管理官と問題児

二ノ宮明季

文字の大きさ
上 下
42 / 83
2章

2-11 お二人とも、お仕事は進んでいますか?

しおりを挟む

 事務所に戻ってドアを開けた瞬間、ため息を吐きたくなった。
 一人はソファーに沈み、二人は雑談に花を咲かせ、一人は頬を膨らませてそっぽを向き、もう一人は椅子の上に立って「仕事とは!」と大演説。その光景を残り一人――所長さんがぼーっとコーヒーを飲みながら眺めている。
 因みにテーブルの上に調書は見当たらず、仕事が進んでいる様子は少したりとも見られない。

「お二人とも、お仕事は進んでいますか?」

 俺は、とりあえずは管理局として仕事に来ていたはずの部下に声を掛けた。その瞬間に、ネメシアさんがピョンと椅子から飛び降りる。
 大演説を終えたらしい。

「へ? 仕事ッスか?」
「丁度良かったですわ。この方のお説教をどうにかして下さいまし」

 フルゲンスさんは悪びれもせずに目を丸くし、ネモフィラさんは憤慨した様子でこちらへと来る。
 二人とも、仕事という事を完全に忘れ去っているようだ。ため息が出そう。

「どうにかって、何! まだまだ全然分かってないって事!?」

 ネメシアさんの頬は、リスか何かのようにパンパンに膨れていた。気持ちはわかる。ここまで頑張ってくれてありがとう。
 俺は心の中で礼を言う。
 それらを無視し、スティアさんはソファーにうずもれていたアルメリアさんの病状の確認をすると、ひょいっと抱き上げて階段を上がっていった。
 おそらくは、彼女の自室に運んでいるのだろう。

「ジッキー、ごめんね。モッフィーが全然分かってくれないの」
「いえ、お手数をおかけしました」

 モッフィーとは、と思ったが、ネモフィラさんの事だろう。
 頭を下げるネメシアさんに、俺は頭を振る。貴女は十分に頑張ってくれた。ありがとう。

「ところで、途中で調査をしようとする素振りは見られましたか?」
「何回も、もう嫌ですわー帰りたいですわー、って言ってたよ」

 俺も帰りたい。この二人を連れて帰って、早退して部屋の隅っこでぼんやりしたい。
 あるいは一人で仕事をしていたい。

「……なにか弁解は?」

 ジロッとネモフィラさんを見れば、彼女は肩をすくめた。

「ありませんわ。こんな無駄な時間を過ごす意味は分かりませんし、帰りたいと思うのは自然な事だと思いますの」

 悪びれもしないのかよ。

「それにこの方、精霊が居るって言い張りますのよ」

 ……弁解どころか、精術師のいる職場に来てその発言をするのか。
 俺はこの先、どうやって指導したらいいのだろうか。やっぱり昇進などロクな物ではない。

「居ますよ、精霊は」
「そうッス。精霊はいるッス」
「そうだそうだ! 精霊は居るんだぞ!」

 俺、フルゲンスさん、クルトさんと、三人で口々に言えば、彼女は目をまん丸くして「え、居ますの?」と首を傾げた。
 ネモフィラさんの厄介な所は、全ての言動に悪気が無い所か。

「居なかったらオレはどうやって精術使ってるんだよ!」
「手品か何かのような物では無くて?」

 手品であんな事出来るはずがないだろう。
 一応目の前で見せれば納得もいくろうと、俺はこっそりとタネを仕込む。
 幸いな事に、手品も少し出来るのだ。何しろ俺は、管理官以外の就職先の選択肢があるのなら、大道芸人になりたかったのだから。
 いや、今でも機会があれば大道芸人に転職したい。
 それ故に、手品は勿論、ジャグリングや物真似の練習もひっそりとしていたりする。機会に恵まれて転職するのを夢見て。

「精霊に力を借りて、精術使ってるんだっつーの!」

 クルトさんが頬を膨らませて怒っている。
 居るものを、見えないからと言って居ないと決めつけるのは暴論。まして、精術師には見えているのだから、当たり前だろう。

「大体、手品と言うのはこういった類の物でしょう」

 俺は握りしめた拳の中からスルスルとリボンを取りだした。
 どこまでもするすると飛び出るリボンに、クルトさんが近づいてきてまじまじと見る。小さな声で「なんだこれー」と呟いている。
 明らかに興味津々、といった様子だ。

「……クルト、こっち見ろ」
「なんだよ、ベル。今こいつが凄い事を……」

 クルトさんがベルさんの声につられてそちらを見れば、今度はベルさんの耳からハンカチを繋げた物がどんどん出てくる。
 どうやらベルさんも手品の使い手だったらしい。大道芸人になれそうになった暁には、ちょっと声を掛けてみよう。

「俺も手品はちょっとだけ出来るんだ」
「何だこれ、すげー!」

 純粋にはしゃいでいるクルトさんを見ていると、もう一つくらい手品を披露してみたくもなるが、今はそんな場合ではない。
 俺はネモフィラさんに向き直ると、「あのような反応をする方がタネを仕込んで精術を使っていると?」と尋ねた。

「今の、どうなってますの? ジギタリスさん、手からリボンが出ましたわよ。身体的な異常ですの?」
「手品、ご存知ですよね? ご存知だからこそ、精術と手品をいっしょくたにしたのでしょうし」

 ネモフィラさんは首を傾げ、目を瞬かせる。通じて、ない?

「魔法ですの?」
「手品です」

 最低限、魔法の原理くらいは知っていて貰いたい。何しろ彼女の婚約者は、大魔法使いなのだから。

「精術は?」
「精術です」

 また目を瞬かせ、首を傾げる。駄目だな、これは。
 俺はこの件は本局に帰ってからじっくり教える事にし、今度はフルゲンスさんに視線を向けた。

「それで、フルゲンスさんは何を?」
「お喋りッス」
「仕事は?」
「やってねーッス」

 いっそ清々しい程に、残念な話だ。やっていない事を堂々と言われても。

「弁解は?」
「ねーッス。ベルと触れ合えてチョー楽しかったッス」

 しかも無いのか。いっそ清々しい程に……止めよう。どんなに考えても俺の心の中に清々しい風は吹いてこない。

「触れ合う、って。ベルさんは犬猫の類ですか……」
「ご、ごめん、ジスさん」

 俺の呟きに、何故かベルさんがしゅんと俯いて謝る。

「俺もルースに会えたのが嬉しくて、調査の事を忘れて喋っちゃったから……」
「ベルのせいじゃねーッスよ」
「そうですね」

 フルゲンスさんは、ベルさんを庇ったつもりだったのだろうか。僅かに眉を上げたが、俺は構わず続ける。

「これに関しては職務を忘れて遊びにうつつを抜かした貴方の責任でしょう」
「ハーイ、ハーイ。サーセンっしたー」

 雑な謝罪。本人に謝罪の意思はなく、それでも一応はそれを口にしたのだから、まだマシと捉えるべきか。
 ただ、それを良しとしなかったのはベルさんの方だった。彼は驚いた顔をして、フルゲンスさんを見る。

「ルース、それは謝ってないだろ。俺も一緒に謝るから、ちゃんとしよう。な?」
「ベルが謝る必要はねーッス。ま、ちゃんと謝る気もねーッスけど」
「ルース!」

 ベルさんの大きな声、というのは、今まで聞いた事があっただろうか。基本的に彼は大声を出さないのだ。
 その声とは裏腹に、表情はどこか悲しそうだ。
 仕方がない。今日はここまでにするか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

新生ロザリアは勇者か破壊魔か

竹井ゴールド
ファンタジー
 気付けば、このオレ、キルト・デルレーンはパーティーの婚約破棄の現場に居た。  というか、婚約破棄された令嬢の中に入っていた。  ええぇ〜?  こういうのって女神とか神とかの説明を挟んでから転生されるんじゃないの?  ってか、死んでないし、オレ。  なのに転生?  訳が分からん。  とりあえず、さっきからオレを指差して偉そうに何か言ってるこのムカつくツラだけの男を殴ろう。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

補助魔法しか使えない魔法使い、自らに補助魔法をかけて物理で戦い抜く

burazu
ファンタジー
冒険者に憧れる魔法使いのニラダは補助魔法しか使えず、どこのパーティーからも加入を断られていた、しかたなくソロ活動をしている中、モンスターとの戦いで自らに補助魔法をかける事でとんでもない力を発揮する。 最低限の身の守りの為に鍛えていた肉体が補助魔法によりとんでもなくなることを知ったニラダは剣、槍、弓を身につけ戦いの幅を広げる事を試みる。 更に攻撃魔法しか使えない天然魔法少女や、治癒魔法しか使えないヒーラー、更には対盗賊専門の盗賊と力を合わせてパーティーを組んでいき、前衛を一手に引き受ける。 「みんなは俺が守る、俺のこの力でこのパーティーを誰もが認める最強パーティーにしてみせる」 様々なクエストを乗り越え、彼らに待ち受けているものとは? ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも公開しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...