですわ」
これは、明らかに不味い。迷っている場合ではなかった。
「貴方が謝るべきですのよ。昨日の事を」
俺が慌ててネモフィラさんの方へと向かうと、「なんで」と、ベルさんの地を這うような声が響く。
「……なんで、お前なんかにそんな事……」
美しい顔は、どこまでも冷たい。
「そうッス。オレとベルの間に上下関係なんかねーッス」
「お前、何だよそれ!」
怒ったのは、ベルさんだけではない。フルゲンスさんも、クルトさんも表情を歪めてネモフィラさんを見る。
「ちょっと、モッフィー!」
「君、よくもまぁ、僕のベルにそんな事を言えたもんだね」
ネメシアさんも、所長さんも怒っている。当然だ。
かくいう俺も、非常に苛立っていた。
こんな事になるのなら、連れてこなければよかった。こんな風に、他者を枚数でしか見られない内に、外に出すなど間違っていたのだ。
「何ですか、その物言いは」
思いの外、俺の声は低く出た。
ネモフィラさんがビクリと肩を震わせたが、それが一体何だと言うのだ。
「わ、わたくし、何も悪い事は言っておりませんわ」
まだ、これ以上まだ言うか。
出来るだけ怒りを外に出さないようにとしているはずが、堪えられない。ぐっと拳を握る。
「私は昨日、散々お話をした筈です。同じ人間である以上、そこに優劣はないと」
「わたくしも言いましたわ。では何故、学校ですら優劣をつける様な教育になっていますの? と」
ああ、本当に、もう無理だと放ってしまえばよかった。
他者を傷つけるくらいなら、他のやりようを考えればよかった。
「どうして貴女は――」
「もう嫌ですわ!」
俺の言葉を、ネモフィラさんは大きな声で遮る。
「お説教はうんざりですの。貴方はわたくしの何ですの? たかだか形式上の上司と言うだけで、どうしてここまで責められなくてはなりませんの?」
彼女は、一度は俺に怯えた筈だった。
けれども背筋をまっすぐに伸ばし、キッと睨み付ける。
「わたくしは間違っていませんわ。だって、だって、小さい頃から、皆言っていましたもの。精霊なんかいない、13枚は偉い、わたくしは特別だ、と」
この教育が間違っている。間違っているが、どうしてどれだけ時間がかかっても俺は説明出来なかったのか。
様々な部分で甘い自分も、堂々巡りの彼女も、全てが嫌になりそうだ。
いや、それではいけない。とにかく、冷静になれ。冷静になるべきだ。
「ちゃんと言うとおりに、ちゃんと良い子に、お話しされた事をきちんと聞いていましたもの!」
ネモフィラさんの瞳には、涙が浮かんでいた。
「こんなのっ……こんなの、もう嫌ですわ!」
彼女は俺を押し退け、何でも屋から出て行ってしまう。
駄目だ。俺も我を失くしていたのではないか。しっかりしろ! このまま一人にさせていいわけがないだろう。
どんな相手であっても、しっかり話をしなければいけない。そして、フォローするのも、上司の役目だ。
これでまた駄目なら、その時はその時考えればいい。
俺は頭を切り替え、所長さんに向けて「申し訳ありません」と頭を下げる。
「彼女を追います。また後程伺いますので、申し訳ありませんが――」
「いいよ、行っておいで」
「お心遣い、感謝致します」
所長さんの好意に甘え、俺も何でも屋を飛び出す。
何故か外に出ると、もう彼女の姿はどこにも見えなかった。まさか足が速かったとは。
意外な特技に驚きつつも、俺は捜索を開始した。
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